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亡き前妻だけを愛する王よ、わたくしはもう、あなたを必要としない~白雪姫の継母に転生したので、鏡と義娘と生きていきます!~  作者: 赤林檎


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11.なんだか穏やかな一日

 王宮の朝は、静かに始まる。


 東の空から射し込む光が、長い石造りの回廊を照らす。


 しんとした空気のなかに、使用人たちの足音と話し声がする。


 まるで眠っていた城が、ゆっくりと目覚めていくようだった。


 わたくしはその朝も、ブランカの部屋へと向かった。


 侍女にブランカの部屋の扉をノックさせる。


 すぐにブランカの乳母の声がして、わたくしは扉の内側へと招き入れられた。


「おはようございます、お母さま」


 ブランカが笑顔で迎えてくれた。瞳が生き生きとして、輝いているように見えるわ。


 クリーム色のドレスに身を包んだブランカの姿は、一輪の花のように清らかで美しい。


 わたくしの自慢の娘は、今日も最高に愛らしいわ!


「お母さま、今日は、そろそろ花園のゼラニウムが咲きそうです。一緒に見に行きませんか?」


「ええ、もちろん行くわ」


 わたくしたちは手を取りあって、花園へと向かった。


 冬の名残が、まだ冷たい空気の中に漂っている。


 花壇の一つでは、陽光を浴びて、ピンクのゼラニウムが可憐に咲き誇っていた。


「お母さま、ゼラニウムの花言葉って知っていますか?」


「知らないわ。なんなのかしら?」


「……『尊敬』なのだそうです。少し前に図書室で調べました」


 ブランカは恥じらうように目を伏せた。


「お母さまは……、わたくしの尊敬する人です」


 ブランカの言葉が、わたくしの胸の奥深くに染みわたった。


 ずっと欲しかった、愛や、やさしさ、そして、敬意……。


 ルドルフからは、一度だって与えられたことはなかった、それら……。


 ブランカは今、そのすべてを、わたくしにためらいなく与えてくれている。


 わたくしは自分の指先が微かに震えるのを感じながら、ブランカの手を少し強く握った。


「ありがとう。あなたにそう言ってもらえるなんて、わたくしは本当に幸せよ」


 ブランカはわたくしを見上げて、とても嬉しそうに笑った。


 ブランカの笑顔は、風にそよぐ春の花のように美しい。


 ブランカは、まるでわたくしの心に春を運んでくれる妖精みたいだわ。


 わたくしは大人なのだから、ブランカに甘えてはいけないとわかっているのだけれど……。


 慕ってもらえたら、やっぱり嬉しいわ。





 昼下がりの柔らかな陽光が執務室に差し込む頃、わたくしは政務を中断して第二王妃宮の茶会室に行った。


 ちゃんと休憩もしないとね。


 茶会室には、紅茶とは違うお茶の香りが漂っていた。


 侍女のアンナが、磨き上げられたティーセットを持って、丁寧な手つきでお茶を出してくれた。


「ありがとう、アンナ。いつまでも立っていないで、座ってちょうだい」


「はい、王妃殿下。今日は、例の東方からの交易品、『玉露』という緑のお茶を淹れてみました!」


 アンナは言葉に笑顔を添えてくれる。そんなアンナの様子は、もはやだたの使用人のものではなかった。


 今やアンナは、わたくしにとって、お茶の時間を共に楽しむ相手だった。


 わたくしはティーカップを手に取り、緑茶を一口飲んでみる。


 前世で飲んでいたものと似た、緑茶の懐かしい味がした。


 国王の仕事を代行している最中、交易品をチェックしていて『玉露』と『抹茶』と書かれているのを見た時には驚いたわよ。


「あなたの淹れるお茶は、どれもとっても美味しいわ」


「本当ですか? 嬉しい……! 王妃殿下に喜んでもらいたくて、この『玉露』という緑のお茶の淹れ方も、図書室で調べてみたんです!」


 アンナは勢い込んで言ってから、慌てて口を押えている。この子は、この素直な喜び方が、なんだかとってもかわいいのよね。


「お菓子のレシピ集も見つけたんです。大福とか羊羹という名前のお菓子で、この緑のお茶にあうみたいなんです。小豆という豆が手に入ったら、いつかパティシエに作ってもらいますね!」


「ありがとう。楽しみだわ」


 これは小豆を輸入するしかないわね。


 この国で大福や羊羹が流行るかはわからないけれど……。


 わたくしは懐かしの味を楽しんでみたいわ。


 ルドルフの仕事を代わりにやっているんですもの、ちょっとくらい楽しみがあってもいいわよね!





「鏡よ、鏡。壁にかかっている鏡。今日は、なんだか穏やかな一日だったわ」


 わたくしは秘密の小部屋で鏡に語りかける。


『それは良かった。あなたの幸せそうな声を聞けるのが、今の私にとって、なによりの喜びだ』


 鏡の奥が揺らぎ、なんだか情熱的な声が返ってくる。


 わたくしは自分の表情が緩むのを感じた。


 鏡に映るわたくしの頬は、血のように赤いわ。


 ああ、こんな表情をするのは、いつぶりだろう。


 かつてのわたくしは、ひどく孤独だった。


 けれど、今は違うわ。


 ブランカがいて、侍女のアンナがいて、そして、この鏡がいてくれる。


 わたくしはこの世界でも、少しずつ自分の居場所を築いていっていた。

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