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引退した最弱中年探索者、AIと融合して全属性魔法を極める  作者: 甲賀流


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第6話 もう一度、探索者を目指す気は?



「俺の力? なんの事でしょうか?」


 Sランク探索者、月城玲華。


 そんな彼女がわざわざ俺を呼び止めてまで、俺の力とやらについて問いを投げた。


 俺は心臓を跳ねさせながらも、なんとか平然を装ってシラを切る。


 だが――


「一式碧斗、ここでわざわざ演技をする必要などない。私にはその力が視えているんだからな」


「視えて……? え、どういう?」


「発動可能な魔法の種類を視覚化させる眼だ。お前、火、水、風、土、雷。それに加えて氷属性の適性を持っているだろ?」


 背筋に冷たいものが走る。


「そんな探索者、今のSランクにも存在しない。なぜそんな人間が……探索者ではなく、ダンジョン記録士をしている?」


 決して揺るがない確信。

 そんな強い想いが、まっすぐ俺を見る彼女の瞳から感じられる。

 

「……俺の魔法は、全部中途半端なんですよ。威力も精度も成長限界も」


 だから正直に答えることにした。

 

「いくら手段が多くても、敵を倒せなきゃ意味がない。そうでしょう?」


 玲華の目が細められた。

 それが興味なのか警戒なのか、彼女の真意は想像すらできない。


「――もう一度、探索者を目指す気は?」


 変わらず鋭い瞳。


「……分か、りません」


 質問の意図は分からないが、俺は咄嗟にそう答えた。


「そうか」


 玲華は最後にそう言い残したのち踵を返し、この場から去っていく。


 そんな去り際、彼女の口元がかすかに笑っていたように見えた。

 それが幻だったのかどうか、もう確かめようがないわけだけど。


 

 そして彼女の背が完全に見えなくなった頃、


 協会の東京本部を背に、俺は空を見上げる。


 胸の奥が静かにざわめいていた。


 もう一度、探索者を目指す――か。


 無意識に腹部へ手をやる。

 そこには、アルゴから感じる鼓動。


 今もなお、心臓と同じリズムで脈を打っている。


「もう一度、あの場所に立ってみるのも、悪くないかもな」


 今の俺なら、不思議と前を向ける気がした。



 * * *



 同日、夜も更ける頃――


 探索者協会から戻った玲華は、デスクひとつしかない無機質な部屋で、椅子に腰を下ろし、黙って腕を組んでいた。


 窓の外の光が、彼女の横顔を淡く照らしている。

 

「一式碧斗、元Dランク探索者。基本五属性に加え、氷属性の適性……どれも中途半端で使えない、か」


 玲華は微笑のような息を漏らした。


「私のスキル〈神識の眼〉は、使用可能な魔法だけでなく、ソイツの成長限界までもが視える。だが――なぜお前の限界は、視えない? 例えどれだけ才能があろうと、誰もが二十歳前後で能力値の限界を迎えるはずだぞ……」


 そしてたしかに熱を帯びた声で、


「ふん、興味深い。いつかここまで――私のいる頂まで、上り詰めてみせろ。一式碧斗」


 静かにそう呟くのだった。

 


 * * *

 

 

 数日後。

 俺は再び、天城魔力工学研究所へ出向いていた。

 

 機械音と薬品の匂いが混じった独特の空気が漂う中、白衣の中年こと天城所長が無造作に散らかった机の向こうで俺に手を振る。


「碧斗くん。来てくれたか」


「おはようございます所長。それで急用とは、どうされたのですか?」


 この前連絡交換をしたばかりの所長から急用だと連絡があったので、とんできたわけだが。


「あぁ。まぁそんな緊急事態、ってほどでもないんだけどね」


 と、所長は呑気にコーヒーを啜ったのちにゆっくりと口を開いた。

 

「――碧斗くん、もう一度探索者をする気はないのかい?」


「……え?」

 

「たしか探索者証の更新って、期限はなかったはずだろう? 登録を切らした後でも、再試験を受ければ再び資格は得られる。違ったかな?」


 その言葉に、思考が止まった。

 そして先日会った月城玲華の声が脳裏をよぎる。


『もう一度、探索者を目指す気は?』


 そのセリフが胸の奥で再生される。


 一度は諦めた。

 才能も限界も、とうに見た。


 だが、今の俺ならもしかして……。


 そこで一度思考が止まった。


 果たしてこれは本当に俺の力か?


 この戦闘補助AI、アルゴが力を貸してくれているだけで、本来の俺は変わらず無能のまま。


 そんな奴が探索者を名乗っていいのだろうか?


 いや、そんなこと……よくない、よな――


 そこに、勢いよくドアが開いた。


 ガチャッ――


「父さん、昨日のデータ解析、途中で――あっ!」


 顔を出したのは、天城所長の息子であり、Dランク探索者の天城カイだった。


 彼は俺を見つけるなり、ぱっと笑顔を浮かべた。


「碧斗さん! 遊びに来るなら、一本連絡くらい下さいよ!」


 なぜかあのユニークダンジョン以来、俺をやたらと慕ってくれている。


 初めは命を助けてもらった恩を感じているだけかと思っていたが、どうも彼の笑顔から、そんな感情は一切感じられない。


 もっと純粋で無垢な素直さ。

 そんなまっすぐな心を持つ青年だと、俺は天城カイを見てそう思った。


「ごめんな、次からそうする」


「はい。そうして下さい! えっとそれで、碧斗さんはどうしてここに?」


 もはや誰が呼び出したのか明白といった様子で、カイは天城所長へ視線を送る。


「あぁ。碧斗くんは探索者に戻らないのか、とね」


「えっ!? 碧斗さん、ついに探索者に復帰されるんですか!?」


「いや、まだ正直悩んでて……」


「やったぁ! 碧斗さん、今度から一緒にダンジョンへ行けますね!!」


 俺の話など聞いていないのか、カイは勢いよく俺の手を握り、激しく上下に揺さぶってくる。


「いや、だからまだ考え中で……」


「だったら僕も足を引っ張らないよう、強くならないと!」


 ダメだ、全く話を聞いてない。


 だけど――


 俺はその無邪気さに、思わず笑ってしまった。

 

 どうしてだろう。

 ずっと張りつめていた心の糸が、少しだけ緩んだ気がした。


 しかし仮にだ。

 本当に探索者証の更新を行うとして、そこには一つ大きな問題がある。


「……でもたしか期限切れ後から一年以上経った探索者証を更新する場合、Bランク以上の探索者から推薦をもらわないといけない、でしたよね?」


 そう、ここが最大の難関。


 知り合いで言うと、この前会った同期の高良や澪ちゃんがそれにあたるわけだけど、


 高良はあんな感じで俺を真っ向から嫌ってるし、澪ちゃんに関しても、探索者を辞めてから完全に関わりを絶ってしまっていた。


 それで推薦欲しさに声をかけるのは、少し違う気がする。


 じゃあ他に誰がいるんだってなると、


 まぁ当然いるわけがない。


「碧斗さん、それなら問題ないですよ?」


「……え?」


 カイは涼しい顔で、しれっと続きを話す。


「だって何を隠そう、うちの父さん、現役のBランク探索者ですから」


「こら、なんでお前がいばる!」


 さも自分のことかのように自慢げにそう告げるカイを、所長は軽く平手で小突いた。


「だがその通りだよ、碧斗くん。その推薦はぜひとも私にさせてくれ」


「え……っと、いいんですか?」


「息子を助けてくれた命の恩人が、もう一度探索者を志そうとしてくれているんだ。推薦しない理由は一つもないよ」


 所長の言葉に、腹部の赤い光が脈打つ気がした。


 難しく考える必要なんてないのかもしれない。

 俺はもう一度、あの場所に立ちたい。


 その気持ちだけで十分なんだ。


「わかりました。受けてみます」


「そうこなくちゃね!」

 

 博士は満足そうに微笑み、カイが嬉しそうに拳を握った。


「一緒に頑張りましょうね、碧斗さん!」


「ああ、よろしく」


 こうして俺は、再び探索者を志すことを心に誓ったのだった。




 

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