第21話 全部、全部――任されたッ!
地面から水の子竜が渦を巻いて顕現する。
青白い鱗と流線を描く尾を持つ、水の精霊だ。
そして、迷いなく俺は詠唱を切り替えた。
「〈精霊継承〉!」
水の精霊の意志が、雷の精霊とは違う冷たい流れとなって俺の中を駆け抜け、一瞬のうちに澪へと注ぎ込まれた。
「……っ!?」
澪の目が見開かれ、頬を青い光が走る。
まるで彼女の体そのものが水という存在に変わっていくかのようだった。
『継承完了。対象――朝霧澪。付与効果:魔法威力+四〇%、属性バフ付与、補助効果発動中』
アルゴの冷静な声が脳内で告げる。
その数値を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
アンドロイドを打ち破れる可能性が飛躍したから。
「えっ……私、なんだか――」
澪の体から、明らかに空気が変わった。
水の精霊と完全に同調し、魔力の流れが彼女の全身を駆け巡る。
「よし、決めるぞ!」
俺の声に呼応して、千捺が〈フィジカルブースト〉を重ねた。
光の波紋が足元を走り、体の芯が燃えるように軽くなる。
四人の呼吸が、ぴたりと揃った。
――だがその瞬間。
「排除対象、優先順位一位。出力、最大値に到達。近接戦闘へ切替」
アンドロイドの声が響いたかと思うと、地を踏み砕く音とともに、その巨体が弾丸のように迫ってきた。
「は、やっ!?」
視界に映った時にはもう、目前だった。
〈加速同期〉でさえ、ほとんど読めない。
鋼鉄の拳が空気を裂き、雷光よりも速く俺の頬をかすめる。
反射的に身体を捻る。
だがその拳が抜けた瞬間、回転軸をずらした左肘が俺の胸部に突き刺さる。
「ぐっ……!」
肺が圧迫され、呼吸が止まる。
装甲の質量そのままがのしかかる。
しかも秀次の〈アースガード〉を打ち破ってこの威力。
人間の打撃とは桁違いだ。
『ホスト、肋骨への衝撃。損傷率十七%。退避を』
「まだだ……!」
殴られた勢いを逆利用し、俺は地を滑るように後退。
だが奴はすかさず間合いを詰めてきた。
「出力――百二〇%」
赤い光に包まれた拳が振り下ろされる。
「碧斗くん!」
澪の叫びが届くと同時に、
俺の目の前で〈アクアヴェール〉が展開された。
透明な水の幕が、拳を弾く。
今までならここまでの防御性能はなかったはず。
精霊の力を得て、かなり強化されたようだ。
「助かった!」
「まだ終わってない! 下がって!」
澪が一歩前へ出る。
その瞳に、恐れも迷いもなかった。
そして、両手を掲げ、静かに詠唱する。
「〈アクアバースト・ヴォルテクス〉」
澪の詠唱と共に、空気が軋んだ。
周囲の湿度が一気に凝縮し、彼女の周囲に十数の水球が浮かび上がる。
それぞれが暴風のように回転し、圧縮された流体の渦を形づくっていた。
奔る水弾は乱流を描きながら、次々とアンドロイドへ放たれる。
軌道が読めない、重ね撃ちの嵐。
「防御プロトコル、全展開――!」
アンドロイドが警告を発し〈アースガード〉と〈アクアヴェール〉を同時に展開する。
だがその防御は長くもたなかった。
澪の渦が一つ、二つ、三つと命中するたびに、
水圧が層を剥ぎ取り、盾のような魔力膜が音を立てて弾け飛ぶ。
「損傷率――百三〇%オーバー」
アンドロイドから警告音が鳴り響く。
「一式さん……今ですっ!」
千捺の〈フィジカルブースト〉が、俺の体を奮い立たせる。
「一式、トドメは任せた!」
今日、何度も身を守ってくれた〈アースガード〉が再び俺の身体を覆う。
「碧斗さん、お願い……しますっ!」
立っているのもやっとのカイ。
探索者になって数ヶ月の新人が、よくここまで頑張ってくれたな。
後はゆっくり休んでてくれ。
「全部、全部――任されたッ!」
俺は全身の魔力を稲妻に変換し、脚の裏に溜めた電流を一気に解放した。
爆ぜる雷光。
視界が白に染まるほどの速度で、俺は間合いを詰めた。
アンドロイドの防御スキル、最後の層が澪の渦で崩れた瞬間、拳に纏わせた雷が完全に直撃する。
「――〈雷精霊術・迅雷閃〉ッ!」
光が閃き、金属が裂ける音がした。
アンドロイドの胸部を貫通する稲妻。
内部の回路が焦げつき、青白い火花が吹き上がる。
「解析不能……致命的損傷――」
機械の声が途切れ、頭がガクンと下を向く。
貫通した腕を引っこ抜くと、アンドロイドは膝が砕け、腕が落ち、重力に従うように地面へ崩れ落ちた。
「……やった、のか?」
秀次の声が、重い空気を破った。
カイが剣を地面に突き立て、息を荒げながら笑う。
千捺は祈るように手を合わせていた。
そして澪が、ゆっくりと息を吐いた。
その頬に残る蒼い紋様が、最後の一滴のように消えていく。
そして水の精霊アクアランスは、確かに俺の中へ戻ってきた。
なるほど。
継承した精霊は戦闘後に、戻ってくる仕様なのか。
「私たちの、勝ちだね」
「……あぁ。皆の力だ」
澪が俺に微笑みかける。
その笑顔に、疲れが少しだけ和らいだ気がした。
それから少し経って、この場にダンジョンの出口ゲートが姿を現す。
本来ボスを倒した後に生成されるもの。
つまりここのダンジョンボスが、さっきのアンドロイドということになる。
崩れ落ちたアンドロイドの残骸は、未だその場に留まっており、細い蒸気を立ち上がらせている。
普通のモンスターなら、倒したと同時に光の粒になり消えていくはず。
未だに消滅しないモンスター。
地球の中心が生み出したコアガーディアン。
部品一部でも持って帰りゃ、天城所長めちゃくちゃ喜びそうだな。
「……これで、C級ダンジョン、クリアってことでいいんですよね?」
戦闘後に一息、全員が地面に座り込む中、カイがひと声上げる。
「そりゃあな。正式ルートとは違ったが、あんな化けもん倒したんだ。十分だろ」
秀次が肩をすくめて笑う。
「それともあれか? もう一回、別のC級に挑みに行くか?」
「いや、もう勘弁してくださいよ!」
カイの即答に、思わず全員が吹き出した。
笑い声が、緑の草原を駆け抜ける。
戦いの緊張が、ようやく抜けていく。
「みんな、少し休んでから帰ろっか。外に出たら、報告しないとだね」
「だが朝霧、これなんて報告すんだ? 一式を狙うロボットが、ダンジョンを乗っ取ってました、とか?」
秀次が冗談っぽくそう言った。
「うーん……今はなんとも、だけど……とりあえず碧斗くんから話を聞く方が先だと思う。心当たり、あるんだよね?」
すると自然に俺へ視線が集まる。
もちろん、心当たりありまくりだ。
詳細を話すにはこの埋め込んだ戦闘補助AIコア、アルゴ抜きには話せない。
だがここまで巻き込んでおいて、何も話さないわけにはいかないよな。
「あぁ。話はここを出てからでもいいよな?」
全員が首を縦に振る。
それから俺たちは少し休んだのち、ゆっくりと立ち上がり、ゲート方向へ歩き出す。
青白い光の膜が穏やかに揺らめいている。
「……みんな、無事に生きててよかった」
改めて、澪が深く息を吐いた。
「はい……っ!」
千捺が目を潤ませながら深く頷き、
「今回はさすがにダメかと思ったぜ!」
秀次が豪快に笑う。
「……みんな、ありがとう」
今回、俺のせいでみんなを巻き込んだ。
もう少しで全員が死ぬところだった。
誰もが諦めず、生にしがみついたからこそ勝ち取った勝利とも言える。
俺の中にある感謝と巻き込んでしまった負い目、二つの感情が、さっきの言葉を生み出した。
バシッ――
「っ!?」
背中に痺れるような衝撃。
「帰ったら、まずは祝勝会だな!」
秀次の強すぎる平手打ちとその言葉に、場は再び明るさを取り戻す。
俺の心も、不思議と軽くなった。
「じゃ、出よっか!」
澪が一歩踏み出す。
それに続きまた一歩、俺たちは確実にゲートへ足を進ませていく。
そしてようやくこのC級ダンジョンから、脱出を果たしたのだった。
* * *
地球の中心。
熱も、時間も、存在の概念すら曖昧な場所。
そこに、それはあった。
――ガイア・コア。
無数の光の糸が、脈動する網のように絡み合い、
それが一つの巨大な思考体を形づくっている。
この星の心臓部。
全ダンジョンを生み出す源。
「観測、完了。対象:一式碧斗――生存」
「排除個体:コア・ガーディアンα、β、ともに活動停止」
淡い灰色の光が明滅し、無数の演算体が同期を始める。
それは会話というより、思考の交差だった。
「想定外要素の検出――精霊魔法」
「定義:自然情報体との共鳴現象。人工知性による解析、困難」
「結論――コピー不可能領域、確認」
低く震えるような音が、地殻の奥へ広がっていく。
ガイア・コアの周囲で、複数の演算核が次々と点灯した。
「我々の干渉アルゴリズムにおける盲点、発覚」
「対象:一式碧斗。学習継続不能の領域を獲得」
「結果:排除失敗率、上昇。次回成功確率――二十一%」
一瞬、全演算体が沈黙する。
まるで考え込むように。
「……学習再構築開始」
「人間社会への直接干渉、推奨」
「次段階:ダンジョン外への侵出。現実環境への介入。人間に擬態可能な個体を、配備」
「目的――対象の孤立化および同族認識の破壊」
光の束がうねり、網状の構造が再形成されていく。
そこには、無機の神のような冷たさがあった。
「試練は継続する」
その声は、誰の耳にも届かない。
だが確かに、世界の奥底で響いていた。
〈排除対象:一式碧斗〉
〈侵食フェーズ:現実領域〉
〈再観測優先度:最上位〉
そして、
地球の中心で脈動する巨大なコアが、ゆっくりと色を変えた。
灰色から――真紅なる赤へ。
それは怒りでも、意思でもない。
ただ、進化のための命令だった。




