第1話 黒鉄の魔導列車
霧都ヴァル・ロンドリア。
常に霧が街を覆うこの都市は、
魔法と科学が交差する場所だった。
その日。
霧の中から現れたのは巨大な黒い魔導で動く列車。
魔導鉄道
レム=エクスプレス。
漆黒の金属装甲。
蒸気ではなく、魔力を帯びた蒸気を吐き出す巨大機関。
その姿はまるで鋼鉄の魔獣だった。
この列車はただの交通機関ではない。
国家が威信をかけた
国家プロジェクト。
魔導工学と産業革命を融合させた
新時代の象徴だった。
鉄道の開通式。
選ばれた招待客だけが
試験運行に乗ることを許されていた。
乗客には
政治家
企業家
軍関係者
科学者
有名人
霧都の未来を握る者たちが集まっている。
そしてその中に
星霧探偵事務所の三人もいた。
【探偵】
アレクシス・グレイヴン
霧都ヴァル・ロンドリアで最高の頭脳を持つ天才探偵。
鋭い灰色の瞳はわずかな違和感も見逃さない。
【秘書】
ミレイア・ルーンベル
共感型魔導感応体質。
人の感情を魔力として感じ取る特殊な能力を持つ女性。
【弟子】
オズワルド・ハーゲン
驚異的なコミュニケーション能力を持つ人たらしの青年。
誰とでもすぐに打ち解ける探偵事務所の情報収集役。
さらに。
警備責任者として乗車していたのは
ガルム警部補。
霧都警察の叩き上げ刑事であり
アレクシスの数少ない理解者だった。
列車がゆっくり動き出す。
重い音。
黒い車体が霧を切り裂く。
オズワルドが窓を見て言う。
「すごいな…」
「街が小さく見える」
ミレイアは静かに目を閉じた。
そして小さく言った。
「この列車…」
アレクシスが視線を向ける。
ミレイアの顔が曇る。
「誰かの悪意が…」
「渦巻いてる」
オズワルド
「え?」
ガルム警部補
「縁起でもないこと言うなよ」
しかし。
アレクシスは否定しなかった。
むしろ。
小さく笑った。
「秘書の感覚は」
「よく当たる」
その時。
食堂車の奥で
一人の男が立ち上がった。
白衣。
細い身体。
長い指。
丸い眼鏡。
静かな笑み。
男はゆっくりとアレクシスを見た。
アレクシスの表情が変わる。
ミレイアは顔をしかめる。
「……またこの人」
その男の名は
【天才科学者】
ドクター・ハロルド。
数々の禁断技術を生み出し霧都の裏社会と政治の裏側に
常に影を落としてきた男。
そして。
アレクシスが唯一完全には読み切れない相手。
ハロルドはゆっくりと帽子を上げた。
「久しぶりだね」
「名探偵アレクシス・グレイヴン」
銀の眼鏡の奥で冷たい瞳が笑っている。
「まさかまた同じ事件現場で会うとは」
「いや失礼」
軽く肩をすくめる。
「今回はまだ事件は起きていないか」
オズワルドが小声で言う。
「……感じ悪い人ですね」
ミレイアはもっと小さく言う。
「この人…」
「人を観察して楽しんでる」
ハロルドはそれを聞いていた。
にやりと笑う。
「その通りだ」
「君は相変わらず感受性が鋭い」
ミレイアは睨む。
ハロルドはアレクシスを見る。
「君の周りには」
「面白い駒が集まる」
「実に羨ましい」
アレクシスは無表情で言う。
「あなたが乗っている時点で」
「この列車は安全ではない」
ハロルドは静かに笑った。
「ああ」
「その言い方」
「嫌いではない」
オズワルド
「え?」
ハロルドは言う。
「天才というものはね」
「孤独なんだ」
「周囲はみんな」
「理解できない」
アレクシスを見る。
「だが君だけは違う」
「君は私の思考を追える」
「だから」
少し楽しそうに言う。
「君を壊すのは」
「とても愉快だ」
ミレイア
「最低です。」
ハロルドは微笑む。
「最高の褒め言葉だ」
そして窓の外を見る。
黒い霧。
走る列車。
ハロルドは静かに言った。
「さて」
「名探偵」
「今日は事件が起きると思うか?」
アレクシス
「あなたがいるなら」
「必ず」
ハロルドは満足そうに頷く。
「いいね」
「その確信」
そして席に戻りながら言う。
「では」
「ゲームを楽しもう」
「アレクシス」
その瞬間。
列車の奥から
悲鳴が響いた。
「人が!!」
「誰か!!」
ガルム警部補が立ち上がる。
ハロルドは微笑む。
「ほら」
「始まった」
アレクシスは静かに言う。
「やはり」
「あなたがいると」
「事件が起きる」
ハロルド
「違うよ」
「私はただ」
「見学者だ」
そして小さく呟く。
「今のところはね」
星霧探偵事務所による
霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿
『魔導鉄道レム=エクスプレス殺人』事件の幕が上がった。




