第4話 監視という名の規制
グレイフォード・リバーサイド館の管理室は、塔のように高所へ張り出していた。
そこから運河と中庭、そして廊下のほぼすべてが見渡せる。
壁一面に並ぶ監視鏡。
赤いランプ。
分厚い帳簿の山。
死んだ管理人トマス・イヴァリングは、この部屋を城の玉座のように使っていた。
ガルム警部補は窓を開け放ち、重苦しい空気を逃がす。
「これが例の記録帳か」
机の上には革表紙の帳簿が十数冊。
日付、時間、部屋番号、違反内容。
秒単位で記されている。
アレクシスは手袋をはめ、最も新しい一冊を開いた。
静寂の中、紙をめくる音だけが響く。
「几帳面だな」
ガルムが言う。
「几帳面というより、執念だ」
アレクシスの視線が止まる。
「……妙だ」
「何がだ?」
「時間が合わない」
彼は別の帳簿を引き寄せる。
前日の記録。
そしてその前日。
ミレイアが覗き込む。
「二時十三分に三階廊下で物音。
でも二時十二分には地下巡回中になってる」
「同時刻に二箇所だ。物理的に不可能だな」
さらにページを進める。
赤インクで押された“違反印”。
それが、ある名前に集中している。
ドーラン。
リゼル。
ノア。
怪物と呼ばれる者たち。
対して、人間の記録は淡白だ。
ミアの夜間帰宅。
ライルの来客。
だが違反印は少ない。
「怪物だから疑われやすい……」
ミレイアの声は低い。
アレクシスは赤インクを指先で軽くこする。
乾き方が違う。
「偏見は便利だ。真実を覆い隠す」
彼は淡々と言った。
「この赤印は後から書き足されている。しかも同じペン先でまとめて」
ガルムが眉をひそめる。
「改竄か?」
「おそらくな。違反は“作れる”」
監視という名の魔法。
帳簿に印を押せば、
誰でも違反者になる。
館内では、すでに空気が変わり始めていた。
廊下での囁き。
「やはり怪物が……」
「影喰いなら通風孔を抜けられるかもしれない」
「半狼人なら怪力で」
疑いは、自然と異形へ向かう。
リゼルは廊下の隅で身を縮める。
ドーランは拳を握り締める。
ノアは窓辺から目を離さない。
重い沈黙。
この館では、規則が人を縛った。
今度は疑いが縛る。
ガルムが帳簿を閉じる。
「だが密室だ。誰がどうやって殺した?」
アレクシスは窓の外、屋根裏へ続く影を見上げる。
「監視は万能ではない」
彼の目は冷静だった。
「監視の盲点は、監視している者自身だ」
赤いランプが、静かに瞬いている。
まるで誰かの瞳のように。
館の空気は、さらに重くなった。
疑いは怪物へ。
だが真実は、まだ姿を見せていない。
運河の霧が塔を包む。
監視という魔法は、すでに破綻し始めていた。




