私が、わたしを壊す日。
今回は「内面との戦い」をテーマにしました。
バグの正体に少しずつ踏み込み、ユナ自身が“壊れそうな自分”と向き合う重要な回です。
「ラピスちゃん……応答してっ、お願いっ!」
ミカの声が、イヤホンの向こうから震えていた。
でもその声は、どこか遠く感じた。
──白く霞んだ視界。
重力も、温度も、音も失われた空間に、ラピスは浮かんでいた。
ガラスの中から現れた“もうひとりの自分”が、手を伸ばしてきた瞬間、ユナの意識は引きずり込まれたのだ。
(ここ……どこ?)
目の前に立つのは、ユナ自身。
ただし──笑っていた。
「ほんと、変わらないね。あの頃からずっと」
「……誰?」
「誰って……あんたでしょ?」
“彼女”はユナそっくりだった。
けれど、目だけが違った。
見透かすように鋭く、乾いた色をしていた。
「どうせまた壊すんだよ。人との関係も、希望も、全部」
「……やめて」
「やめるのはどっち?関わらなければ傷つかないって、逃げたくせに。“どこかで最強になりたい”なんて、まるで現実から逃げて、理想だけ掴もうとしてさ」
「……っ!」
「そもそもさ。バグって、本当に世界の異常だと思ってる?」
──世界のバグ。
ユナは、戦ってきた。修正してきた。
それが使命だと思っていた。
「ねぇ、ユナ。バグって、ほんとはさ。
“歪んだ願い”の成れの果て、なんじゃない?」
その言葉に、世界が軋む音を立てた。
* * *
現実世界では、ミカが必死に呼びかけていた。
「ユナっ!ミカだよっ、戻ってきて、お願いっ!」
ラピスの変身状態のまま、ユナの身体は光の泡に包まれて、意識を閉ざしていた。
その光は、不自然なほど安定していて、美しかった。
まるで、“繭”のようだった。
──けれど、その中には。
“誰にも触れられたくない少女”の、叫びがこだましていた。
「関わらないほうが、壊さなくて済むって思ってた……!」
「でも、ミカは関わってくれた。優しくしてくれた。
わたし……もう、誰かを失うの、やだ……!」
「なら、もう関わらなければいい」
“偽ユナ”が笑う。
「あなたが願ったのは、強さ。でもそれは“孤独”の裏返しだった」
──ズッ……。
ユナの身体から、黒い霧のようなものが立ち昇る。
(これは……!)
自分の中に巣食っていた“不安”“怒り”“虚無感”──それらが、バグのように形を取り始めていた。
「ミカぁっ……!」
そのとき。
イヤホンが突然、再接続された。
「──ユナっ!!大丈夫、ミカが迎えにいくよ!」
ミカの声が、強く、真っ直ぐに響いた。
ユナの心に、光が差した。
「ミカ……」
──バキィィン!
精神世界の鏡が砕ける。
ユナの足元に、光の魔法陣が展開される。
彼女の身体を、蒼い光が包み込んだ。
* * *
現実世界。
繭が弾け、ラピスの姿に戻ったユナが、地面に着地した。
少し涙で潤んだ目。けれどその表情は、確かに前より強かった。
「……ただいま、ミカ」
「うん、おかえりっ!」
ミカの声は、震えていたけど嬉しそうだった。
その夜。
ユナの部屋で、ラピスに関する掲示板が異常な速さで更新されていた。
そこに、こんな書き込みが混ざっていた。
【速報】“ラピス”の存在、ついに政府機関が公式に調査開始?
ユナは、静かに画面を閉じた。
自分が誰かに見られている。
いや、もっと深いところで“記録されている”。
(ミカ……わたし、どうなっちゃうんだろ)
──その隣で、ミカはただ静かに微笑んでいた。
「だいじょーぶ。まだ、ね。まだ間に合うから」
けれど、その声の奥には、確かに“焦り”が滲んでいた。
──つづく。
ユナの精神世界での葛藤と、“自分の願い”に向き合う姿を描きました。
ここから先、ユナの存在は社会に、そして“世界のシステム”そのものに影響し始めます。
次回、第10話では、ついにミカの秘密がほんの一部だけ明かされます。
そして「運命は変えられるのか」という問いが浮かび上がってきます。
お楽しみに!
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