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引退した最弱中年探索者、AIと融合して全属性魔法を極める  作者: 甲賀流


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第9話 ここで終わらせてやる。一式


 


 湿った風が頬を撫でた。

 足元の枯れ葉がぐしゃりと音を立てる。


 空気は冷たく、重く、湿ってやがる。

 呼吸するたび、肺の奥まで泥が入り込んでくるような感覚だ。


 C級ダンジョン

 森の奥に沈む、樹海みてぇなダンジョン。


 試験で来るような場所じゃねぇ。


 だが、今回は例外。

 コイツの試験だからだ。

 オレは一切手を出さない。

 

 オレ、高良隼人は前を歩く一式の背中を、黙って見ていた。


 コイツは弱い。

 Dランクの中でも、中の下がいいところ。

 十年も探索者をやってるのにだ。


 才能がねぇんだ。


 さっさと諦めろよ。

 お前みたいな力のねぇ弱者は。


 オレは弱ぇやつが嫌いだ。

 見てるだけで反吐が出る。


 特に一式、お前のような諦めの悪い弱者が一番気持ち悪い。


 しかし幸いだったよ。

 お前の更新試験に立ち会えたのは。


 直接引導を渡せるんだから。


 これで落ちたら、お前は探索者として完全に終わり。


 本当ならこのまま失格にしても良かった。

 魔力測定試験が不正だったことにして。


 だが、それじゃダメだ。


 そうなっても、一式はダンジョン記録士としてこれからも探索者関係の職に就くだろう。

 コイツは意地でもこの世界にへばりつく。

 どうやったってオレの視界からは消えちゃくれないわけだ。


 だったらコイツの心を折るしかない。


 二度とダンジョンに関われないような精神状態に。


 もしくは、死――


 命を落とすことで、一式蒼斗という存在まるごと消えてもらう。


 これはそのための試験だ。


 

 だが、

 

 どうにもおかしい。


 ダンジョンを進み始めて、はや10分ほど。


 一式の動きが昔と違いすぎる。


 草木を避ける足運び、呼吸のリズム、反応速度。

 どれも昔の鈍臭ぇ一式碧斗じゃねぇ。

 焦って、怯えて、オレの後ろで隠れてたような男が……いまは静かに歩いている。

 魔力の流れも乱れていない。まるで――訓練された兵士みてぇだ。


 胸の奥がざわつく。

 なんだ、これは。

 焦りか、苛立ちか。


 まるで別人だな。


 そう呟きかけた舌を、オレは噛んだ。


 いや、関係を絶ってからもコイツは五年以上探索者をやっていたんだ。

 身なりくらいはそれなりに身につく。

 どうせモンスターが出たら、すぐに悲鳴をあげるだろ。


 そう自分に言い聞かせた。


 枯れ枝を踏みしめる音が、森の静寂を裂く。


 そして遠くでモンスターの鳴き声がした。

 低く、湿った咆哮。


「C級モンスター〈フォレストリザード〉三体、距離は十五メートルってところか」


 一式が小声で言った。


 なんで鳴き声だけでモンスターの個体名と数がわかる?

 それに距離まで。


 何度もC級を攻略したオレにも、探知アプリがないとできねぇことだ。


 とりあえずオレは前へ出ず、後ろから観察することにした。


 いくら敵が分かれど、大事なのはその後の実戦だ。

 お前がどれだけやれるか見せてもらう。


 リザードが草陰から姿を現す。

 体長二メートルほどの鱗の塊。

 鋭い爪と牙を持つ中級モンスターだ。


 昔なら、あいつはこの時点でビビって体を硬直させていた。

 だが今は違う。


「〈フレイムランス〉!」


 一式の詠唱。

 瞬間、炎の槍が走り、リザードの喉を貫いた。

 その動きは迷いがなかった。

 炎の軌道も、温度も、精度も完璧に近い。

 リザードが地を叩き、消滅する。


「……上出来じゃねぇか」


 思わず呟いた自分の声に、苦笑が漏れた。

 なにを褒めてんだ、オレは。


 残る二体も、一式は風と雷で的確に処理していく。

 魔力の流れが滑らかで、打撃と詠唱の切り替えも早い。

 弱ぇ奴の動きじゃねぇ。


 けど――気に入らねぇ。

 あの頃、お前はオレの後ろで震えてただろうが。


 どうしてお前だけ、そんな顔で立っていられる?

 どうして、お前はそんなに楽しそうに戦ってんだよ!!!!


 胸の奥が、熱くなる。

 苛立ちなのか、怒りなのか、自分でもわからねぇ。

 ただ、オレの中で何かが軋みを上げた。


 

 ――あの日のことを思い出す。


 闇の中、仲間の悲鳴が木霊した。

 足元は血と泥でぐしゃりと音を立て、冷えた風が吹き抜けた。


 彼女……涼宮かえではオレの隣にいた。


 当時、将来を約束していた女性。

 二つ上の探索者だった。


 小柄で、いつも笑うと全部を包むような顔をしていた。


 実力はオレより弱かった。

 だが、心だけは強かった。


 弱い仲間がいると、いつも真っ先に庇いに行く。


 それが――彼女の悪い癖だった。


 敵の群れが押し寄せたとき、彼女は笑って言った。


『隼人は先に行って。私は守るべき人を守る!』


 もちろんオレは止めた。

 あの数を相手にしている余裕はないって。


 だが――


『私の力は、仲間を守るためにあるの』


 防御に特化した探索者、彼女らしいセリフ。


『ここのボスは隼人、貴方にしか倒せない。だから先に行って!』


 それが彼女の願いだった。


 だから、オレは剣を抜いた。


 血の匂いの中で、何度も振るった。

 その手でボスまで辿り着き、苦戦を強いられる中、オレは勝利した。


 ボスを倒すと、ダンジョン内の他モンスターも同様に消滅する。


 オレは急いでかえでの元へ向かった。


 だが、間に合わなかった。


 彼女は他探索者と一緒に倒れていた。

 顔にはまだ笑みが残っていた。


『隼人は、生きてね』


 それが彼女の最期の言葉だった。


 それからは、オレの全部が終わった。


 かえではオレの全てだったからだ。


 

 オレは学んだ。

 弱い奴を守る奴が、一番先に死ぬ。

 守るってのは、自分の命を捨てるってことだ。


 そしてオレの価値観は全てがひっくり返った。


 そもそも弱い奴がいるから、守る側が命を落とす。

 この構造こそが問題なんだと。

 

 弱さを許さねぇ。

 弱い奴は切り捨てる。

 そうしなきゃ、また誰かが死ぬ。


 だから、オレは誰も庇わねぇ。

 仲間なんざ、ただの足枷だ。

 そうやってここまで生き延びてきたんだから。


 

* * *


 

 森の奥に進むと、光が消えた。

 風も止まり、空気はぬるい泥みたいに張りついてくる。

 苔むした岩の間から、ほの青い光が漏れていた。

 そこが、最深層――樹海の祭壇。


 一式はダンジョンボス、〈キングリザードマン〉に対して、


 炎を放ち、雷を放ち、風を放ち、


 氷魔法まで撃ちやがった。

 

 どれもC級相手に十分すぎる威力。


 決して優勢ってわけじゃない。

 だがヤツは、一歩一歩敵を倒すため、それこそ死に物狂いで戦っていた。


 これはいつ死んでもおかしくないほどの激戦。


 なのになぜ、コイツはこんなにも楽しそうに戦ってるんだ?


 弱いくせに。

 守られる側の足手まといが。


 探索者ってのは、楽しんで戦うもんじゃねぇんだよ!!


 苦しんで、苦しんで、苦しんだ先に勝利がある。

 たくさんの屍を越えてきて、今の自分があるってのに。


 なんなんだよ……お前は。



 そして死闘をくぐり抜けた一式。


「はぁ……はぁ……やっと、終わった」


 ヤツは両手を膝につき、息を弾ませている。


 そしてその表情から感じ取れるのは、


 ――圧倒的達成感。


「おい一式。お前は一体なんなんだ?」


 胸の奥で、嫌な感情が蠢いた。

 全身を覆うほどの巨大な嫌悪感。


 気づけば、オレは一式に言葉を飛ばしていた。


「……え、な、何がだよ」


 困惑した一式。

 何も心当たりがないって顔。


 そーゆーところがイラつくんだ。


「お前みてぇな弱い探索者がいるから、アイツは死んじまったんだよ!」


 声が森に響く。

 静寂が裂け、鳥の群れが一斉に飛び立った。


 一式は目を見開き、何も言わない。

 その無言が、余計に腹立たしかった。


「何とか言えよ……! 言い訳でも、弁解でもいい。お前らの未熟さが、どれだけ人を殺したと思ってんだ!!」


 喉の奥が焼ける。

 止められねぇ。

 あの夜の血の匂いが蘇る。

 かえでの笑顔が、またオレを責める。


 もう、黙ってられねぇ。


「ここで終わらせてやる。一式」


 刃を構える。

 金属の擦れる音が、森の中に長く響いた。


 風が止まる。

 葉が沈黙し、空気が張りつめる。


「ま、待ってくれ、高良! お前、今何をしようとしてるか分かってるのか?」


 探索者殺しは協会にとって最大の禁忌。

 分かってるよ、オレが間違ってるって。

 だけど止められねぇんだ。

 この胸の奥の黒い感情を。


 一式の目が、まっすぐオレを射抜く。

 

 その目が、ムカつくほど真っ直ぐで。


 まるで、あの女の目に似てやがった。


「――ここでお前を殺して、全て終わりだ」


 オレは歯を食いしばり、剣を構えた。


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