第3話 目標、消滅を確認。戦闘終了
そうだ。
俺は、ワクワクしているんだ。
視界は晴れた。
頭の中もやけにクリアだ。
悪魔の姿が、細部まで鮮明に見える。
いや、よく見えるどころじゃない。
動きの予備動作、筋肉の収縮、関節の角度――全部が読める。
体も軽い。
まるで自分の肉体じゃないみたいだ。
そして――視えた。
ヤツの腹部に、赤い文字が浮かぶ。
〈Weakpoint〉
「……ウィークポイント?」
『弱点です。アビス=ヴァイラーの』
頭の中に直接、声が響いた。
あの時のAIだ――長刀に宿っていた人工知能。
「アビス=ヴァイラー?」
たしかに映っている。
あのモンスターの頭上にアイツの名が。
コアを埋め込んでから、俺の視界はまるでゲーム画面のようになっている。
Weakpointやモンスターの名前。
しかもそれだけじゃない。
名前の横にランクまでが表示されている。
〈推定ランク:B+〉
「Bランク!? あの強さで!? てっきりSランクだとばかり……」
俺が驚いたその瞬間、アビス=ヴァイラーが突進してきた。
その腕が地を薙ぎ、俺に迫る。
けれど、不思議なことに――動きが遅く見えた。
避けられる。
ほんの数ミリの隙間を、簡単に抜けられる。
だけどそれだけじゃヤツは倒せない!
「……どの魔法も効かないんだから!」
炎も、水も、風も、土も――全部が弾かれる。
俺の中途半端が、ここで足を引っ張るんだ。
『アビス=ヴァイラーに対して、有効な魔法を検索……検索中……しばらくお待ち下さい』
AIの声が響く。
俺は息を整えながら、敵の攻撃をギリギリでかわす。
『検索完了。氷魔法――有効確率、八十二パーセント』
「氷魔法? そんなの使えるのは、凄腕の探索者だけだろ!」
『氷魔法、生成中――』
「は? 生成? そんなこと……できるわけ――」
『風魔法と水魔法を融合。氷魔法の使用を可能にしました』
……耳を疑った。
そりゃそうだ。
勝手にAIが、魔法を創り始めたんだから。
「嘘、だろ? 俺が氷魔法を?」
炎、水、風、雷、土。
それが人間の扱える基本五属性。
それ以外――氷や光、闇などの上位属性は、生まれつきの才能か、遺伝によるもの。
凡人が扱えるはずがない。
だが、視界の端にウィンドウが浮かんでいる。
使用可能魔法の欄に、新たな文字がたしかに刻まれていた。
〈New Skill:アイスランス〉
「これを……俺が、使えるのか?」
喉が鳴る。
この手に宿った力を、確かめてみたくなった。
「――ものは試しだ」
そう決意した時、
アビス=ヴァイラーの八本の腕が、うねった。
次の瞬間、光が弾ける。
振るった腕々から、紫紺のエネルギー波が奔流となって襲いかかる。
床の土が一瞬で壊れていく。
『高出力エネルギー波を検知。直撃すれば、即死確率九六パーセントです』
「そんな冷静に言われてもっ!」
咄嗟に跳んだ。
爆発的な衝撃が足元を薙ぎ、地が爆ぜる。
これがユニークダンジョン。
アビス=ヴァイラーか。
「けど、視える。動きが視えるぞ!」
アビス=ヴァイラーの軌道。
腕の角度。
力の流れ。
まるで頭の中で再生される映像をなぞるように、予測が浮かんでくる。
これも全て、埋め込んだコアの力か?
『いいえ、それだけではありません。ホストが培った経験を元に、私が最善の策を視覚化させているのです』
俺の思考に呼応して、まさに間髪入れず、解が返ってきた。
「俺の、力?」
探索者だった十年間、俺は幾度となく死に目にあった。
その度に学び、思考し、研鑽した。
覚えられる魔法は全て覚えた。
敵の攻撃パターンも可能な限り把握した。
それが今になって、全て結びついたってのか?
ヴォアアアアアア――
再び放たれるエネルギー波も、
やっぱり視える!
俺は避け、滑り込みながら詠唱した。
「〈アイスランス〉!」
氷の槍が発射される。
だが、黒い光壁に弾かれた。
『防御構造を解析。表皮を覆う黒いエネルギー壁を感知。弱点は高熱属性。氷魔法、炎魔法の複合詠唱が有効』
「複合詠唱!? そんなこと、できてたまるか!」
二つの魔法を同時に発動なんて前代未聞。
聞いたこともない。
このAIさん、とんだ無茶を言うもんだ!
『解決策を提示――炎魔法は私が補助致します』
AIの声と同時に、俺の左手が勝手に動いた。
意識していないのに、掌に熱が集まる。
「……な、なんだこれ!? 俺の腕が勝手に!」
炎の槍を創り始めた。
それは明らかに、自分主導じゃない。
AIが――直接、制御している。
『残るは右手に氷魔法発動で、合成準備は完了です』
「何が何だか分からんが、発動させりゃいいんだろ! 〈アイスランス〉!」
体の左右が、正反対の温度に裂ける。
片側が燃え、もう片側が凍る。
矛盾してるはずなのに、どこか心地いい。
「――いくぞ!」
両腕を交差させ、詠唱を重ねた。
「〈デュアル・ランス〉!」
赤と白の光が交錯する。
氷と炎、相反する属性の魔力が融合し、一本の槍へと収束した。
俺はそれを撃った。
閃光。爆音。衝撃。
水蒸気爆発だ。
ヴァアアアア――
アビス=ヴァイラーが初めて呻きをあげる。
全身が硬直し、肉体に亀裂が走った。
『ホスト、最後の一撃。Weakpointに氷魔法、アイスランスを!』
「あぁ、分かった!」
最後に撃ち込んだのち――悪魔は光の粒になり、砕け散った。
これがこの世界における、モンスター消滅の証。
そして訪れる静寂。
『目標、消滅を確認。戦闘終了』
「……勝ったのか、俺が」
息が白く揺れる。
手足が震える。
でも、それは恐怖じゃなかった。
胸の奥が熱い。
久しく感じていなかった感覚が、蘇ってくる。
勝ったんだ。
探索者を諦めた、この俺が。
やった、やったぞ!
だが――
その時、視界にあるものが映り込む。
「……な、に?」
さっきまで戦いに必死で目に入らなかったもの。
俺のステータスウィンドウだ。
【ステータス更新】
HOST:一式碧斗(ICHISHIKI AOTO)
職業:探索者
レベル:3
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HP : 420/420
MP : 0/124 ※警告:魔力枯渇
STR : 35 (+15)
VIT : 28 (+10)
INT : 42 (+20)
AGI : 31 (+12)
LUK : 17 (+5)
───────────────
ゲームみたいな画面が視えるとか、俺は本当にどうしてしまったんだ。
そしてある真っ赤な数字が、点滅している。
MP : 0/124 ※警告:魔力枯渇
「……ゼロ?」
視界がぐらつく。
力が抜けていく。
魔力が……枯渇してる?
「あれ……ち、力が……」
膝が崩れ、倒れ込む。
ウィンドウに浮かぶ新たな文字列を最後に、俺の視界は真っ暗になった。
【ユニークダンジョンクリア報酬】
・ユニークキー
▶︎ユニーク職を獲得可能なダンジョンへ挑戦することができる鍵。レベル25以上で使用可。




