第9話 魔女裁判の崩壊の鐘
霧の谷。
シュトレゴイカバール。
夜。
――ゴォォォン
村に鐘が鳴る。
村は狂気に包まれていた。
松明の光。
怒号。
「魔女を焼け!」
「魔女を生贄に!」
「魔女を殺せ!」
操られた村人の群衆が教会へ向かっていた。
その中を、アレクシスたちは走る。
オズワルドが叫ぶ。
「村人が多すぎる!」
ミレイアが言う。
「感情が暴走してる!」
アレクシスは黒い石碑を見る。
高さ五メートル。
黒の碑。
表面の未知の文字が月光を反射していた。
アレクシスは静かに言った。
「始めるぞ」
ミレイアが頷く。
彼女は石碑に手を当てた。
目を閉じる。
そして囁く。
「音波を逆転する」
黒い石碑の文字が淡く光る。
教会の鐘楼。
音波装置。
すべてが共鳴する。
――ゴォォォン
鐘が鳴る。
しかし。
その音は違った。
柔らかい。
静かな波。
ミレイアが言う。
「鎮静波」
音が村へ広がる。
群衆の足が止まる。
村の男が言う。
「……あれ」
別の男が言う。
「俺たち」
「何してるんだ?」
怒号が消えていく。
武器が地面に落ちる。
村人たちは我に返った。
オズワルドが驚く。
「止まった!」
その瞬間。
遠くからサイレンが響いた。
赤いサイレンの光。
装甲車。
警察機動隊。
先頭に立つ男が叫ぶ。
「警察だ!」
ガルム警部補。
「この村は機動隊によって包囲された!」
警察隊が村に突入する。
モルガン神父の信者たちは混乱する。
「警察だ!」
「逃げろ!」
教会の地下。
魔女裁判が続いていた。
モルガン神父が叫ぶ。
「静粛に!」
しかし。
機動隊により
教会の地下の扉が爆破された。
ドォン!!ドォン!!ドォン!!
煙の中から現れる。
オズワルド。
「みんな助けに来た!」
地下牢。
鎖に繋がれた怪人女性たち。
数十人。
オズワルドが鍵を壊す。
「急げ!」
ミレイアが女性たちを導く。
「出口はこっち!」
一方。
地下礼拝堂。
モルガン神父が震えていた。
「これは」
「神の試練だ!」
しかし。
アレクシスが階段から降りてくる。
静かな足音。
モルガン神父が叫ぶ。
「きさまは、怪人の悪魔の探偵!」
アレクシスは言った。
「いかれた魔女裁判は終わりだ」
そのとき。
警察が突入する。
ガルム警部補
「モルガン神父!」
「村人たちの誘拐および殺人幇助容疑で逮捕する!」
モルガン神父はその場に崩れ落ちた。
魔女裁判は崩壊した。
■■■
村の夜明け。
霧が晴れ始める。
救出された怪人の女性たち。
警察に連行されるモルガン神父と信者たち。
村は静かだった。
そのとき。
村の外れの道。
白衣の男が前から歩いていた。
ドクター・ハロルド。
彼の設置した魔導装置の証拠はすべて昨晩のうちに
消されている。
彼は立ち止まる。
前から歩いてくる男。
アレクシス。
二人は、ほんの数センチで
向かい合う。
そして二人は視線をあわす。
沈黙。
ハロルドが笑った。
「見事だ」
眼鏡を押し上げる。
「黒の碑」
「鎮静への逆利用とは」
「実に美しい科学の発想だ」
アレクシスは言う。
「人を使った実験は終わりだ」
ハロルドは肩をすくめる。
「終わり?」
静かに笑う。
「いや」
「わたしの実験は終わらない」
彼は霧の谷を見る。
「社会はいつだって」
「同じ条件を作り出す」
少し間。
「恐怖」「憎悪」「怒り」
「嫉妬」「猜疑心」「羞恥心」
「劣等感」「優越感」
「偏見」「排他的思想」「差別」
「狂信」「被害妄想」
「この村での正義の暴走」
小さく言う。
「材料は無限だ」
ハロルドは続ける。
「人間は面白い」
「恐怖を与えれば」
「敵を作る」
「敵を作れば」
「正義が生まれる」
「正義が生まれれば」
「暴力は正当化される」
静かな声。
「そして誰も」
「自分が狂っているとは思わない」
霧が流れる。
アレクシスが言う。
「次はお前を止める」
ハロルドは楽しそうに笑った。
「その言葉」
「嫌いじゃない」
そして歩き出す。
去り際に言った。
「名探偵」
振り向かずに。
「チェスは、まだ中盤」
「まだ終局じゃない」
霧の向こうへ消えていく。
ガルム警部補は煙草に火をつけた。
遠くで朝日が昇る。
シュトレゴイカバール。
呪われた村。
しかし。
昨夜、この村の狂った魔女裁判は終わった。
オズワルドが走ってくる。
「師匠!村の人たちが正気に戻って」
「全部、終わりました!」
ミレイアも笑う。
アレクシスは小さく言った。
「いや」
「まだだ」
霧の向こうに消えた男を見据える。
「ハロルドとの盤面は残っている」
霧都ヴァル・ロンドリア。
この街には
まだ多くの謎と怪異な事件が眠っている。
『魔女裁判』事件 終幕
つづく




