第5話 協会からの呼び出し
数日後――
探索者協会・東京本部。
数多ある高層ビルのうちの一棟。
中は一般的なオフィスと変わりない。
エントランスには受付嬢。
すれ違うのはスーツ姿のサラリーマン。
彼らは俺たち探索者や今まで現れたダンジョンの情報管理、現代日本で探索者という能力持ちの人間が生きていく上で必要なルールを定めたりと、多種多様な業務を行ってくれている。
例えば、一般人に対して魔法を放つのは禁止。
当たり前のもので言うとこんな感じ。
それにしても久しぶりだな。
基本的にダンジョン発生の確認や攻略の報告も今は全てスマホで行う。
実際ここに足を運ぶなんて、探索者になった日と階級が上がった時くらいのもの。
あ、あと探索者を辞めた日も来たな。
つまり俺がここに来たのは今日で三度目。
果たして希望と絶望の次に、俺はここで何を見せられるのだろうか。
「一式碧斗様、ですね。理事に確認致しますので、そちらの待合で少々お待ち頂けますか?」
受付のお姉さんは、エントランス端のソファを手で示す。
「分かりました」
そして俺が待合に足を運ぶ最中、聞き覚えのある声が耳を打った。
「お前、まさか一式か?」
振り返ると金髪を後ろで束ねた男が、俺を見るとすぐ愉しげに笑みを浮かべる。
「……高良?」
高良隼人――元同期の探索者だ。
俺が記録士に転向してからの数年で、彼はBランクまで上り詰めたと聞く。
大半の探索者はCランク以下で生涯を終えると言われているこの界隈で、Bランク以上に昇格できる者は100人に一人が良いところ。
つまり彼は上位1%のエリートというわけだ。
「探索者を辞めた負け犬が、こんなところに何の用だぁ?」
あからさまな笑み。
その視線には優越感が滲んでいる。
「呼び出されたんだ。内容は知らない」
「へぇ。協会も落ちぶれたな。ダンジョン記録士なんていうゴミを呼ぶほど人手不足なのか?」
「……高良くん、言い過ぎだよ!」
懐かしい声が響いた。
高良がやってきた方から、長い黒髪を下ろした女性――朝霧澪が歩み寄ってくる。
「久しぶり、碧斗くん」
彼女は昔と同じように優しく微笑んでくれた。
「あぁ。久しぶり、澪ちゃん」
「はっ! 相変わらず幼なじみの碧斗くんには特別優しいんだなぁ、ミオちゃんよぉ!」
「幼なじみは今関係ないでしょ! それに……記録士さんだってスゴい仕事だよ? ダンジョン発生のメカニズムをたくさん勉強して、いち早くダンジョンを見つけられるんだから!」
「あぁ? 中にすら入れねぇゴミが、いくら早くダンジョンを見つけようと、オレには足でまといにしか思えねぇなァ!」
「高良くんっ! あなたねぇ――」
「……大丈夫だよ、澪ちゃん」
俺は短く息を吐いた。
「ありがとう」
「碧斗くん……」
澪は少し黙り、視線を伏せた。
昔と同じだ。
俺が傷ついても、代わりに怒ってくれる。
守る側と守られる側、その関係はこの歳になっても変わっていない。
お互い探索者適性があるって分かった時、俺は男として澪ちゃんを守れる存在になろうと誓った。
だが現実はこのザマ。
彼女はBランクへと駆け上がり、一方の俺はDランクで打ち止め。
今は探索者ですらなくなった。
「じゃ、俺行くから」
悔しい。
情けない。
何も言い返せない。
居た堪れない気持ちを胸に、俺は目が合った受付女性の元へ歩みを進める。
おそらく確認も終わって、俺を呼ぼうとしているってところだろう。
「じゃ、じゃあまたね。碧斗くん」
「うん、じゃあ……また」
何気ない口調の澪ちゃんの声を聞いて、余計に胸が痛くなった。
だが同時に別の感情も湧いた。
今の俺の力なら、通用するんじゃないか?
ユニークダンジョンを突破したあの力があれば、彼らと同じBランク……いや、ひょっとしたらさらに上の階級まで上り詰めることができるんじゃ?
もしかしたらもう一度、探索者に……。
と思ったが、その前に――
目の前の問題が先だ。
探索者協会からの呼び出し。
さて、どう対応するか。
受付のお姉さんから指定されたのは、本部最上階の理事長室。
重厚な扉を前に俺は息を呑む。
「よし、入るか」
もちろんノックと失礼しますの掛け声だけは忘れずに行う。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
重厚な革の匂いと、圧し掛かるような静寂。
まるでここだけ別の世界のようだ。
奥のデスクに腰をかけているのは、探索者協会の理事長。
年の頃は五十代半ば、白髪混じりの髪をオールバックに撫でつけ、
その眼差しは、資料越しでも人を射抜くように鋭い。
右隣には無駄のない綺麗な立ち姿の男。
直立不動、動きひとつ乱れない。
秘書だろうか?
それとも有名な探索者?
そして少し離れた壁際。
そこに一人私服姿の女性が寄りかかっていた。
ラフな服装なのに、彼女から漂う空気が重厚だ。
見覚えがある。
いや、知らないはずがない。
月城玲華。
Sランク探索者。
これまでにA級ダンジョン五十件以上を単独で制覇。
S級ダンジョン攻略数、最多。
そして何より――五年前に発生したユニーク、新宿ダンジョン攻略における最大の立役者。
探索者の中で、その名を知らぬ者はいない。
凛とした銀髪が肩に流れ、冷ややかに澄んだ瞳がこちらを捉える。
視線を交わしただけで、背筋が強張った。
表情も全く変わらないので、何を考えているか一切分からない。
「一式碧斗」
そんな中、理事の声が静かに響く。
「ここに呼んだのは他でもない。以前お前から報告があったユニークダンジョンについてだ」
やっぱり。
というかそれ以外なわけが無い。
「5月15日、午後2時41分。これはお前が協会に報告した時間だ。そして同日午後6時25分。これはここに居るSランク探索者、月城玲華が現場に駆けつけた時間だ。この時すでに、ダンジョンは消失していたのだが……」
思い空気の中、理事長は言葉を続ける。
「これについて、何か知っていることはあるか?」
予想通りの質問。
俺は事前に用意していた答えを口にする。
「じ、実は……その、ユニークダンジョンに誤って落ちてしまって……」
「な、なに……っ!?」
先陣を切って驚いてみせたのは、理事長の隣に佇んでいた男だった。
「だがユニークダンジョン発生時の衛生情報によると、あの付近にいたのは最近探索者になったルーキーと一式碧斗、二人だけ。それに二人の反応が一時的に消失していたことを考えると、ダンジョンに落ちたというのは本当のことだろう」
協会は任務中である探索者の位置情報を、常に把握している。
やはりそれは記録士であれど同じだったか。
であれば、先に申告しておいてよかった。
ここで嘘をついたとて、位置情報を調べられれば、俺がユニークダンジョンに入ったことなんて一瞬でバレてしまうからな。
「で、ですが理事! これは明確なルール違反だと思うのですが?」
そう、問題はそこ。
S級未満はユニークに進入禁止という規則。
もちろんここを問われた時の対策も、一応あるにはあるんだけど……。
「ただし偶発的転落による進入など、明らかに攻略目的でないと認められる場合に限り、罰則の対象外とする」
壁際のSランク探索者、月城玲華。
彼女が初めて口を開いた。
「ダンジョン記録士の彼が、攻略目的で進入するわけないと思うが?」
俺を庇ってくれた?
そう取れるような発言だった。
「は、はい! 中にいたモンスターの攻撃を運良く躱せたのですが、その風圧で壁に叩きつけられて気絶してしまいまして……気づけば外に」
このチャンスに乗っかり、俺はさらに言い訳を畳み掛ける。
「……で、その時にはユニークのゲートは閉じられていたと?」
「はい」
「つまり衛生情報に映っていない何者かが、このユニークダンジョンをしたと、そう言うんだな?」
「……は、はい。おそらく」
理事長の鋭い眼光に一瞬怯みそうになったが、負けじと視線を合わせ続けた。
「分かった。では一式、改めて報告書を作成しろ。出来次第、正式な記録として処理する」
「は、はい!」
「一式、下がっていいぞ」
「はい。失礼します」
軽く頭を下げ、俺は出口に向かう。
その途中、一瞬見えた月城玲華の視線が、確かに俺を捉えていた。
感情の読めない双眸。
さっき俺に助け舟を出してくれたことも含め、本当に何を考えているのか分からない人だな。
そう思いながら、俺はこの場を後にした。
* * *
廊下に出て、エレベーターに乗り、本社一階のエントランスから外に踏み出した時、ようやく緊張の糸が緩んだ。
「ふぁああ〜! 緊張したぁっ!!!!」
俺は元々平均以下のDランク探索者だぞ?
しかも、元!
あんな重鎮たちに囲まれるなんて初めて。
緊張しないわけが無い。
一時はどうなる事やらと思ったが――
危機は脱した。
ようやくユニークダンジョンの問題が俺の中で片付いたのだ。
これで一安心。
そう思った瞬間――
「一式碧斗」
背後から声がした。
振り向くと、そこにいたのは月城玲華だった。
「えっ!? なんで……っ!?」
「話がある」
「はな、し?」
「あぁ」
月城は理事長室の時と同じ冷たい瞳を俺に向けながら、予想だにしないことを口にした。
「お前の力についてだ」
その瞳は氷よりも冷たく、火よりも強い。
けれどまるで、何かを試すように俺を見ていたのだった。




