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引退した最弱中年探索者、AIと融合して全属性魔法を極める  作者: 甲賀流


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第4話 AIコアとの融合



 目が、覚めた。


 天井。

 白い蛍光灯。

 金属と消毒液の匂い。


 最初にそう認識した瞬間、俺は跳ね起きた。


「……はっ!? なんだここ……!?」


 体を見下ろして、凍りつく。


「う、うえっ!? な、なんで全裸!?」


 しかも全身に無数のコードが貼りついている。


 胸、腕、脚。

 まるで機械に管理されているような気分だった。


 ベッドは冷たく、硬い金属製。

 どう見ても病院……って感じでもなさそう。


「おお、目を覚ましたかい?」


 穏やかな声。

 そちらを見ると、白衣姿の中年男がデスクから振り向いた。

 髪は乱れているが、目の奥に理知的な光が宿っている。


「起きましたか、碧斗さん!」


 次に飛び込んできたのは、見覚えのある顔。

 あのユニークダンジョンで助けたルーキーだ。


「……どこだ、ここは?」


「うちの研究室です。碧斗さんが倒れて……その、どうしたらいいか分からなかったので、とりあえずここに運ばせて頂きました。他の人にその赤いコアを見られたらマズイかと思いまして」


 カイは苦笑し、視線を逸らす。

 そうして彼の目の先には、モニターが複数点滅していた。

 映し出されているのは俺の名前、心拍、脳波、そして――腹部の赤いコア。


「……この線たちは?」


「勝手に繋いだのは悪かったと思ってる」

 

 白衣の男がゆっくりと立ち上がった。


「ただね、こんな事態は前例がない。コアが――AIが、人間の体に融合するなんてことは」


 そう言って、男は軽く眼鏡を押し上げる。


「君にとってもこの異常は無視できないだろうと思って、少しだけ調べさせてもらった。……とはいえ、研究者としての興味を抑えきれなかったのも事実だ。そのことは今のうちに謝っておくよ」


「……構いません」


 俺は短く息を吐いた。

 確かに、これは俺自身の体のことだ。

 把握しなきゃならない。


 俺の承諾にホッとした様子の男は、


「自己紹介が遅れたね。私は天城魔力工学研究所、所長の天城和一だ。宜しく」


 手を差し伸べてきた。


「よろしくお願いします。えっと俺は……」


 名乗ろうと思ったが、すでにモニターに俺の名前が刻まれていたことを知る。


「あぁ。これはコアの情報を読み取った時、モニターに表示されたんだよ。プライバシーの保護もなく、非常に申し訳ない」


 なるほど。

 だからルーキーの彼は俺の名を知っていたのか。


「まぁすでに全裸を見られてるんだ。名前くらい気にすることじゃない」


 重たい空気を少し明るくしようと思って、軽いジョークを言ったつもりだったが、


「カイ! 急いで碧斗くんに羽織るものを持ってくるんだ!!」


「は、はい! 父さん!」


 と、余計バタつかせてしまった。


 まぁでも羽織っていいなら、初めから用意してくれててもよかったんだけどな。

 なんて思っても後の祭りか。


 それから全員がひと段落着いてから、俺はこの研究所とこのコアについての軽い説明を受けた。


 ここは天城家が代々引き継いでいる民間の研究所で、最近は自律AIと人間の魔力共鳴による戦闘支援システムの研究を進めていたそうだ。


 そしてこのコアの正式名称は「戦闘補助AIコア」、武器を通して探索者とモンスターの魔力を数値化し、最適な答えを導き出せる設計になっている。


 尚、現在は研究段階のため、未だ協会や世間に発表していない。

 今回は興味本位で息子が持ち出して、こういった惨事になってしまったと改めて謝罪された。


 その後、話は俺の身体所見へ。


「何かわかったことは?」


「今のところ、身体的な異常は見られなかったよ。心拍、脳波、筋電位すべて正常。ただその腹部に埋め込まれたコアは、明らかに君の生体電流を吸収して動いている」


 コアがわずかに赤く光った。

 まるで自分の意思があるかのように。


「つまり君とコア……はすでに一体となっている、ということだ」


「……俺と、コイツが?」


 恐る恐る触れてみると、たしかに一定リズムの拍動を感じる。


「君自身は、何か変化を感じるか?」


「……あります」


 俺はありのままを話した。


 脳に直接、AI音声が響くこと。

 融合後、視界が変わったこと。

 敵の弱点が視えたり、自分の強さがゲームのように数値化されたり。

 

 そしてダンジョンの攻略報酬とやらが表示されたことも。


 挙げ始めるとキリがないが、とにかく今思いつくことは全て話した。


「カイの言っていたことは、本当だったのか。しかしなぜ……いや、理屈は通る」


 和一は腕を組み、考え込む。


「このコアには、最善の策を提示するアルゴリズムを組み込んでいる。例えば、状況に応じて最適な魔法を選択したりね。それが君の体内でリアルタイムに起きている――そう考えれば説明はつく」


「そんなことが……」


「とにかく、今はこの件を外部に漏らさないでくれ。もし公になれば、協会どころか政府も動く。AIと人間の融合なんて前代未聞。今碧斗くんの身体がたまたま落ち着いているだけで、本来は何が起こっても不思議じゃないんだ」


 和一の声はあくまで穏やかだが、どこかに恐怖が混じっている様子だった。


「ここでのことは、三人の秘密にしておこう」


 俺はうなずいた。


 確かに、こんなことが世間にバレたらとんでもないことになる。

 協会や政府に人体実験されるなんて、たまったもんじゃないからな。


「あ、そうだ、碧斗くん。そのコアには名付け機能があるんだけど……君が好きな名前でいい、何か付けてあげてよ」


「名前、ですか」


 子供もまだ、ペットすら買ったことのない俺にとって初めての名付け相手がAIになるとはな。


 でもたしかに。

 これから過ごす中で、ずっとAIとかコアで呼ぶわけにもいかないか。


 俺にとって呼びやすい名――


「お前の名前、アルゴじゃダメか?」


『……アルゴ……認識中……。認識、しました。私はアルゴ。以後、アルゴとお呼び下さい』


 記録士用のアプリ名だけど、俺にとって呼びやすい名前がこれしかなかった。


「なるほど。記録用アプリの名を借りたんだね。まぁ君が心の中で会話するんだ。馴染みがあっていいと思うよ」


 所長もコアも納得してくれたことで、コイツの名前はアルゴになった。


「よろしくな」


 と、一頻り名付けの儀式が終わったところで、


 ――ピコン。


 視界の端に、小さなウィンドウが浮かんだ。

 まただ。ステータス画面のような、俺にしか見えない光。


「……メール?」


 そこには〈探索者協会:至急来訪願う〉の文字。

 表示された発信元は、間違いなく本物の協会サーバーだ。


 これは本来スマホに届くメッセージのはず。


 まさか、アルゴは俺のスマホとも連動しているってのか?


「碧斗さん、どうしました?」


「協会からの呼び出しだ。理由はなんとなくだけど、予想がつく」


 おそらくユニークダンジョンの件。


 Sランク探索者が到着する前に、ダンジョンの消滅が確認されたんだ。


 怪しむのは当たり前だろう。


 当然、この呼び出しを断る権利は俺には無い。



 * * *


 

 少し前――探索者協会・中央本部。


 広い作戦会議室の中、数人の幹部たちがスクリーンを囲んでいた。


 モニターには新たに誕生した世田谷ユニークダンジョン:消滅確認という文字。


「発生から二時間も経たずに、跡形もなく消えただと……?」


「ええ。内部構造ごと完全にデリートされています。自然消滅の可能性はゼロ。何者かが攻略したと見るべきでしょう」


「だが、Sランク探索者は全員任務中だったはず」


「はい。ゆえに、我々の推測はひとつです」


 若い職員が、震える声でデータを指差す。


「ダンジョン発見者――一式碧斗。元Dランク探索者で、現在は協会登録のダンジョン記録士。彼がなんらかの秘密を握っていると」


 室内にざわめきが走った。


「探索者証の期限は切れているし、そもそも戦闘権限すらないこの男がか? こんな奴に何が出来る?」


「しかし、現実としてユニークは攻略済みになっています。この事実を無視することはできません」


 重苦しい沈黙が落ちた。


 やがて、長机の中央に座っていた協会の理事長が重い口を開く。


「……明日、彼をここに呼べ。ユニークダンジョンの第一発見者として、話を聞かせてもらおう」

 

 こうして元Dランク探索者の一式碧斗の元に、協会呼び出しのメールが届いたのだった。

 

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