第1話 破滅のコインの噂
霧はいつもより低く垂れ込めていた。
霧都ヴァンロンドリア。
怪物に戸籍がある街。
そして噂が現実よりも速く広がる街。
その日、星霧探偵社の扉を叩いたのは、新聞配達の少年だった。
「知ってますか?」
震える声で言う。
「拾うと三日以内に死ぬコインがあるって」
ミレイアは目を瞬かせる。
「呪い……ですか?」
少年は首を強く振った。
「まだ、誰も死んでないけどね。はい新聞」
だが霧都ヴァンロンドリアは、すでに揺れていた。
【朝刊】
《破滅のコイン出現か? 港湾区で不審硬貨発見》
昨夜、港湾区の石畳で黒銀色の硬貨が発見された。
所有者不明。刻印は既存通貨と一致せず。
市警は
「危険性は確認されていない」と発表。
記事の下には小さな囲み。
一部市民の間で
「拾うと三日以内に破滅する」との噂あり。
その小さな一文が、街を動かした。
昼。
号外が配られる。
【号外】
破滅のコイン 市内三か所で目撃証言!
・港湾区
・再開発地区
・旧霧街区
「捨てても戻る」
「夜になると温かくなる」
「夢を見る」
証言は増える。
証拠はない。
だが不安は増殖する。
市場では、商人たちがささやく。
「今日は釣り銭を手袋で渡せ」
「黒い銀貨は受け取るな」
子どもが泣きながら言う。
「お父さん、それ拾っちゃだめ!」
母親は地面を見つめながら歩く。
石畳を踏むたび、金属音が聞こえた気がする。
夕刊。
【夕刊特集】
“破滅のコイン”は都市伝説か?
専門家コメント:
「霊気反応は確認されていない」
「心理的暗示による集団ヒステリーの可能性」
だが紙面の横に、読者投稿。
「机に置いた覚えのない硬貨があった」
「三日前から不幸が続いている」
「夢に水音がする」
理性と恐怖が紙面で争う。
恐怖が勝つ。
夜。
酒場 《灰色の鹿亭》。
壁に貼られた新聞。
見出しが強調される。
破滅のコイン
誰かが言う。
「三日目の夜に何か起こるらしい」
「誰が最初に死ぬんだ?」
笑いが起きる。
だがすぐ消える。
なぜなら全員が、同じことを考えている。
“自分ではないか?”
星霧探偵事務所。
ミレイアが新聞を机に広げる。
「まだ死者は出ていません」
「でも街は……」
窓の外。
人々は歩く速度を上げる。
硬貨の落ちる音がしただけで振り返る。
アレクシスは静かに言う。
「噂は準備段階だ」
「死はまだ必要ない」
「恐怖が完成すれば、人は自ら破滅を選ぶ」
そのとき、遠くでまた号外の声。
「破滅のコイン続報!」
霧が深くなる。
まだ誰も死んでいない。
だが街はすでに、三日目を数え始めていた。




