第18話 パーティ推奨、C級ダンジョンへ
昼下がり、俺はカイとともに、都内南部のある空き地に形成されたダンジョンゲート前に足を運んでいた。
青い膜のような空間が、地面を歪ませながら脈打っている。
これが目的のC級ダンジョンだ。
「碧斗くん、こっちこっち!」
手を振る澪の姿が見えた。
そして隣には見慣れない二人の探索者が立っている。
一人はがっしりとした体格の男の人で、もう一人は対照的に小柄な女性だった。
二人とも、少なくとも俺よりは若そうだ。
「少し待たせてしまったか?」
「ううん、大丈夫。私たちもさっき来たから」
「あぁ。気にすんな」
ガタイのいい男も隣で手を挙げ、ニカッと笑う。
「あ、あの……皆さん、今日は僕のために集まって頂いて、その、ありがとうございます!」
カイの第一声。
今回のダンジョン探索、元はと言えばカイがCランク昇格試験の受験資格を得るためのもの。
それに引け目を感じたのか、カイは一発目に頭を深く下げた。
「ダハハッ、今日はえらく謙虚な二人じゃねぇか! 気に入った! だけど気にするな。C級ダンジョンなんざ、俺たちBランク組にとっちゃ朝飯前よ。な、二人とも?」
「油断はダメだよ、秀次さん」
澪がすぐに突っ込む。
その向こうで、小柄な少女が控えめに手を上げた。
「わ、わたしは……い、いつも助けてもらってばかりで……その、足を引っ張らないよう、気をつけます」
彼女は千捺というらしい。
澪が言うには、回復と支援を兼ねるバッファーだという。
なんというか、柔らかい雰囲気の持ち主だった。
「頼りにしてます」
俺がそう言うと、千捺は顔を赤くして小さく頷いた。
「じゃ、さっそく今日の役割なんだけど――」
一頻り挨拶が終わったところで、澪がこの先の話をする。
まず攻撃担当は近距離がカイ、中距離から遠距離が俺、支援は千捺、防御支援は秀次、そして澪は全体的な指示出しや支援をしつつ攻撃にも参加するということになった。
澪の得意とする水魔法とは、一般的に攻撃、支援、両方を担える属性。
基本、使い手はどちらかに偏るのだけど、そのどちらもを極めたのが――この朝霧澪という探索者なのだ。
一見彼女の負担が大きいようにも見える役割分担だが、これが彼女の平常運転。
さすがは極めてAランク昇格に近いと噂されるだけはある。
そんな彼女を中心に、他Bランクの防御と支援がいる今回の編成。
C級ダンジョンとしては、申し分ない構成だ。
いや、それどころか、過剰戦力すぎる気もする。
が、戦力はあるに越したことはない。
「それじゃ、行こうか!」
澪の明るい声を合図に、全員がゲートの前に立つ。
青い空間内、わずかに揺らめいているように見える。
「問題なし」
「OKです」
「よっしゃ、いったるぜ!」
「……は、はい!」
準備は整った。
それぞれが武器を構え、足を踏み出す。
ゲートを潜った瞬間、視界が白に塗りつぶされた。
耳鳴りが鳴り、重力が反転するような浮遊感が全身を包む。
『転移開始。通常座標へ移行しま――』
だが、その報告は最後まで続かなかった。
『警告。転移座標のズレを検知――誤差、二千メートル以上!』
「二千!? ど、どういう――」
突如、周囲の光が乱れた。
粒子が逆流し、視界が歪む。
「えっ!? 何これ、どうなって……」
澪の声が途切れる。
カイの姿も、千捺の手も、光の中に溶けていく。
何かに引き裂かれるような感覚が背骨を走った。
『補正不能――警告、空間が分断されます!』
次の瞬間、視界が弾けた。
――光が千切れ、音が消える。
転移の光が、いつもより強かった。
まるで空間そのものに引きずり込まれるような感覚。
耳鳴りが止まらず、体の輪郭が溶けていく。
そして次に意識がハッキリしたとき――そこは、静寂の世界だった。
昼間の草原エリアのような一角。
風がない。
音もない。
だが一応ダンジョンの構造はしているようだ。
「……アルゴ、状況は?」
「他メンバーの座標、ここから二千メートル東に反応あり。ホストのみ、転移座標を変更された模様。モンスターの気配、無し。しかし……強大な魔力反応が、二つ確認できました」
「魔力反応? どこに――」
焦燥を抑えようと、息を吐く。
だが――その瞬間だった。
カツン。
乾いた金属音が、静寂を裂いた。
視線を上げる。
十メートルほど先に、それは立っていた。
黒い鋼で構成された人型。
しかし、ただの機械ではない。
関節はしなやかに動き、瞳には光のような意志が宿っている。
人間と寸分違わぬ完成された形。
『……分析中。通常モンスターと異なる構造を確認。危険度――A-』
「A-……C級のダンジョンに?」
そもそもダンジョンの階級よりも高い危険度のモンスターが現れるわけがない。
あるとすれば協会の判断ミス……もしくは――
俺はある記憶が脳によぎった。
三ヶ月前に巻き込まれた二重ダンジョン。
そしてそこで遭遇した異形の化け物。
あの時もアルゴ、モンスターと異なる構造とか言ってた気がする。
つまりコイツも、あれと関係が……?
俺の内心に答えるように、そいつが口を開いた。
「確認完了。対象、一式碧斗」
声は抑揚を持ち、言葉として流暢。
まるで人間のようだ。
だが声質は、二重ダンジョンの時に聞こえた謎の声に近い。
「貴様は、この世界における異物だ」
「……は?」
「ワタシはこの地球の中心〈ガイア・コア〉が生み出した存在――中枢守護機。貴様は、我々地球にとって、排除対象だ」
無機質な声。
なんの感情すらも感じられない。
「排除、だと……? 俺が、何をしたってんだ?」
「そもそも〈ガイア・コア〉は、ダンジョンを生み出すことで、地球人の進化を促している。地球外に存在する生命体にも引けを取らないような、強い個体に育てるためだ」
「つまり宇宙人に負けないように?」
言ってる意味はよく分かる。
ただ内容が現実からかけ離れすぎて、理解が追いつかない。
「そして一式碧斗。貴様は地球人の進化を妨げる、人工構造体。我々にとって害悪と判断した」
「……は?」
俺が、人工構造体……?
つまりあいつらにとって、俺は地球人じゃないってか?
「よって我々は、直ちに貴様を排除する」
コア・ガーディアンが一歩踏み出した。
表情は変わらない。
しかし、明らかに発する圧が変わった。
「戦闘モード、起動」
『敵性反応、上昇。出力――百二十パーセント』
それを前に、俺は一歩も引かずに構えた。
「……くそ、戦うしかねぇか」
危険度A-の格上相手。
だが、不思議と恐怖心はなかった。
なぜなら今の俺には、精霊魔法があるから。
「行くぞ、ライリィ!」
俺はここに来る直前に契約した、新たな精霊の名を口にした。




