9.噂は間違いだと示していく
第二王妃宮の一角にある、小さな茶会室の窓辺には、猫足のテーブルと椅子が置かれていた。
テーブルの上には、簡素ながら丁寧に磨かれた銀のティーセットが並ぶ。
わたくしは、静かに紅茶を淹れる若い侍女の手元を見つめていた。
「アンナ、もう少し茶葉を蒸らしてからお湯を注ぐと、もっと香りが立つわよ」
そう声をかけると、アンナはびくりと肩を震わせた。
「……あっ、はい、申し訳ございません、王妃殿下」
アンナはわたくしをとても恐れている。
無理もないわよね。
この国の誰もが、わたくしを『冷たい継母』と噂しているのだから。
『氷のような目』
『決して笑わない』
『白雪姫を疎んでいる』
陰口と憶測は、王宮の石造りの廊下を駆け巡っていた。
――まわりを変えるには、まず自分からよね。
自分で誤解を解かなければ、なにも変わらないないわ。
もちろん、ルドルフのように、この人は変えられないだろうな、と思う相手もいる。
でも、変えられるかもしれない相手だっているわ。
わたくしは噂は間違いだと示していくと決めたのだ。
毎日、使用人たちに笑顔を向けた。
ちょっとした失敗なら責めなかった。
茶葉を一緒に選び、気が向くと、ブランカのかわいいところや、花園に咲く花の話をした。
そんなある日、侍女のアンナがティートレイを抱えて、小さな声で言った。
「王妃殿下は、もっと恐ろしいお方なのだと思っていました……」
「ああ……、そうね。わざとそう見せていた部分もあったのかもしれないわね」
記憶が甦る前のテレージアの姿が脳裏に浮かぶ。
初夜にいきなり「君を愛することはない」と告げられた花嫁。
その後も、事あるごとにウィルマと比較され、貶められてきた王妃。
誰からも疎まれているとしか思えない状況の中で、テレージアは己の心を守るために、悪役の冷たい仮面を被るしかなかったのよ。
「……どうしてそんなことを?」
アンナがためらいがちに訊いてくる。
「傷つかないようにするためよ。誰も近寄って来なければ、誰にも拒まれないもの」
ルドルフにあれほどまでに拒絶され、罵られたのですもの……。
テレージアが心を閉ざしてしまうのも無理はないわ。
鏡に「美しいのは誰か?」と問いかけ続けることで、辛うじて自分を保っていたテレージア……。
アンナが湯気の立つティーカップを、わたくしの前にそっと置いた。
「今は……、変わられましたよね……? もしかして……、わたくしは王妃殿下とお話をしたりしても、良いのでしょうか……?」
アンナの声はかすかに震えていた。
これを言うのには、とても勇気がいったでしょうね。
わたくしと語り合ったりしたいと言ってくれる使用人が、やっと一人現れた。
春の暖かな陽の光が、わたくしの心に射し込んだような気持ちになった。
「もちろん良いわ」
わたくしはティーカップを手に取り、穏やかに頷いた。
これはまだ、ほんの小さな一歩だろう。
けれど、この冷たかった王宮の人々が、少しずつ変わっていっているのが感じられた。
わたくしは、ふわりと立ち上る紅茶の香りに目を細める。
なんでもやってみるものね!




