24.あなたを愛している(下)
「簒奪者を許すな――!」
バシュッ、という乾いた音が聞こえた。
ラルフがわたくしと身体の位置を入れ替える。
「え――っ!?」
これって、ラルフがその身を盾にして、わたくしを守ってくれる展開!? ここで鏡は死亡により退場エンド――!?
――なんてことは一切なくて、矢はラルフに当たる直前で、いきなり逆方向へと飛んでいった。
「心配するな。私は鏡だ。あんな攻撃など反射すればよい」
ラルフはわたくしに余裕の笑みを見せてくれた。
「は……? 反射……!?」
光じゃなくても反射できるの!?
矢は衛兵の皮鎧を着た男の左肩に突き刺さり、激しい悲鳴を上げさせている。男の足元には木製のクロスボウが落ちていた。
あんな男、女王宮の衛兵にはいない。どうやって入り込んだのか調べると共に、また警備体制の見直しもしないといけないわ。どうしてこう仕事って、次から次へと増えるのかしら……!?
ラルフの背中から銀色の蔦が伸びていき、男に巻きついて拘束した。あの蔦は、鏡の縁の模様ね。髪の毛が蔦になったの!?
さらに、ラルフは手から数羽の小鳥を出した。この銀色の小鳥たちも、鏡の縁の模様だわ。
小鳥たちは扉から廊下へと出て行き、あたりを偵察して戻ってきた。
「他の刺客はいないようだな。衛兵が駆けつけてきていた。そろそろこの部屋に到達するだろう」
小鳥たちは式神とかそんな感じ!?
ラルフの銀色の蔦が、男を廊下に突き飛ばした。衛兵たちが駆け寄って、刺客の男を取り押さえている。
ラルフは蔦と小鳥を消して、わたくしの横でひざまずいた。
「女王陛下、ご無事でしょうか!?」
「お怪我はございませんか!?」
「そちらの男は一体!?」
衛兵たちが口々に問いかけてくる。
わたくしはラルフについて、どう説明したらいいの……!?
全裸の美しい男が、女王と二人で小部屋にいるってどうなのよ!?
わたくしが全裸の男に、なにか変なこと命令していたようにしか見えなくない!?
ラルフについて、なにか上手いこと説明したいけれど……。
わたくしには、その前にやることがあった。
「わたくしは大丈夫だ! すぐにブランカ王太子の安否を確認せよ!」
わたくしは衛兵に指示を出した。
衛兵隊長が衛兵の名を呼び、王太子宮――かつての王女宮へと向かわせる。
「王国を抱く三つ頭の翼獅子。知恵と勇気と慈愛で我らを導く、偉大なる女王陛下に、我が忠誠を捧げます」
ラルフが落ち着いた声で、衛兵たちに聞こえるように言った。
「この国にも宦官がいたのか……!」
衛兵隊長がひどく驚いたように言った。
宦官!?
なんで宦官だと思ったの!?
全裸のラルフが美しすぎるから!?
「なるほど、女王陛下が密かに育てた暗殺や諜報を担う者だったか」
衛兵隊長、なにが『なるほど』なの!?
ラルフに精神操作されちゃってる!?
いませんよ!?
この国には中国の明朝時代の東廠とかみたいな、宦官による特務機関なんてありませんよ!?
「さすが女王陛下!」
「先手を打っておられたのか!」
衛兵たちがわたくしを尊敬の目で見てくれる。
わたくしは、なにに対して先手を打っていたの!? 反乱!?
「『ブランカ王太子殿下以外の跡継ぎは不要』とお考えとは……! 女王陛下のブランカ王太子殿下への愛は、それほどまでに深いのか……!」
衛兵隊長はとても感激してくれている。
宦官なら、わたくしの子供は生まれないものね……!
たしかに実子を持つつもりはないですけど……!?
鏡の付喪神との間に子供ができるとは思えないし……!
あの衛兵隊長……、推測は完全に間違っているけれど、なかなかの物知りね。ただの衛兵隊長にしておくのは惜しいわ。背後関係などを調べた上で、問題なければ別な仕事をさせよう。
「尋問などはお任せください。女王陛下、お楽しみのところ失礼いたしました!」
衛兵たちは、刺客を縛り上げて去っていった。
お楽しみって……!?
ちょっと待って……!
まったく楽しんでいませんけど……!?
でもまあ、女王が全裸の美男と小部屋で二人きりだもの……。
そう見えちゃうわよね……。
「なんだか妙なことになってしまったな」
ラルフが立ち上がって、わたくしをふたたび抱きしめてくれた。
まあ、もう、なんでもいいけどね……。
わたくしは女王ですもの……。
なんとかするわよ……!




