13.ルドルフをなんとかしなければ……。
王宮の花園の一角には、桜が植えられている。
その桜が満開になったので、わたくしはブランカを誘って、お花見をすることにした。
侍従たちに命じて温室から運んでこさせた白いベンチに、侍女たちの手で毛皮が敷かれる。
わたくしはブランカと並んでベンチに座った。
わたくしとブランカに、侍女のアンナから、温かいミルクの入ったカップが渡される。
ハチミツ入りのミルクの甘い香りが、まだどことなく冷たい空気の中に、ほのかに広がった。
「お母さま、今日はなんだか、とても嬉しそうなお顔をしています」
「あら、そうかしら? 今はまだ言えないのだけれど、ちょっと嬉しいことがあったのよ」
わたくしが自分の頬に手を当ててほほ笑むと、ブランカも嬉しそうに笑った。
「お母さまが嬉しそうだと、わたくしも嬉しいです」
不思議だわ……。『白雪姫の継母』と白雪姫が、こんな風に笑いあうようになるなんて。そして、白雪姫の笑顔が、継母の心をこんなにも温かくするなんて……。
ああ、違うわね。この白雪姫――ブランカは、わたくしを『継母』ではなく、『本物の母』として見てくれているんですもの。
わたくしだって、ブランカを本当の娘だと思っているわ。
「ねえ、お母さま。わたくし……、ウィルマお母さまのこと、あまり覚えていないのです」
「……そうなのね。それは寂しいわね」
ウィルマ前王妃……、ブランカのために生きていてほしかったわ……。
この王宮には、ウィルマ前王妃の肖像画がたくさんある。
けれど、ブランカは肖像画の中の『お母さま』では寂しいのよ。
切なすぎるわ……。
「前は寂しかったのですが、今はもう大丈夫です。わたくしが夢の中で見る『お母さま』の姿は、もうテレージアお母さまになっているので……」
「ありがとう……。そんなふうに言ってくれるなんて、思ってもいなかったわ」
わたくしはブランカの手を取り、そっと握りしめた。
ブランカに伝えたいことがたくさんあるのだけれど、上手く言葉にならなくて、こんな言い方になってしまった。
ルドルフは、最近ますます変になってきていた。
ブランカの乳母からの報告によると、最近のルドルフは、ブランカを亡きウィルマ前王妃に似せようとしているらしい。
ルドルフはブランカに「もっとウィルマのように笑え!」とか「違う! ウィルマはそんな風に扇を持たない!」とか怒鳴るらしい。
あの男ときたら、なにを考えているのかしら……。
そろそろ本当に、ルドルフをなんとかしないといけない時期が来たみたいだわ……。
ルドルフ……、面倒ばかり起こさないでほしい……。
わたくしは、ブランカを一人の人間として、そして、娘として、大切にしていきたいと思っている。
ブランカをウィルマの偽物みたいにするわけにはいかないのよ。
「お母さま……、これからも、わたくしのそばにいてくださいますか?」
「もちろんよ、ブランカ。わたくしはずっとずっと、ブランカのお母さまでいるつもりよ」
ブランカは小さく頷き、ベンチにカップを置いて、わたくしに抱きついてきた。
わたくしもまた、ベンチにカップを置き、ブランカを抱きしめる。
ああ……、ブランカと一緒に過ごす時間が、もっと欲しいわ……。
ルドルフ……、わたくしの代わりに国王の仕事をしてくれないかしら……?
いいえ、違うわね。
わたくしの方こそ、ルドルフの代わりじゃない。
ルドルフ……、いい加減に、ちゃんと国王の仕事をしてくれないかしら……。
その日の午後、ブランカがわたくしの執務室の扉を控えめにノックした。
「お母さま、あの……。お手紙を一緒に書いていただけませんか?」
ブランカは執務室に入ってくると、とても申し訳なさそうにうつむいた。
そんなに遠慮することないのに……。
「もちろんよ。今日に限って、なぜそんなに申し訳なさそうにしているの?」
わたくしはルドルフの代わりに政務をすることより、ブランカの方がずっと大事なの。
ブランカのためなら、いつだって政務なんて放り出すわ。
後になって、結局、自分で必死になってやらないといけないけど……。
それでも、優先順位はいつだってブランカが一番よ!
「実は……、今日は……、王立学院の初等科の生徒たちに宛てて、お手紙を書きたいのです……。王都図書館の落成式で歌を歌ってくれたので、そのお礼状を出したくて……」
わたくしはほほ笑み、ブランカと共に執務室に置かれているソファに座った。
二人で便箋を選び、ペンを取り、言葉を選んで書いていく。
「ブランカはまだ子供なのに、ちゃんと公務に励んで偉いわ」
「お父さまが……、お礼状をなかなかお書きにならないので、気になってしまって……」
王都図書館の落成式には、ルドルフとブランカが出席した。
そのお礼状がまだ出されていなかったなんて、気が付かなかったわ。
お礼状なんて、ルドルフが側近か文官に指示して、国王の名前で書かせて、さっさと送らせれば済むのに……。
文官に指示するくらい、ルドルフが自分でやって欲しいわ……。
ちょっと指示するくらい、秒で終わる仕事よね。
こっちは、西の魔境伯の領地で魔獣の大暴走があったから忙しいのよ!
騎士団の再編成を急いで、すぐにでも援軍を出さないといけないの!
ルドルフが出席した行事のお礼状まで管理しきれないわ……!
ルドルフは、こうしてブランカにまで負担をかけている。
わたくしとブランカは、もうただの義理の母と娘ではない。
この冷たい王宮の中で、互いに寄り添うことで生きている家族よ。
ブランカには子供らしく、勉強して、遊んで、のびのびと暮らしていって欲しいのよ。
ブランカはたしかに王女様だけど、まだ子供よ。
父親のやらない公務のことで気を揉んだりする必要なんて、まだないと思うわ。
……ルドルフがやっていない仕事が、まだ他にもあるかもしれないわ。
文官を三人ほど割いて、またルドルフの仕事の洗い出しに当てないといけないわね……。
すでに人手不足なのに……!
わたくしはこの国について、まだまだわからないところがある。
ルドルフが勝手に参加している行事を把握しきれていないわ。
文官も武官も、まず国王であるルドルフに報告を上げるしね。
国王の次に、王妃にも報告するよう命じているけれど、全員が従ってくれているわけではないし……。
わたくしは他国から嫁いできた、国王陛下に愛されていない王妃だから、いまだに軽んじている者がいるのよね……。
公務員試験……、科挙……、とにかくそんな感じの採用試験を実施して、文官も武官も増員したいのだけど、そこまで手が回らない……。
この世界にも王立学院があるのなら、乙女ゲームの世界によくいる宰相の息子あたりをスカウトして来られないものかしら……?
仕事さえできたら、ピンク髪の転生ヒロインだってかまわないわ!
「お母さま? 大丈夫ですか?」
ブランカが心配そうに、わたくしの顔を見上げていた。
「ごめんなさいね。少しぼんやりしてしまったわ……」
現実逃避している場合ではなかったわ!
あの前王妃を悼むことしかしない国王陛下……。
もうそろそろ、わたくしがルドルフをなんとかしなければ……。




