第3話 屋敷の影
港湾区の霧は重い。
石畳の坂を上った先に、その屋敷はあった。
三階建て、灰色の石造り。
窓枠には黒鉄。
門には市警の警官が二名立つ。
扉が開く。
現れたのは、
バルトロメオ・ラドック(52)。
港湾区で名の知れた高利貸し。
贅沢な絹の上着。
だが目の下には濃い隈。
「よく来てくれた……」
声は震えている。
「案内しよう。ここが私の屋敷だ」
その背後に、アレクシスとミレイアが入る。
■ 屋敷内部
大理石の玄関ホール。
二階へ続く螺旋階段。
壁には高価な絵画。
「十年前から、少しずつ手を入れてな」
ラドックは言う。
だが“十年前”という言葉に、
アレクシスの視線がわずかに動く。
応接間
深紅の絨毯。
重厚な暖炉。
「ここで客を迎える」
書斎
金庫、帳簿棚。
「財務は秘書が管理している」
扉の横に、若い女性が一礼する。
「秘書のクラリス・モーンです」
感情の見えない瞳。
食堂
長机。
すでに数名が控えている。
ラドックが紹介する。
① 執事:ハロルド・ヴェイン(68)
「三十年仕えてくれている」
無表情。
視線は主の背後へ流れる。
② 秘書:クラリス・モーン(29)
「財務を任せている」
完璧に整った姿勢。
③ 警備責任者:ドーラン(41)
「元傭兵だ。今回の警備強化を任せた」
筋肉質。
屋敷内部の巡回計画を把握。
④ 書庫管理人:エドウィン(55)
「最近雇った。古銭に詳しい」
視線が一瞬、アレクシスの懐を見る。
⑤ 遠縁の親戚:マリア・ラドック(33)
「身寄りのない娘でね」
財産に興味を隠さない目。
ミレイアが小さく息を呑む。
空気が重い。
恐怖。
だがそれだけではない。
焦燥。
隠蔽。
罪悪感。
誰かが、何かを抱えている。
彼女はアレクシスに囁く。
「この屋敷、静かすぎます」
アレクシスは頷く。
「守られている場所ほど、内部に隙が生まれる」
深夜二時。
巡回中の警官が音を聞く。
カラン。
金属が転がる音。
廊下の端。
誰もいない。
だが床に黒ずんだ銀貨。
破滅のコイン。
ラドックの持つものとは別。
二枚目。
窓は施錠。
侵入痕なし。
屋敷内部にあった。
翌朝。
ラドックの寝室の扉に刻まれた文字。
【三日目に破滅する】
外部からは不可能。
警官は証言する。
「廊下は常に視界にありました」
ラドックが叫ぶ。
「中にいる!」
「犯人は屋敷の者だ!」
◇◇◇
■ 市警本部
ガルム警部補 は三人の死を再検証する。
霊具商人。
投資家。
古物商。
接点はない。
だが十年前まで遡る。
同じ銀行の利用記録。
同じ港湾倉庫地区への出入り。
そして。
ラドックもまた、その銀行を利用していた。
十年前。
その直後から、資産が急増。
出所不明。
税記録曖昧。
警部補が呟く。
「偶然にしては多すぎる」
夜。
アレクシスは食堂の長机に紙を広げる。
怪しい人物を書き出す。
屋敷内の容疑者は五名。
① 執事:ハロルド・ヴェイン(68) 三十年仕える老執事。
屋敷の鍵をすべて管理。 十年前の主の転機を知っている。 無表情。
② 秘書:クラリス・モーン(29) 三年前から雇用。
財務管理担当。 資産流入の記録を扱う。 必要以上に冷静。
③ 警備責任者:ドーラン(41) 元傭兵。 今回の警備強化を主導。
屋敷内部構造を把握。 破滅のコインを発見した張本人。
④ 書庫管理人:エドウィン(55) 最近雇われた。 古銭に詳しい。
破滅のコインを「珍しい」と呟いた。
⑤ 遠縁の親戚:マリア・ラドック(33) 突然現れた相続候補。
財産に関心が強い。 三人の被害者の名前を聞いたとき、
微妙に表情が動いた。
アレクシスは静かに答える。
「壁への文字を書いた人物は、この中にいる。
外部、侵入は困難」
「ならば内部犯行」
「少なくとも協力者がいる」
ラドックが震える。
「誰なんだそいつは、」
沈黙。
アレクシスがゆっくりと問う。
「十年前、何があったのですか」
「昔の話だ」
「どうやって財産を築いたのです?」
「……運だ」
即答。
だが目は逸れる。
嘘だ。
ミレイアが感じる。
“裏切り”
その感情は、ラドックから滲み出ている。
「三日目」
低く呟く。
「犯人は、期限を切っている」
霧は濃くなる。
そして破滅のコインの三日目が近づいている。




