ディベートには勝ったけれど
1.
わたしは小錦大学英語会の2年生で、名前は山内浩司という。
2年になって、わたしは初めて5人制のジュニア・ディベート・コンテストでリーダーを任されることになった。
5つのホームミーティングが抽選で当たり、勝率の高い順に順位を決める。
ディベートのテーマは、「衆議院議員は比例代表制で選ばれるべきである」。
当時はまだ中選挙区制で、全国に130の選挙区があり、それぞれ3人から5人の当選者を出す仕組みだった。
(その後2〜6人になった時期もある)
5人のうち、一人は中田という男で、理工学部の3年生である。
ただし入部が1年遅かったため2年生扱い。
理工学部はキャンパスの端、文系の建物群とは坂道を挟んで徒歩15分以上も離れている。
彼がリーダーを務めるのは物理的にも無理がある。
1年生の中には、一浪して誕生日がわたしより早い女子学生・鴨山智子がいた。
この女はチームの中で中田の次に年上であると言いふらしていた。
1年の男子・北一夫は、陰でわたしの悪口を言っていたのを聞いたことがある。
唯一まともに活動していたのは、もうひとりの1年の男子・山岡宗介だけだ。
総務の杉下という男も肯定側だが、中田を厄介払いにわたしに押しつけたようだ。
ディベートでは、「なぜ現状に問題があるのか(ニード)」と「どうすればいいか(プラン)」の両方を明確に論証しなければ勝てない。
中田はプランばかり複雑にして、肝心のニードをまったく立てられない。
肯定側はニードとプランの両方で勝たなければならず、中田にやらせれば必ず負けると皆が思っていた。
2.
まずは資料集めである。
国立国会図書館、都立中央図書館、大学の図書館に行く。
中田は理工学部の授業を理由に、図書館には一度も来なかったが、わたしは黙認した。
我々、文系の学生も授業に出られないにも関わらずである。
タイプライターは、二台は大学に持ってきたい。
わたしは1年の男子二人、北と山岡に「それぞれ1台ずつ持ってこい」と命じた。
山岡はすぐに持参したが、北は「金がないから買えない」と言い張った。
ESSにいる以上、いつかは必ず必要になる機材だ。
それを買わないとは、どういう了見であろう。
わたしは、「買わないなら借りろ」といい、ディベート活動を免除されているドラマ関係者の2年・田島の家へわざわざ北を連れて行った。
北が黙っているので、「言え」と命じた。
「タイプライターを貸してください」
幼稚園児でも言えそうなことを言わない。
大学の図書館前10時集合という生ぬるい指示すら守らない。
デベートの練習合宿前に無断で姿を消し、探し回ったこともある。
ディベートの準備は、エビデンスの作成から始まる。
役に立ちそうな資料を探して英訳し、タイプしてカード化する。
それをエビデンスと呼び、エビデンス・ボックスに入れる。
試合中、それをリーダーの前に置く。
ある日、帰りの電車で中田がわたしにこう言った。
「お前の降りる駅のホームで待ってるから、エビデンス・ボックスを家から持ってきて見せろ」
わたしは即座に断った。
図書館に行くのを免除してやったのに、わたしに命令するとはどういうことであろうか?
中田はそのことを根に持ち、見せてくれと言えば、いつでも見せるのに言わなくなった。
それどころか、合宿の練習試合の最中、皆が見てるまで、わたしの前からひったくり、自分の前に置きパラパラと見た。
わたしが見せないと邪推したのであろう。
大勢の前なら、ひったくっても喧嘩ができないのを利用したのである。
何と言う卑劣漢であろうか。
3.
とにかく、試合には勝たねばならない。
負ければリーダーである、わたしの責任になる。
中田は負けても痛くも何ともない。
そのことも計算していて、ひったくりのような暴力行為に及んだのであろう。
リーダーであるわたしは、第一建設的スピーチの原稿を自分で書き、それを1年の女子に読ませる。
第二建設的スピーチと第三反駁は自分が担当し、クロスイグザミネーションもすべてわたしが考えた。
比例代表制にする理由として、まず浮かぶのは、政党別の得票率と獲得議席率の乖離だが、それだけではニードとして弱い。
同じ肯定側のリーダー、杉下がわたしに教えてくれた。
「自民党の強行採決のエビデンスに二重丸がついた」
強行採決とは、審議打ち切りの動議を与党議員が突然出し、強引に審議打ち切り、採決に持ち込み、法案を成立させることである。
わたしは政経読書室で『国会審議の実態』という本を見つけた。
その本には「強行採決一覧」という表があった。
自民党単独過半数時代でも得票率40%台だったのである。
政党別の得票率と議席占有率をグラフにしたチャートと強行採決の一覧表の2つを図表を並べれば、必ず勝てると、わたしは直感した。
第二建設的スピーチでは、「自民党は時々、強行採決を行っている」と軽く触れるだけにとどめ、三反駁で一覧表を一気に展開する。
伏線のようにして相手の油断を誘う作戦だ。
結果、わたしたちは2勝0敗。
だが他のホームミーティングは6勝2敗で1位、わたしたちは7勝3敗で2位となった。
中田は1学年上なので、卒業が1年早い。
総務の杉下が中田の送別会を企画したが、わたしは全てのやつの所業を暴いて出席を断った。




