第13話 Cランク昇格の条件
探索者証更新試験から三ヶ月が経った。
D級ダンジョン。
ここは地下迷宮のような場所。
入り組んだ通路の先々で、様々なモンスターが待ち構えている。
そして今、ようやくダンジョンのボスと対峙しているところ。
ヴァァァァ――
視界の先で黒い外殻を持つ魔獣が唸りを上げる。
「碧斗さん、トドメを!」
カイの声が響く。
その瞬間、俺は右腕に魔力を集中させた。
「〈フレイムランス〉!」
炎の槍が空気を裂き、一直線に魔獣の胸を貫いた。
閃光、爆炎、焦げた臭い。
その体が断末魔を上げながら崩れ落ちる。
『討伐確認。魔力反応、完全消失。ダンジョンクリアです』
アルゴの電子音声が脳に響く。
俺はゆっくりと息を吐き、指先の熱を感じた。
「よし……終わったな」
そう呟きながら、無意識に腹部へ手を当てた。
そこに埋め込まれた赤いコアが、心臓と同じリズムで脈を打っている。
しかし本当に良かった。
探索者に復帰できて。
これも全て、三ヶ月前、元同期の探索者、高良隼人が合格を決断してくれたから。
アイツのことだ、試験中にも色々小細工してきたし、俺を落とす可能性も十分あった。
だが結果は、意外にも合格。
理由は分からない。
けれど実際、こうして俺は再び探索者としてダンジョンを探索できているんだ。
ありがとう、高良。
俺にもう一度チャンスをくれて。
あ、それと折れた両脚。
あれも完全に治った。
しかも一ヶ月で。
探索者ってのは、普通の人に比べて治癒能力が高い。
とはいえ両大腿骨骨折なんて、全治三ヶ月くらいかかると思っていたが――
さすが戦闘補助AIコア、アルゴさん。
どうやら傷の治りも早くしてくれたみたいだ。
仕組みについては聞いてもよく分からなかったが、でも本当に助かった。
「お疲れ様です!」
「あぁ、お疲れ」
カイが駆け寄ってくる。
その顔には、戦いきった充実感が浮かんでいた。
「やっぱり碧斗さんの魔法、威力ハンパないですね」
いつも戦いが終われば、やたらと俺を持ち上げてくるカイだが、彼自身もこの三ヶ月でずいぶんと強くなった。
初めて会った時は、ユニークダンジョンに興味本位で入ってしまうような無謀な青年だった彼が、今では前衛として堅実に立ち回っている。
おそらくDランクの中でも、実力は上位に並ぶくらいにはなってるだろう。
さすが若い分成長が早いな。
そして俺の視界の端。
そこには相変わらず、ゲームのような透過ウィンドウが浮かび上がる。
クリア報酬、経験値、そしてステータス。
――俺だけに見える、光の窓だ。
【LEVEL UP】
目の前にウィンドウが立ち上がる。
HOST:一式碧斗
職業:探索者
レベル:25
───────────────
HP :1560/1560
MP :760/760
STR :72
VIT :65
INT :89
AGI :77
LUK :39
───────────────
【クリア報酬】
〈獲得素材〉
・ブラックシェル(外殻素材)×2
・魔獣の核(Cランク相当)×1
・ダークアイ(希少ドロップ)×1
・経験値:+1,200
───────────────
クリア報酬。
俺たちのスマホが、モンスター消滅時の光の粒を解析し、データ化したもの。
これを探索者協会は、具現化させ、武器や防具、アイテムを製造する技術を持っている。
ちなみに経験値の表記は俺だけだろう。
というか絶対にそうだ。
『ホスト、現在レベル二十五。全体的にバランスの取れた成長傾向です』
アルゴの報告に、思わず笑みが零れた。
「……三ヶ月で、ここまでか」
スキルが特別増えたわけじゃない。
けれど身体は確実に強くなっている。
動きが鋭く、魔力の流れも以前より滑らかだ。
まるで、これまで積み上げた経験にこれらの数値がそのまま加算されたような感覚。
ズルだと言われれば、それまでだ。
だが俺は決めた。
どんな邪道な力を使ってでも、この探索者世界を――成り上がる。
そしていつか、高良や……澪ちゃんの横に。
いや、超えるために。
戦闘後の清涼な空気を吸い込んだのち、ゆっくりと決意の息を吐き出した。
『ホスト、お知らせがあります。お手隙の際、ウィンドウの確認を』
アルゴの落ち着いた声が脳裏に響く。
「お知らせ?」
『はい。新しい適合条件が確認されました。詳細は保留していますが――あなたに関係のある更新です』
「わかった。帰ったら見る」
『了解。ログを保持しておきます』
淡い光が一瞬だけ視界の端で光を発しているが、今はカイと一緒にいる。
後で一人の時間に開こう。
「あ、碧斗さん、そういえば父さんが、攻略後に研究所へ寄ってほしいって言ってました」
「天城所長が? 分かった」
『協会への攻略報告、完了しました』
いつもの機械的な声。
基本的にはスマホで行う操作。
こういった事務作業までこなしてくれるのが、うちのアルゴというAIだ。
「本当、いつも助かってます」
『当然です、ホスト』
そして俺たちは出口のゲートを抜け、現実世界へと帰還した。
* * *
「攻略お疲れ様!」
研究所のドアを開けると、白衣姿の天城所長が笑顔で出迎えてくれる。
寝不足なのか、目の下のクマは以前より濃い。
「父さん、また徹夜したのか?」
「あ、あぁ。二重ダンジョンの発生原因について、少し進展がありそうでな」
天城和一。
天城魔力工学研究所の所長で、自律AIと人間の魔力共鳴による戦闘支援システムについての研究を行っている。
内容についてはもちろん、俺にはさっぱりだ。
だが最近は俺が巻き込まれた、二重ダンジョンについて調べてくれているらしい。
「じゃあ所長、今日の要件ってのはその内容についてってことですか?」
「いや、そういうわけじゃなくてね。ほら、カイのCランク昇格試験の条件も、そろそろ揃ってきたんじゃないかと思ってね」
「条件? 何があったっけな?」
カイが首を傾げると、所長は呆れながらも指を三本立てた。
「カイ、この前説明したじゃないか。まず一つ、直近一年以内にD級ダンジョンの攻略数10回以上。二つ、累計探索時間100時間以上の達成。そして三つ、パーティ推奨レベルのC級ダンジョンクリア、だと」
「あーそんな感じだったね」
「ちなみに碧斗くんは、もちろん全条件達成済みだよ」
そう、今回俺が達成しなきゃいけなかったのは、直近一年以内にD級ダンジョンの攻略数10回以上のみ。
それ以外は過去10年の中で達成済みというわけだ。
「す、すみません碧斗さん、僕が条件をクリアするまで付き合ってもらって」
「構わない。俺も一人でCランクに上がっても嬉しくないしな」
カイは俺が探索者を再開したきっかけの人物だ。
恩を返す意味でも、今度は俺の番だと思っている。
「ありがとうございます!」
カイが嬉しそうに笑う。
「じゃ、残りは一つだね」
所長がPCを操作し、あるサイトを開く。
そこには協会公式の掲示板が映し出されていた。
「実はそろそろかと思って、さっき募集をかけておいたんだよ。〈パーティ推奨のC級ダンジョンに近々挑戦します。メンバー求む〉ってね」
さすが天城所長。
行動がすこぶる早い。
そして掲示板には、しっかり俺とカイの名前が刻まれていた。
「はは、ありがとうございます」
「こういうのは早く載せとかないとね。なかなか他人同士って、集まるの時間かかるから」
所長はため息混じりに、マウスをスクロール。
しかし、その手はすぐに止まることになる。
「……待て? さっそく一人、きたぞ」
「えっ、本当ですか?」
「マジ!? 誰からだ!?」
俺とカイは画面に、可能な限り顔を近づけた。
「しかも大物だぞぉ」
所長は、まるで研究の成果が出たのかと思うほど、ニンマリと頬を緩める。
俺は視線を転がす。
〈パーティ推奨のC級ダンジョンに近々挑戦します。メンバー求む〉という文字の下、リプライ用の投稿欄にその名は刻まれていた。
朝霧澪――。
指先がかすかに震える。
「澪、ちゃん……?」
幼なじみであり、同期の探索者であり、この界隈で名の知れたBランク探索者。
胸の奥で、何かが静かに弾けた。




