声をかけたら、壊れてしまいそうだったから。
今回は、ラピスの“戦う意味”に初めて揺らぎが生まれる回です。
人に“手を出す”という選択が、どれほど難しいのか。
でもだからこそ、ラピス=ユナの優しさが際立つようなエピソードにしました。
朝、いつもと変わらない通学路。
赤信号で足を止めると、隣に立っていた女子がふと独り言をつぶやいた。
「……でも、誰も気づいてないんだよね。あたしがこんなに頑張ってるのに」
ユナは、少しだけその子の横顔を見た。
髪は整っていて、制服のリボンもちゃんとしていて、ぱっと見は“普通の女子高生”に見える。
でも、その目の奥には、どこかひどく曇ったものが宿っていた。
(……知ってる、その目)
誰にも気づかれず、誰にも必要とされず、
ただ透明になっていくような、あの頃の自分と、どこか似ていた。
信号が青に変わって、その子は何事もなかったかのように歩き出す。
──そして、放課後。
「ラピスちゃん! 緊急通達っ!」
イヤホン越しのミカの声は、いつもより少し早口だった。
「駅前の広場で“人間にバグが憑依した”っぽい反応を検出! かなり不安定な波形!」
「……人間に?」
「うん、今回はね……“感染型”ってやつ。精神の隙間にバグが入り込んで、自我と混ざってる状態。
完全に取り憑かれたら、その人、戻ってこられなくなる」
(それって……殺さなきゃ、いけないってこと?)
喉が一瞬、つまる。
「ねぇ、ミカ。その人って……どんな子?」
「……名前は分かんない。でも、今日ユナちゃんと一緒に信号待ちしてた子。あの子だよ」
(やっぱり)
ユナは制服のまま走った。
家には帰らない。誰にも告げない。──変身は、いつものあのビルの屋上。
「コードネーム:ラピス。出撃します」
水色の髪が風に舞い、白のフリルがひるがえる。
淡い光が足元を走り、羽がきらめく。
彼女の目には、既に異常な波動を放つ広場が見えていた。
地面が歪んでいる。
周囲の人たちはスマホを見たり、おしゃべりをしているが、誰も“異変”に気づいていない。
ただひとり、あの女子だけが──立ち尽くしていた。
「……みんな、見てくれないの。わたし、がんばってるのに」
その声は空気を震わせ、足元の地面がヒビ割れ始めた。
まるで感情が“現実”に伝播しているかのように。
「認識フィルターがうまく働いてない!?やばいよラピスちゃん、下手したら周囲にも拡散するっ!」
「止める」
ユナの指先が光を集める。
《六華散弾》
六枚の花弁のような魔方陣から、弾幕のような光弾が発射される。
攻撃は、バグが潜む空間の“外側”を囲むように、牽制する範囲で留めた。
「直接狙わないの?」
「中に“その子”がいるから」
(バグだけを狙う。あの子には、絶対、傷つけない)
しかし──
「──うるさいっ!」
少女の叫びとともに、爆風のような魔力が広がった。
光弾がはじかれ、ラピスの身体が吹き飛ばされる。
「っ……く!」
背中から地面に叩きつけられ、視界がぐにゃりと歪んだ。
「ラピスちゃん!?大丈夫!?応答してーっ!」
「……まだ、いける」
ユナはゆっくりと立ち上がった。
あの子の身体のまわりには、黒く粘ついた“バグの触手”がうねりながら浮遊している。
目は虚ろで、でも口元だけが笑っていた。
「見てよ……わたし、やっと“特別”になれたんだよ。こんな力、手に入れたんだよ?」
──違う。
その力は、あなたのものじゃない。
心のすき間に、あの“異形”が入っただけ。
「ミカ、位置指定して。バグだけを焼く範囲、お願い」
「ユナちゃん……できる?」
「やらなきゃ、壊れちゃう」
(わたしみたいに──)
《輝晶霊断・円環封絶》
ラピスの周囲に七つの環が現れる。
それぞれが異なる属性の魔力を帯び、空間にひずみを作る。
その中心に、少女がいる。
──照準、固定。
──魔力、収束。
──起動。
閃光が走り、バグの触手だけが蒸発した。
その瞬間、少女の身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
ユナは飛び込んで支えた。
「……ラピスちゃん!? ちょ、あの、接触はまず──」
「平気。今は……もう、大丈夫」
少女は、泣いていた。
力なんていらなかった。
ただ、見てほしかっただけ。
* * *
少女はその後、体調不良ということで休養扱いになり、誰にも記憶は残らなかった。
ラピスの行動も記録されていない。
けれど、ほんの一瞬、たしかに誰かが誰かを助けた。
その夜、ユナは空を見上げた。
(……あの子、きっと……もう大丈夫)
「今日は……疲れた」
「お疲れラピスちゃーん! あったかいミルクでも飲んで寝なさ〜い♪」
「……うるさい」
「えへっ、そうやって元気出たなら、ミカ的にはオールオッケーで〜す♡」
ユナは、イヤホンを外して目を閉じた。
ほんの少しだけ、誰かと話した夜のあたたかさが、胸に残っていた。
──つづく。
ご覧いただきありがとうございます、作者です!
“敵”がただの異形ではなく、「人」であったとき。
ラピスにとって、それは一歩、重たい戦いです。
次回第8話では、「ラピスの存在を探る謎の組織の影」が少しずつ現れてきます。
ユナの孤独にまた別の影が差し込んできます。どうぞお楽しみに!
良ければブックマーク、評価お願いします!