第19話 朝霧澪の戦い
視界を覆う白光が、ふっと薄れていく。
足元の感覚が戻り、私――朝霧澪はゆっくりと目を開けた。
そこは広大な草原エリア。
おそらくパーティ推奨なだけ、かなり広いことだけはたしか。
こういう時は、千捺ちゃんに探知をかけてもらうのが一番いいかな。
「ここが、C級ダンジョン……?」
息を整えながら周囲を見渡す。
カイと秀次、千捺。
パーティのメンバーがそこにいた。
ただ、どこか様子がおかしい。
皆、怪訝な顔で、一点を見つめているのだ。
そして秀次が、ついに口を開く。
「な、なんだありゃ!?」
彼の視線の先。
そこに立っていたのは――人間のような形をしたアンドロイド。
銀色の外装が鈍く光を反射し、目の奥で赤い光が脈打つ。
まるで意思を持つ存在のように。
それは無機質で、けれど妙に生々しい何かがそこにあった。
「このロボット、魔力反応がある……。だけど、普通のモンスターとは違う気配」
千捺がそう呟く。
魔力感知に優れたサポーター。
彼女が言うんだから間違いない。
目の前のこれは、普通じゃない何か。
「……そ、それにっ! 他のモンスターも、近くに全くいないみたいです」
「つまり……ここには、俺たちと、あのロボットしかいねぇってわけか!」
秀次がそう言ったのち、
「あれ、碧斗さんがいない!?」
カイの声が跳ねる。
私は息を呑み、視線を走らせた。
確かに――碧斗の姿がない。
ここに来るまでまで隣にいたはずの彼が、どこにもいない。
「嘘でしょ……?」
空気が急激に重苦しくなる。
一緒にゲートをくぐって、一人だけ別座標に転移されるなんて聞いたことがない。
これは明らかな異常事態だ。
「一式碧斗、現在、排除中」
その沈黙を破ったのは――機械の声だった。
そのアンドロイドが、まっすぐ私たちに向けて言葉を発した。
まるで告知のように淡々と。
「お前たちが存在する限り、成功率が下がる。故に、分離転移を実行した」
「は……? 排除ってどういう意味!」
思わず叫ぶ。
「読んで字のごとく。この世界の排除対象を、消去するだけの話だ」
その言葉に、背筋が凍った。
機械の声のはずなのに、どこか人間めいた冷たさがあった。
誰かを殺すことを、当然の行為として受け入れているような。
「そんなこと、絶対にさせない!」
彼らと碧斗くんの間に何があったかは知らない。
だけど碧斗くんは私にとって、大切な幼なじみであり、大切な仲間だから。
「一式さん、このダンジョンにいます」
千捺の声が響く。
瞳を閉じ、集中する彼女の額に光の紋が浮かんでいた。
「微弱ですが、生命反応を確認……でも、位置が不安定です……!」
よかった、ちゃんと生きてる……!
「だったら早く、助けに行かないと!」
彼が一度探索者を辞めてしまった時、あの時は私も自分のことで手一杯だった。
探索者としてようやく下地が整って、
協会にも呼ばれることが増えた頃だった。
だから彼の引退を聞いたのは、それからかなり先のことだったんだ。
そんな中、アンドロイドが一歩前に出た。
「ここを行くというのなら、ワタシが容赦しませんが?」
光の粒子が鋼の腕に集まり、魔力のように纏い出した。
――まるで、探索者の戦い方を知っているかのように。
「それでも私たちはその先に行く! そっちこそ、退かないのなら容赦しないから!」
「俺たちは四人いるんだ! 退くなら今のうちだぜ?」
「僕も碧斗さんを助けに行く!」
「……は、はい。私も、いきます!」
みんなの心が一つになった瞬間。
初めて組んだメンバーだったけど、全員から、誰にも負けない心強さを感じた。
負ける気がしない。
――そのはずなのに。
あのロボットから感じる、嫌な気配が拭いきれない。
それは、今まで出会ってきたどんなモンスターよりも不気味なもの。
あくまで体感での話なので、これ以上は説明できないけど。
「……仕方ない」
そしてその感覚は、現実のものとして私たちに牙を向く。
アンドロイドの身体が一瞬、霞んだ。
その動きは、視界で捉えきれないほど速かった。
「来るっ!」
私の声がみんなに届くよりも早く鋼の拳が風を裂き、秀次の盾に叩きつけられる。
金属の悲鳴が響き、盾がねじ曲がった。
「ぐぉっ……な、なんだこいつ!」
秀次が吹き飛ばされ、岩壁に激突する。
その威力は、まるでC級どころか、A級クラスのモンスターの一撃。
何あれ、ヤバすぎる。
目で追いきれないモンスターなんて今までいたっけ……?
と、とにかく!
「〈アクアバースト〉!」
反射的に、私は掌を前に突き出した。
集まった水が、瞬時に球体へと圧縮される。
高圧水流が螺旋を描きながら放たれ、アンドロイドの腹部付近を内側から破砕した。
ただの水じゃない。
これは、破壊に特化した水。
それがこの〈アクアバースト〉。
「……覚えた」
アンドロイドは、装甲を砕かれても何ら影響がないかのように、片手を前に突き出す。
直後、この手に高圧水流を生み出した。
「えっ?」
そして、それは撃ち放たれる。
まったく同じ速度、同じ軌道。
まるで、鏡のように。
「私の魔法――!?」
息を呑む間もなく、水の塊が迫りくる。
「〈アース・ガード〉!」
一瞬にして立て直した秀次による防御スキル。
透明な堅い膜が、私たち全員の身を守る。
「秀次さん……今のうちに、回復を」
そしてすかさず千捺が秀次に〈ヒーリング〉。
パーティとしては完璧な連携。
「み、皆さん、何も出来ず、ごめんなさい!」
「気にすんな、これが先輩の背中ってもんだ! よーく見とけよ!」
実際カイがついて来れないのも無理はない。
だって今の戦闘、明らかにC級のレベルを凌駕してるから。
こんなの、私たちですらギリギリ……。
「解析、完了。弱点、物理」
アンドロイドが何かを呟いた。
そして金属の閃光が、視界を貫く――。
「みんな、下がれ!」
秀次の〈アース・ガード〉は砕け散り、私たちは一斉に距離を取る。
「ただ殴っただけであの威力かよ……」
そう、ただの殴打で防御スキルを壊したのだ。
しかもBランク探索者の。
「これも、いい術だな」
アンドロイドが砕けた装甲に自分の手をあてると、そこは見る見るうちに修復していった。
「わ、私の回復スキル……っ!?」
「全部コピーしてやがるってのかよ!」
「これじゃ、無闇にスキルを撃てない」
回復魔法まで覚えてしまったアンドロイド。
このままじゃじり貧だけど、
攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
「次は、全員で仕掛ける! 千捺ちゃん、私とカイくんに強化スキルを!」
「は、はい!」
「〈アクアヴェール〉」
私はある水魔法を詠唱。
カイと私に、淡い蒼光を帯びた水の膜が広がる。
「澪さん、これは……?」
「これは私たちの身を最低限守ってくれる水魔法。あまり強い攻撃には対応できないけどね」
今からの作戦は単純。
私とカイの近距離戦闘を、秀次と千捺がサポートしていく。
これが今できる最高の連携。
「〈アクアブレード〉――!」
私の手元で水が細く伸び、蒼い刃となった。
握った瞬間、水は形を保ち、刃先が空気を裂く。
これは、金属すらも容易く断つ。
「分かりました!」
カイは意を決して剣を握る。
そして作戦は開始。
まず私が駆ける。
千捺の強化バフに加え身体強化した肉体で、一気にアンドロイドとの距離を縮め、剣を振るった。
だが相手は体を半身にして躱し、拳を放ってくる。
「……っ!?」
だけど、
こういうときの〈アクアヴェール〉。
迫る拳がその表面に触れた瞬間――水流が流線を描いて攻撃を逸らしたのだった。
「今……っ!」
水の刃が、アンドロイドの右腕を完全に断ち斬る。
「はいっ!」
そしてすかさず迫ったカイ。
彼も同時に剣を振り、装甲に傷をつけた。
こんな緊迫した中で、ベストな攻撃タイミング。
威力はまだまだだけど、十分Cランクに上がれる素質は持っているようだね。
……まぁ、アイツには効いてないみたいだけど。
アンドロイドは傷口を修復していく。
コピーしたヒーリングによって。
ただ、斬り落とされた腕までは回復しないみたい。
「カイくん、もう一回攻めよう――」
「――戦闘効率、限界値まで上昇。排除開始」
するとアンドロイドはそう呟いたのち、
即座に〈アースガード〉と〈アクアヴェール〉を同時展開。
その後、私が初手に撃ち込んだ〈アクアバースト〉を無数に生み出した。
「え……あんなの避けられるわけない」
〈アクアバースト〉は私がBランクになって、初めて覚えた上級クラスの魔法。
魔力消費も激しくてコントロールも難しい。
私だって一つ創るのでやっとなのに。
それをあんなにもたくさん創り出すなんて。
そして、どうやら狙いは私らしい。
「はは、こりゃさすがに勝てないや」
笑うしかなかった。
目の前に立ちはだかる、デタラメな力に。
「澪さんッ!」
千捺の叫び声が聞こえる。
「〈アース・ガード〉! 頼む……これでっ!」
秀次の声も同時に届く。
透明の膜が私を覆ってくれた。
だけどこれだけじゃ、無数の〈アクアバースト〉を防ぎきれない。
それが分かっていても、私の足は動かない。
だって――心の中の何かが、ポッキリと折れたから。
きっとこれを避けても、どうせ勝てない。
心の底でそう思ってしまったから。
負けを認めてしまった私の足はもう、完全に動く意味を失ったのだ。
「澪さんっ! 逃げてください!」
カイの声。
「……っ!?」
私は思わず息を呑む。
カイの言葉にハッとしたわけじゃない。
目の前を閃光が走ったから。
雷鳴。
空気が焦げる。
何かが通り抜けた――いや、誰かが。
黄色い閃光が一直線に走り、アンドロイドの胴を横から弾き飛ばす。
金属が地を転がり、火花が散る。
「な、なに……今の……っ!?」
視界の中心に、雷を纏った男が立っていた。
見覚えのある背中。
「まさか……」
振り返ったその横顔は、確かに彼だった。
ただ――以前の彼とは違う。
全身が、雷光のように光っている。
「遅くなってごめん、澪ちゃん」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
喉の奥で息が震えて、言葉が出ない。
けれど、その背中を見た瞬間すべてが分かった。
――もう大丈夫だ、と。
そして私は心の中でそっと呟いた。
ありがとう、碧斗くん。




