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引退した最弱中年探索者、AIと融合して全属性魔法を極める  作者: 甲賀流


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第11話 二重ダンジョンの異形


 

 ――落ちている。


 いや、落とされている。


 足元どころか上下も時間も崩壊したような感覚。


 ダンジョンへ至る前の空間。

 到着までの時間が、異様に長く感じる。


 そんな中、俺の耳の奥で何かが囁いていた。


「干渉源、検出。外部AIシステムとの……重複波形。我々を阻む存在、確認。排除手順、開始」


 音ではない。脳に直接響く声だ。

 アルゴと同じ仕組み。

 だけどアルゴじゃない。


 もっと低く、底知れぬ響き。


「排除対象――確定。進化の妨害、優先処理へ……」


 声の途中で重力が戻る。

 体が引きずり下ろされるように落下し、硬い地面に叩きつけられた。


「……っぐ!」


 目を開くと、そこは異様な光景だった。

 灰色の膜のような壁が波打ち、空間全体が呼吸している。

 匂いはないのに、息苦しい。

 

 まるで何か大きな生き物の胃袋の中のようだ。


「なんだ、これ?」


『位置情報を特定できません。この空間、地形データに該当なし。未形成領域の可能性あり』


「未形成……? そんなダンジョンがあるのか?」


『通常の生成手順を逸脱。明確な構造規則を持ちません』


 アルゴの声にも微かにノイズが混じる。

 ここは、通常のダンジョンとは違う。

 空間そのものが、何かを創ろうとしている――そんな気配だった。


 静寂。

 遠くの壁が、かすかに揺れた。

 次の瞬間、薄灰の地面に道が描かれるように浮かび上がる。


「……行けってことか」


 俺は深呼吸して、一歩を踏み出した。


 壁は柔らかく、踏みしめる地面は心臓の鼓動のように微かに震えている。


「……マジでこれ、生きてる?」


 そう考えると、背筋に冷たい感覚が走る。


『ホスト、右方七十メートル先に魔力波。モンスターの反応に類似。そして人間の反応も』


「人間……! 高良か?」


『はい。たった今、モンスターと思われる存在と対峙したところです』


 息を呑む。


 迷うより先に、俺は走り出していた。

 湿った床を蹴り、狭い通路を抜ける。

 息が荒れ、汗が冷たい。


 モンスターと思われる存在。

 曖昧な表現をするなんて、アルゴらしくない。


 考えられるのはその個体が未確認のモンスターか、あるいは……本当にモンスターじゃない何か?


「何かって、なんだよ」


 思わず一人ツッコミをしてしまう。


 

 そしてしばらく歩いていると、ようやく視界が開けた。


 巨大な空間。

 ここまでの通路と同じく、灰色の柔らかい膜で形成された壁に囲まれた異様な場所。

 

 中央に見えるのは、ある人影。


 背中をこちらに向け、何かを凝視している男。

 金髪が淡く光を反射していた。


「……高良!」


 叫んだ瞬間、男が振り返る。

 目が合った。


 ……が、反応は乏しい。


 一瞬だけ俺を見たその目は氷のように冷たかった。

 感情の欠片もない。

 まるで見えていないように、再び前を向く。


「……協会のデータベースには、あんなの載ってなかったはずだ」


 高良はゆっくりと独り言のように呟き、指を差す。

 その先、奥の闇にそれはいた。


 形容できない何か。


 人型ではある。

 だが骨格が異常だ。


 腕が三本、脚が二重にねじれ、関節が逆に曲がっている。

 皮膚のような金属が光を吸い込み、

 顔の位置には何もない。

 空洞――ただの穴。


 それが、こちらを見ていた。


 ぞわり、と肌が粟立つ。


 アルゴが急激に警告を発した。


『警告。敵性存在、通常モンスターと異なる構造。識別不能。戦闘は非推奨。推定危険度――否、計測不能』


「……高良、下がれ。こいつ、ヤバい」


 そう言っても、高良は俺を見ない。

 声さえ届いていないようだった。


 笑っていた。

 その口元が、ゆっくりと釣り上がる。


「これだよ……! こういうのを待ってたんだよ!」


 声が震えている。

 だがあれは恐怖ではない――昂揚だ。


「協会にないデータ、未知のモンスター……オレがこいつを倒せば、どんな報酬になると思う? ははっ、想像するだけで笑えてくるぜ」


 止める暇もなかった。

 高良が駆ける。


 剣が光の軌跡を描き、銀の異形へと突き刺さる――はずだった。


 だが、その瞬間、世界が揺れた。


 バシュッ! 


 その攻撃は異形に届く直前、高良の前に光の粒が集約し、破裂。

 高良の体が後方へ吹き飛ばされた。

 

 音より早く、空気が裂ける。

 壁に叩きつけられた彼の鎧が砕け、地面を転がった。


「高良!!」


 駆け寄る。

 鎧の胸部が焦げ、血が滲んでいる。


 息はまだある。

 だが浅い。


『警告。敵性存在――攻撃速度、観測限界超過。Bランク探索者、高良隼人、戦闘不能確認』


 信じられなかった。

 高良が――あの高良が、一瞬で。


 異形がこちらを向く。

 空洞の顔の奥から、低い共鳴音が響く。


『……干渉体、検出。類似波形、同種構造体』


「同種……? 今、何て――」


 理解する前に、影が動いた。

 目で追えない。

 気づけば、視界の端に光。

 空気が裂け、衝撃が全身を叩いた。


「ぐっ……!」


 吹き飛ばされ、地面に転がる。

 腕が痺れる。

 体の芯が焼けるように熱い。


『ホスト、即撤退を推奨。生存確率――八・二%』


「おいおい、こんな化け物相手に八%もあるのか。一体どんな可能性か、知りたいもんだ」


 突然現れる光の球が爆発する現象。


 詠唱どころか、予備動作すらない。

 

 あれがあの異形のスキルだとしたら、正直勝ち目がないぞ。


 さっきの高良戦で手に入れた〈加速同期〉が機能している状態ですら、何も見えなかった。


 それにアルゴ自体も測定できないようだし。


『生存可能な可能性を模索中……模索中……模索、完了。出口のゲートがあります。そこから脱出すれば、元のC級ダンジョンまで戻ることができます』


「出口!? 出口ってどこに――」

 

 とりあえず立ち上がった。


『左後方に空間の歪みを検知。脱出ゲートの可能性』


 アルゴの示すその位置、たしかに白い空間の歪みみたいな箇所がある。


 一般的なゲートとは違うが、ここのダンジョンが未形成。

 出口のゲートも未形成な可能性は高い。


「……よし、わかった」


 息を吸い込み、声を張る。


「高良!」


 彼の元へ駆け寄った。

 やっぱり意識は失っているか。


 ギギギギギ……。


 金属の摩擦音。

 空気が震える。


 異形からだ。


 異形は直角以上に回し、俺に向ける。

 

 そして次の瞬間、光線のような刃が空を走らせてきた。


 俺は高良を担いで、飛び退いた。


 スパンッ――


 柔らかい空間が刃状に裂ける。


「危なかった」


 今のは視えた。

 だが〈加速同期〉があってギリギリ。

 なかったら今頃、確実に死んで……。


 バシュッ!


「……っ!?」


 次は光の爆発。


 わずかに軌道を逸らしたが、爆風とその余波が押し寄せ、高良とともに吹き飛ばされる。


「くっそ……」


 ここまでの戦闘の連続で、体が軋む。

 全身が痛い。

 

 疲れだって完全にピークを過ぎている。


 だが――今諦めたら、俺も高良もここで死ぬ。

 

 なんとかあれを避けつつ、出口に近づく方法を考えないと――


(アルゴ、あの異形のこれまでの行動パターン分かるか? あと光爆発の発現位置)


 バシュッ!


 異形は休むことなく、その光爆発を放ち続けてくる。


「うぁっ!」


 間一髪で避けると、吹き飛ばされるだけで、かなりダメージを抑えられる。

 ただ一度でも直接食らうと、多分死ぬ。


 そしてさらに光の追撃。


 だが一度躱すたび、次の攻撃予測が少しずつ視覚化されていって、避けやすくなってきた。


 きっと学習してるんだ!

 俺も、アルゴも!


『分析、しました。敵の行動パターンについて、現状の攻撃は光エネルギー体による衝撃波と爆発の二種、それを異形は一歩も動かずに発動しています。詠唱も予備動作もなし。光爆発の発現地については、対象者の約一メートル圏内。発現から爆発まで、平均〇・七秒。以上です、ホスト』


 アルゴからの情報。


 そういえばあの異形、たしかにこの中央から一歩も動いてない。

 仮に俺が移動しても、コイツは首のみを回し、俺を追従している。


 なら、あの光さえ避けられれば――


「いや……待てよ? あるかもしれない」


 ――だが再び光が現れた。

 

 爆発まで0.7秒だったな。


 俺は高良を背負ったまま、可能な範囲まで体を退かせる。


 バシュッ!


 爆音、爆風、超衝撃。


 俺は()()()()()()に吹っ飛ばされた。


 そう、出口ゲートのある方向へ。


 どうせ吹っ飛ばされるなら、ダメージを受けるなら、致命傷を避けつつ、この衝撃を移動手段として使えばいい。


「よし、かなり近づいた! このまま一気に!」


 ゲートまであと10メートル!


 俺は高良を背負い直し、全力で駆け出す。


 白いゲートが目前と迫る。


 しかし、


 ギギギギギ……。


 再び金属の摩擦音。


 首をさらに回転させた異形。


 そして光の球がゲート前に現れた。

 いや、それは実物ではなく――俺とアルゴにしか視えない攻撃予測だった。


 この予測は俺が経験し、アルゴが分析した結果の視覚化だと、以前アルゴが言っていた。

 

 ようやく追いついたのだ。

 アイツの攻撃に、俺たちの目と頭が。


 そして本当にそれは、予測地点に現れた。

 

「くそっ!」


 起爆まで0.7秒。


 この時、本来なら一瞬で過ぎ去る時間のはずが、今の俺にとっては一生分に相当するほどの長さに感じた。


 高速に脳が思考する。


 如何に死を避けるか。


 ただただ生きたいと、


 それだけを本能が求めて。


 そしてこれまで経験してきた全ての知識、経験が集約して最適解を、アルゴの補助を受けながらも導き出し、


 神経伝達における最大速度――脳を介さず、脊髄の反射によりその答えを行動に移した。


 詠唱もなく、


 ただ肉体だけが反射的に行動を起こす。


 両脚全体に全魔力を纏わせて、俺はゲート方向へ一切の加減なく蹴り込んだ。


 ミシッ――


 一瞬で両下肢の大腿骨が砕ける感覚。

 でも不思議と痛みはなかった。


 加速する身体。

 未だ経験したことのない速度に乗せられて、俺はゲートに頭から突っ込んでいく。


 視界は真っ白な空間へと切り替わり、同時に全身がゲートをくぐりきったのち、


 バシュッ!


 光の爆発音が耳に届いた。


 だが時すでに遅し。

 俺はあの未知の空間から、脱出を果たしたのだ。


「よし、間に合った……」


 安堵したその時、転移中の俺の脳に、またあの声が響いた。


「進化を妨げる存在――排除、できず。次回、完遂するため、学習を開始する」


「え、進化……?」


 その意味を理解する前にこの空間が弾け、俺は元いたダンジョンへ帰還したのだった。

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