第3話 住民全員が容疑者
犯行現場の地下室は封鎖された。
石造りの扉。
内側から掛けられた鉄の閂。
窓はなく、通風孔のみ。
密室。
その事実は、館内の空気を一変させた。
「怪物の仕業だ」
誰かが囁いた。
その囁きは瞬く間に広がる。
人間は、自分より“異質なもの”に罪を着せるのが早い。
ガルム警部補は大広間に住民を集めた。
高い天井。
色褪せた赤絨毯。
運河を望む長窓。
そこに並ぶのは
人間。
怪物。
悪魔。
誰もが沈黙している。
アレクシスは暖炉の前に立ち、ゆっくりと視線を巡らせた。
「全員に動機がある」
その一言が、空気を凍らせる。
■ ミア・ホルブルック(看護師)
三階の住人。
夜勤のたびにイヴァリングから警告を受けていた。
“夜間出入りは館の秩序を乱す”
彼女は静かに答える。
「昨夜は市立病院の集中治療室にいました。
同僚三名が証言できます」
ガルム警部補が頷く。
確認済み。
犯行推定時刻、午前二時。
彼女は病院内にいた。
完全なアリバイ。
■ ライル・ハートマン(記者)
四階。
規制批判の記事を準備していた。
「私は新聞社の編集室にいました。
切前夜でね」
編集長と印刷係が証言。
監視記録もある。
動機は十分。
だが、実行は不可能。
■ ドーラン(半狼人)
二階。
夜間の足音を理由に罰金を科された。
彼は低く唸る。
「昨夜は変身期だった。
診療所で鎮静処置を受けていた」
医師が証明。
移動不能状態。
疑いは晴れる。
■ リゼル(影喰い)
地下近くの部屋。
監視カメラの光で衰弱。
「私は夜明け前は動けない」
実際、日の出前は実体が薄く、
物理的な打撃は困難。
そして複数住人が彼女を部屋で見ている。
■ ノア(堕天使)
最上階。
双眼鏡を理由に咎められていた。
「私は運河を観測していた」
対岸の灯台守が証言。
彼の影は常に窓辺にあった。
■ セレスティア(悪魔)
管理人と密談を重ねていた。
「昨夜? 契約者のもとよ」
複数の人間が彼女の姿を確認。
不在証明は明白。
全員が、犯行時刻にその場にいない。
完璧すぎるほどに。
ガルム警部補は腕を組む。
「どういうことだ。全員が管理人を恨んでいたのは事実だ」
アレクシスは静かに言う。
「恨みは動機だ。だが動機は刃物ではない」
ミレイアが地下室の図面を広げる。
「扉は内側から施錠。怪力で通風孔から侵入?」
その瞬間、視線が自然とリゼルとドーランに向かう。
怪物。
疑いはそこへ集まる。
館内に、目に見えない線が引かれた。
人間と。
人ならざる者の間に。
ガルムが低く呟く。
「怪物の犯行説が濃厚だな」
アレクシスは通風孔の縁を指で撫でる。
微かな繊維。
結び目の痕。
ほんのわずかな摩耗。
彼は独り言のように言う。
「密室は作れる。怪物でなくとも」
「では誰が?」
とミレイア。
アレクシスは答えない。
その代わり、館全体を見上げる。
五階のさらに上。
屋根裏の暗がり。
そこにはまだ、誰も注目していない空間があった。
「焦るな」
彼は静かに言う。
「真犯人は、疑われていない場所にいる」
霧が再び窓を曇らせる。
グレイフォード・リバーサイド館は沈黙していた。
まるで、次に疑われる者を待つかのように。




