第1話:すべてを知っている17歳
2026年、土砂降りの夜
「クソッ……なんで、なんでだよ……!」
都内の安アパート。暗い部屋で唯一光るモニターには、無慈悲な赤い数字が並んでいた。 2026年1月。新NISAや仮想通貨ブームに乗って全財産を注ぎ込んだ結果がこれだ。 佐藤蓮、38歳。独身、貯金ゼロ、借金だけが500万円。
「あの時、あっちを買っていれば。リーマンショックの時に売っていれば……ビットコインを1ドルで買っていれば……ッ!」
心臓が締め付けられるような激痛。視界が急速に狭まっていく。 後悔しかない人生だった。もし、もしやり直せるなら、次は絶対に間違えない。
俺はそのまま、冷たい床に崩れ落ちた。
2005年5月、眩しすぎる朝
「――蓮! ちょっと蓮ってば! 遅刻するわよ!」
耳元で響く、懐かしい声。 重い目を開けると、そこには信じられない光景があった。
埃の舞う四畳半の部屋。壁には古いアニメのポスター。 そして目の前には、セーラー服を完璧に着こなした17歳の結衣が立っていた。
「……結衣? お前、なんで……もっと、疲れた顔してたんじゃ……」 「な、なによ失礼ね! 乙女の顔に向かって疲れたとは何事よ。ほら、早く制服に着替えて!」
結衣は2026年の世界では、仕事に追われ、すっかり疎遠になっていたはずだ。 だが目の前の彼女は、肌にハリがあり、瞳には希望が満ちている。
俺は慌てて机の上のカレンダーを見た。 2005年5月12日。
「戻った……のか? 21年前の、俺に……!」
鏡を見れば、そこにはまだクマのない、若々しい自分の顔があった。 心臓が激しく鼓動する。これは夢じゃない。俺の頭の中には、これから21年間に起きる経済の動き、チャートの形、ヒット商品、すべてが刻まれている。
「正解」への第一歩
「蓮、本当に大丈夫? 顔色が……」 心配そうに覗き込んでくる結衣。その華奢な肩を、俺は思わず掴んだ。
「結衣、大丈夫だ。いや、最高だ。……俺、お前を幸せにするよ」 「えっ、な、ななな何言って……っ!」
顔を真っ赤にする結衣を置いて、俺はカバンを掴んで部屋を飛び出した。 学校へ行くフリをして向かったのは、駅前の銀行だ。
通帳を記帳する。残高は、中学からの貯金と入学祝を合わせた、わずか5万4,000円。 2026年の感覚からすればゴミのような金額だ。だが、今の俺にはこれで十分すぎる。
「まずは……FX口座の開設だ」
当時はまだ規制が緩く、レバレッジ(証拠金倍率)も数百倍が当たり前の時代。 俺は帰宅後、親の承諾書を「偽造」して、当時新興だったネット証券に申し込みを済ませた。
最初の標的:ポンド円
数日後、口座開設完了の通知が届いた。 俺は迷わず5万円全額を入金する。
ターゲットは**「ポンド/円」**。別名、殺人通貨。 2005年、この通貨は圧倒的な上昇トレンドの中にあった。
「今のレートは1ポンド=198円……ここから数年かけて250円まで上がる」
俺は2005年のチャートを頭の中で再生する。 今夜、米国の雇用統計発表後に一時的な押し目(下落)が来る。そこが「買い」のタイミングだ。
夜、自室でパソコンの前に座る。 数分後、予想通りレートが急落。197.50円。 俺は、高校生の貯金全額を証拠金に、最大レバレッジで「買い」注文を叩き込んだ。
「……見てろ。ここから俺の、本当の人生が始まるんだ」
モニターを見つめる俺の目は、もはや17歳の少年のものではなかった。 20年後の地獄を見てきた男の、冷徹で貪欲な獲物を狙う目だ。
数時間後。 197円台だったポンドは、俺の予想通り反転。200円の壁を軽々と突破していく。
画面上の「含み益」が、1万、3万、10万……と、 高校生の時給数百円の世界を、一瞬で置き去りにして加速していった。




