15.侍女長と侍従長
石畳を照らす朝の光が、王宮の廊下をまだらに染め上げていた。
かつて使用人たちは、わたくしが廊下を歩くと、嫌悪に満ちた顔で目を背けた。そんな彼らも、今ではわたくしの姿を見ると、きちんとお辞儀をするようになっていた。
噂も変わった。
「国王陛下は、いまだに亡き前王妃殿下を悼んでばかりおられる」
「王妃殿下が、国王陛下に代わって政務に尽力してくださっている」
わたくしへの嘲りや陰口は薄れてゆき、わたくしを評価する者たちの方が増えていた。
そんなある日、執務室へと向かう廊下でのことだった。
侍女長と侍従長が、それぞれの部下たちを率いて、わたくしの前にひざまずいた。
「……王妃殿下」
侍女長は深く頭を垂れたまま、かすれるような声で言った。
「これまでの非礼の数々、誠に申し訳ございませんでした」
侍女長の言葉に、場の空気がぴんと張り詰める。
「……どうして今さら謝罪を?」
わたくしは足を止め、彼らの姿を見下ろした。
「以前、わたくしたちは、『王妃殿下は、きっと王女殿下を疎ましく思っておられる』と思っておりました。けれど……」
侍女長の目が潤み、揺れながら、わたくしをまっすぐに見上げていた。
「私たちは今では、王妃殿下のお心を存知ております。王妃殿下が王女殿下を守っておられるお姿……、あれは偽りの愛ではありません。今では、王宮の使用人の中には、誰一人として王妃殿下を悪く言う者はおりません。それだけは、どうしてもお伝えしたく……」
今度は侍従長が顔を上げ、わたくしをまっすぐに見つめた。
わたくしは黙ったまま、彼らを見下ろしていた。
わたくしはかつて、『まわりを変えるには、まず自分から』だと考えた。
そして、『自分で誤解を解かなければ、なにも変わらないない』と思って行動した。
使用人たちにほほ笑みかけること。
この国の未来のために、黙々と働くこと。
――そして、心からブランカを愛しく思っていること……。
その一つ一つが、こうして、この王宮で働く人々の心に届いたのだ。
わたくしにも、彼らを全員クビにしてやりたい、それどころか、いっそ処刑してやりたいという気持ちがなかったわけではない。けれど、感情に任せて全員クビや処刑にしてしまったら、この王宮を維持していかれない。現実的な対処とは言えないわ。
「皆の者、顔をお上げなさい。……その謝罪、たしかに受け取りました」
わたくしはゆっくりと一歩、前へと足を進めた。
侍女長の頬を、一筋の涙が伝っていた。
石造りの廊下に差し込む朝の光の中で、わたくしはやっと、この国の王妃として人々に認められていた。




