第2話 残された影
霧都の怪人地区。
細い石畳の路地。
朝だというのに空気は重く沈んでいた。
現場の周囲には警察の規制線。
野次馬がざわめく。
「ここだってよ」
「影が残ったって…」
「怪人が蒸発したらしい」
警官が怒鳴る。
「下がれ!」
「事件現場だ!」
その人混みをかき分けて
四人が歩いてくる。
ガルム警部補。
そして
星霧探偵事務所。
探偵 アレクシス・グレイヴン。
秘書 ミレイア・ルーンベル。
弟子 オズワルド・ハーゲン。
ガルム警部補が言う。
「ここだ」
彼は壁を指した。
三人は立ち止まる。
沈黙。
そこには
人の影。
石壁に焼き付いた
黒い輪郭。
肩。
腕。
頭。
まるで誰かがそこに立っていたかのように
影だけが残っている。
しかし
死体はない。
オズワルドが呟く。
「……なんだよこれ」
「本当に肉体が蒸発したのか?」
ミレイアが震える。
「ここ」
「すごく怖い」
彼女は目を閉じる。
「最後の残響の感情が残ってる」
「すごく驚いてる」
「何が起きたのか」
「分からないまま…」
ガルム警部補が腕を組む。
「被害者は狼人間だ」
「夜中に外に出たきり戻らない」
「朝になって」
「この影が見つかった」
オズワルド
「争った跡は?」
ガルム
「形跡はない」
「血もない」
「そして足跡もない」
アレクシスは何も言わず壁に近づく。
影の前に立つ。
指で石壁に触れる。
そして
静かに言う。
「妙ですね」
オズワルド
「何がです?」
アレクシスは壁を指す。
「壁の色です」
ガルム警部補が近づく。
よく見ると
石壁が、わずかに変色している。
だが、
影の部分だけ
元の色のまま。
ミレイア
「本当だ…」
「どうして?」
アレクシスは言う。
「この壁は」
「強烈な光を受けて変色しています」
沈黙。
ミレイア
「光…?」
アレクシス
「ええ」
「影は光で作られます」
彼は影を見る。
「つまり」
「ここには」
「ものすごく強烈な光が当てられた」
オズワルド
「強烈な光?」
ガルム
「街灯か?」
アレクシスは首を振る。
「街灯ではありません」
「もっと強い光です」
ミレイア
「じゃあ」
「この影は…?」
アレクシス
「人体が」
「光を遮った跡です」
オズワルドが壁を見る。
「つまり」
「ここに」
「人が立っていた」
アレクシス
「ええ」
「そして」
一拍。
「その直後」
「人間が消えた」
沈黙。
ガルム
「蒸発か?」
アレクシスはゆっくり首を振る。
「まだ分かりません」
「ですが」
彼は影を見る。
「これは偶然ではない」
「ここで何かが起きています」
ミレイア
「何か…?」
アレクシス
「光」
「影」
「消失」
彼は静かに言う。
「この三つが」
「この怪人失踪発事件の鍵です」
風が吹く。
霧が路地を流れる。
オズワルドが呟く。
「まるで…」
「影だけ残して」
「人が消えたみたいだ」
アレクシスは答えない。
ただ影を見つめる。
霧都の霧の向こう。
見えない誰かが静かに、次の怪人を狙っていた。




