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ディベートもの

ディベートには勝ったけれど

掲載日:2025/12/30

1.

わたしは、私学最難関・小錦大学の英語会の2年生である。


小錦大学は都内の黒江馬場にあり、学生数は1万人を超えるマンモス大学である。


英語会は部員数が200名を超え、1,2年が通学電車ごとに7つのホームミーティングに別れ、デベート、デスカッション、 スピーチ、ドラマの4活動をやり、3年からセクション制に移行し、1つの活動だけをする。


わたしは中古線沿線の三島ホームミーティングに所属していた。


2年の後期になって、わたしは初めて5人制のジュニア・ディベート・コンテストでリーダーを任されることになった。


ジュニア・デベート・コンテストとは、7つのホームミーティングが抽選で当たり、勝率の高い順に順位を決める。


その年のデベートのテーマは、「衆議院議員は比例代表制で選ばれるべきである」に決まった。


当時はまだ中選挙区制で、全国に130の選挙区があり、それぞれ3人から5人の当選者を出す仕組みだった。


わたしと同じチームに田中という理工学部の3年生の男がいた。


ただしそいつは入部が1年遅かったため2年生扱いである。


1、2年の活動の前には、必ずオリエンテーションがあり、3年が担当する。


この場合はデべートセクションが担当した。


その際、人数の多いホームミーティングは5チームになり、少ないホームミーティングは4チームになるから、5チームのほうは、あまりの1チームが肯定側か否定側になるかはくじ引きで決まる。


我々三島ホームミーティングの2年会は、事前に肯定側3、否定側2になった場合と、肯定側2、否定側3になった場合のリーダーを決めておいた。


肯定側3チームのときは、田中もリーダーになるはずだったが、肯定側2チームのときは、わたしと文学部の杉浦がリーダーになることになっていた。


わたしがリーダーになるのに文句があるなら、そのとき、みんなの前で言えばいい。


田中はそんなことは一言も言わなかった。


くじ引きの結果、肯定側2チームに決まった。


従って、田中は3年生ではあるが、わたしがリーダーのチームのただの2年生に過ぎない。


2.

まずは資料集めである。


国立国会図書館、都立中央図書館、大学の図書館に行く。


田中は理工学部の授業を理由に、図書館には一度も来なかったが、わたしは黙認した。


我々、文系の学生も授業に出られないにも関わらずである。


いや、正確には後期のデベート活動は5週間であり、最初の2週間はまだ夏休みだったから、田中はただ家にいただけということになる。


タイプライターは、二台は大学に持ってきたい。


わたしは1年の男子二人、南と山岡にそれぞれ「1台ずつ持ってこい」と命じた。


山岡はすぐに持参したが、南は「金がないから買えない」と言い張った。


英語会にいる以上、いつかは必ず必要になる機材だ。


それを買わないとは、どういう了見であろう。


わたしは、「買わないなら借りろ」といい、デベート活動を免除されているドラマ関係者の2年・島田の家へわざわざ連れて行った。


南が黙っているので、「言え」と命じた。


「タイプライターを貸してください」


幼稚園児でも言えそうなことを言わない。


このときの薄暗い某商店街の光景を今でも、わたしは覚えている。


大学の図書館前10時集合という生ぬるい指示すら守らない。


しかも遅刻しても絶対にわたしに謝らない。


デベートの練習合宿前に無断で姿を消し、探し回ったこともある。


デベートの準備は、エビデンスの作成から始まる。


役に立ちそうな資料を探して英訳し、タイプしてカード化する。


それをエビデンスと呼び、エビデンス・ボックスに入れる。


試合中、それをリーダーの前に置く。


ある日、帰りの電車で田中がわたしにこう言った。


「お前の降りる駅のホームで待ってるから、エビデンス・ボックスを家から持ってきて見せろ」


わたしは即座に断った。


図書館に行くのを免除してやったのに、わたしに命令するとはどういうことであろうか?


田中はそのことを根に持ち、見せてくれと言えば、いつでも見せるのに言わなくなった。


練習試合は放課後の空いた教室でやることもあるが、アボコという学生がよく利用する大学近くの合宿所でやることもある。


アボコとは合宿にも利用できるし、部屋を借りることもできる民間施設のことである。


小錦大学は立地は良いが、その代わり学生用の設備が少なく、それに便乗した貸し合宿所がいくつかあったのである。


田中はアボコでの練習試合の最中、皆が見てるまえで、エビデンスボックスをわたしの前からひったくり、自分の前に置きパラパラと見た。


大勢の前なら、ひったくっても喧嘩ができないのを利用したのである。


何と言う卑劣漢であろうか。 


3.

とにかく、試合には勝たねばならない。


負ければリーダーである、わたしの責任になる。


田中は負けても痛くも何ともない。


リーダーであるわたしは、第一建設的スピーチの原稿を自分で書き、それを1年の女子に読ませる。


第二建設的スピーチと第三反駁は自分が担当し、クロスイグザミネーションもすべてわたしが考えた。


比例代表制にする理由として、まず浮かぶのは、政党別の得票率と獲得議席率の乖離だが、それだけではニードとして弱い。


同じ肯定側のもう一つのチームのリーダー、杉浦がわたしに教えてくれた。


「自民党の強行採決のエビデンスに二重丸がついた」


強行採決とは、審議打ち切りの動議を与党議員が突然出し、強引に審議打ち切り、採決に持ち込み、法案を成立させることである。


わたしは政経学部なので、政経読書室に簡単に入ることができる。


わたしは「国会審議の実態」という本を見つけた。


その本には「強行採決一覧」という表があった。


わたしはそれをチャートにすることにすぐに決めた。


自民党単独過半数時代でも得票率は40%台だった。


中選挙区制なので、選挙協力というものがほとんどなく、各党に票が分散していたからである。


政党別の得票率と議席占有率をグラフにしたチャートと強行採決の一覧表のチャートを並べれば必ず勝てると、わたしは直感した。


第二建設的スピーチでは、「自民党は、強行採決を行っている」と軽く触れるだけにとどめ、第三反駁で一覧表を一気に展開した。


結果、わたしたちは2勝0敗。


だが他のホームミーティングが6勝2敗で1位、わたしたちは7勝3敗で勝率で2位となった。


田中は1学年上なので、卒業が1年早い。


総務の杉浦が田中の送別会を企画したが、わたしは全てのやつの所業を暴いて出席を断った。


田中は東北電力に就職したらしいが、東日本大震災の原発事故で逃げ遅れて死んだと新聞に載った。


自分だけ逃げようとして勝手に持ち場を離れ、却って迷路に入り込み、自分だけ逃げ遅れたらしい。


いかにもやつに相応しい死に様であった。




 


 


 

 




 


  

  















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