19.女王の戴冠
王都の大聖堂に、荘厳な鐘の音が鳴り響く。
空は晴れわたり、日の光が大聖堂の尖塔に反射して黄金の輝きを放っていた。
大聖堂の周囲には、朝早くから集まった民が列をなし、国旗を振り、祝いの花を掲げている。
王都全体にこだまする大聖堂の鐘の音は、まるで新たな時代の鼓動のようだった。
大聖堂で行われるのは、新たなる女王の戴冠を正式に告げる儀式だ。
わたくしはすでに王位に就いていた。
けれど、それでも改めて戴冠式を行うのは、わたくしの正統性を示すため。
わたくしが『民の総意』と『神の祝福』を受けて、この国の王座に就いているということを、国内外に知らしめるのだ。
ブランカと臣下たちが強く望んだ、わたくし自身とわたくしの地位を守るための神聖なる儀式だ。
大聖堂のステンドグラスから差し込むカラフルな光が、赤い絨毯を彩っている。
祭壇の上には、王冠と、代々の王が手にしてきた宝剣が、すでに用意されていた。
荘厳なパイプオルガンの調べが流れ、神官たちが一斉に聖句を唱え始める。
厳粛な空気が、堂内の空気を一気に引き締めていく。
わたくしは豪華なクリーム色のドレスの上に、分厚い深紅のマントを羽織り、一人で赤い絨毯の上を歩いて祭壇の前まで行き、ひざまずいた。
やがて最上位の聖職者が、わたくしの前へと進み出てきた。
「新たなる女王よ。この国に生きる全ての者を、貴女の名の下に導く覚悟はおありですか?」
最上位の聖職者による、重々しい問いかけ。
わたくしは静かに目を閉じて、一つ息を吸い、吐き出す――。
わたくしはいつも、こうして心を静めてきた。
「――はい。わたくしは、この国と民を愛し、守り、導きます」
わたくしの声は、震えたりなどしない。
わたくしは、むしろ自分の中に自信が満ちあふれてくるのを感じた。
最上位の聖職者が厳かに頷くと、王冠が聖職者たちによって運ばれてきた。
王冠は、最上位の聖職者の手で、わたくしの頭上に慎重に載せられた。
わたくしが立ち上がった瞬間、ステンドグラスから差し込む光が一層強くなった。
わたくしは色とりどりの光に包まれていた。
まるで神が、この戴冠を祝福しているかのようだった。
「王国を抱く三つ頭の翼獅子! 知恵と勇気と慈愛で我らを導く、偉大なる女王陛下! ご即位おめでとうございます!」
最上位の聖職者が大きな声で言い、ひざまずく。
列席者たちがすぐに声をそろえて同じ言葉を口にした。
この国の貴族たちはひざまずき、他国からの列席者は立礼をする。
大聖堂の外からも、歓声が大きく沸き起こった。
民たちの声は、わたくしへの祝福と、新たな女王の誕生を喜ぶものだった。
――わたくしは、こうして正式に、この国を背負う者となった。
その日の午後、わたくしは王宮のバルコニーに立ち、ブランカと並んで群衆を見下ろしていた。
王宮の広場には民があふれ、人々が手にした小さな国旗が揺れている。
祝福の音楽が広場に鳴り響き、兵士たちが並んで敬礼を捧げる。
人々の歓声が、風に乗って聞こえてくる。
「我が国の民たちよ! わたくしはこの国の女王として、この国と民と共に歩むことを、ここに誓います!」
わたくしの言葉に応えるように、民たちは旗を振り、口々に『女王陛下に祝福あれ!』と叫んだ。
わたくしの隣に立つブランカが、わたくしの手をそっと握った。
「お母さま、おめでとうございます」
「ありがとう。あなたがいてくれたから、わたくしはここまで来られたのよ」
わたくしはブランカにほほ笑みかけた。
ブランカの愛らしい瞳が、わたくしを見上げていた。
わたくしたちは、互いに支え合って、ここまで歩いてきたのだ――。
その夜、夜空に次々と花火が打ち上げられた。
王都の夜を彩る、無数の光。
赤や青や黄色に輝く光が、夜空に大きな花を咲かせては消えていく。
人々は、美しい花火の下で、喜び、歌い、祝福の杯を掲げていた。
わたくしはブランカと並んで夜空を仰ぎながら、そっと胸に手を当てた。
ブランカを、そして、この国の全ての民たちを守るため。
わたくしは今、女王としてここに立っている。
夜が更け、王都の祝祭の喧騒がようやく遠のいていった頃――。
わたくしは王宮の尖塔の上にあるバルコニーに行き、一人で夜風に身をさらしていた。
遠くでは、まだ幾つかの花火が上がり、光の尾を引いて、瞬く星のように夜空に消えていく。
人々の熱狂が渦巻いていた広場も、今ではすっかり落ち着いてきていた。
空には星が輝き、今夜は月も満ちている。
――全てがまるで夢のようだった。
いいえ、現実だわ。
わたくしはたしかに戴冠式をして、王冠を戴き、民の歓声に応えた。
わたくしはあの時間を、きっと一生忘れないだろう。
王妃だった頃は、こんなふうに夜空をゆっくり眺めるような、気持ちの余裕などなかった。
誰かの視線に怯え、陰口に心を刺され、ウィルマの幻影に追い立てられていた。
記憶が戻ってからは、テレージアの記憶に加えて、前世の知識も役立てつつ、政務を頑張ってきたしね。
でも、今は……。
「お母さま」
バルコニーのある部屋の扉がノックされ、かわいい声がわたくしを呼んだ。
「ブランカ?」
ブランカがわたくしの許しを得て、扉を開けてバルコニーまで一直線にやって来た。
「どうしたの? なにかあった?」
わたくしが問いかけると、ブランカは小さく首をふった。
「なんだか……、夢を見ているみたいで……。ねえ、お母さま、今日の出来事は……、全部、本当なのでしょうか……?」
わたくしはほほ笑み、ブランカを抱きしめた。
ブランカの小さな背中が、少しだけ震えていた。
ブランカはまだ子供なのに、王族として民の前に立って、精一杯、人々の期待に応えていた。
「ええ、本当よ。今日はとても頑張っていたわね。わたくしたちはちゃんと、ここまで来たのよ。あなたとわたくしで、手を取り合って」
「……よかった……」
ブランカはようやく力を抜き、わたくしの胸に顔をうずめた。
わたくしはブランカの髪をゆっくりと撫でながら、わたくしに抱きつくブランカの体温を感じていた。
静かで、穏やかな時間。
祝福の喧騒が去った後の夜に、こんな時間が残されていたなんて……。
ブランカや、この国の民の未来に、なるべく苦しみの少ない日々を。
――わたくしは、人々を幸せにしたくて女王になったのだ。
最後の花火が夜空に咲いて、星々の間に消えていった。




