第1話 一式碧斗、33歳。職業、ダンジョン記録士。
『C級ダンジョン……確認……探索者掲示板への情報添付を完了しました』
スマート端末に搭載された記録アプリ〈アルゴ〉が、無機質な声で告げた。
発生地点、魔力量、構造予測……現場で解析した情報を即座に共有してくれる。
「ありがとう、アルゴ」
『次のダンジョン発生予測地域を検出。位置情報、共有しますか?』
「ああ、頼む」
地球の中心に存在する自律コア。
何が目的なのか分からないけど、ソイツが無限にダンジョンを生み続けているらしい。
そして、いち早くその生成地点を見つけ、現役の探索者たちへ情報を伝達するのが俺の仕事だ。
一式碧斗、33歳。
職業、ダンジョン記録士。
早く見つける。
それだけが重要な任務だ。
なぜなら、ダンジョンは誕生から七十二時間が経過するとダンジョンブレイク――
つまり、中のモンスターが外界へ溢れ出す。
そしてそれはただの事故ではなく、都市を飲み込む災害の引き金になる。
『異常な魔力の高まりを検出。ユニークダンジョン発生の可能性があります。ここから五キロ先、東京都世田谷地区の無人区域に出現予測』
「ユニークダンジョン!? うそだろ……!」
『いいえ。この魔力蓄積量、直近で確認されたユニークダンジョン――五年前の新宿ダンジョンと同一傾向です』
新宿ダンジョン。
その名を聞いた瞬間、背筋が冷えた。
あの時は、まだAI技術が未成熟で、発見が数時間遅れた。
結果、S級探索者でも制御不能のブレイクが起き、
被害範囲は数十キロ、死者は数千人。
都市崩壊という言葉が現実になった。
以来、ユニークダンジョンは存在しなかった。
発生すれば、S級探索者以外の侵入は即禁止――それが今の協会規定だ。
だが幸い、今回は誕生前に検出できた。
今すぐ協会へ報告し、S級を招集すれば被害は防げる。
「わかった。現場へ向かう。アルゴ、案内してくれ」
『承知しました。位置情報を共有いたします』
「助かる」
俺はスマホ端末を握りしめ、その場から駆け出した。
* * *
通常の青色とは違う、真紅に染まったホール状のダンジョンゲート。
そこが、アルゴの指示した地点だった。
「マジでユニークじゃねえか」
まだ形成から一時間も経っていない。
この時点で見つけられたのは奇跡に近い。
だが、今は発見報告が最優先だ。
「一応、中に人がいないか確認してくれ」
『承知しました。内部の魔力反応をスキャンします。少々お待ちください……検索中……検索中……反応を一件検知しました』
「……は? もう誰か入ってるのか?」
『探索者情報と照合中……個体を確認。Dランク探索者・天城カイ(男)。一ヶ月前に登録された新規探索者です』
「Dランクのルーキーが……ユニークに? そんな馬鹿な!」
『間違いありません』
アルゴの判定は絶対だ。
俺がダンジョン記録士になってからの三年間、一度も誤検出を出したことがない。
「……とにかく、すぐ協会に報告だ!」
それがユニークダンジョン発見時の絶対ルール。
探索者協会に報告。
その後、Sランク探索者へ直通で情報が送られることになっている。
『探索者協会にデータ送信完了』
「ありがとう。……なあ、S級の応援、どのくらいで来られる?」
『現在、東京在住のS級探索者は四名。いずれも任務中です。到着予測、最短で四時間三十二分後』
「四時間……そんなに待てるわけがねえだろ」
俺は思わず端末を握りしめた。
ディスプレイに映るのは、かつての探索者証。
名義は一式碧斗、Dランク探索者。
もう期限切れのカード。
だが、待ち受けにして捨てきれずにいる。
一万人に一人。
探索者になれる確率はその程度だ。
俺はその一人になった。
一時は浮かれた。
そりゃそうだ。
俺は一万分の一に選ばれたんだから。
だが、それは自惚れだった。
俺には才能がなかったのだ。
探索者になって十年、いくら足掻いても俺の階級は最底辺のDランク。
それ以上昇格することはなかった。
年齢が三十を越え、反応速度がさらに落ち、協会からは引退を告げられた。
そして探索者を諦めた今の俺は、ただのダンジョン記録士。
戦うことのない、雑用みたいなもんだ。
「……なあ。今、近くに他の探索者はいないのか?」
『周囲十キロ以内に探索者反応、なし』
「……そうか」
薄く笑った。
誰もいない。
「だったら……」
視線を上げる。
真紅のゲートは、静かに脈動していた。
まるで、俺を試すように。
「俺が行くしかねぇだろ!」
禁忌だ。
Sランク以外の探索者は立ち入り禁止。
ましてや今の俺は――探索者ですらない凡人以下の存在。
だが胸の奥が熱い。
もう一度、戦場へ戻りたいという衝動が全身を焦がしていた。
もちろん中にいるルーキーを助けたい気持ちだって、決して嘘ではない。
「だけど……」
どうせ禁止なら――
死ぬまでに一度くらいユニークダンジョンってのを経験しておくのも、悪くねぇよな?
このまま平凡に生き続けるよりも、夢を追って華々しく散る人生を俺は選びたい。
「よし、行くか……」
ダンジョンゲートの中心が、赤黒い空気を吸い込むように揺らめいている。
俺は迷うことなく、そのゲートを踏み越えた。
そして空間が反転する。
熱と光が混じり合い、足元の感覚が消えた。
『警告。ダンジョン内部は危険度A+――生存確率、1パーセント以下です』
物騒なアナウンスを最後に、音が途切れた。
転移が始まったのだ。
ダンジョンという異空間への。
本作は公募用に投稿しました。
20話、キリよく読後感のいいところまで投稿する予定です。
同じく20話程度の作品を他にもいくつか投稿しますので、そちらも作者ページから拝読頂けると嬉しいです。




