ヒーローは匿名で。
“秘密”って、いつまでも秘密でいられるものなのかな。
どれだけ隠しても、どこかから漏れてしまう。
今回の話は、そんなユナの“見えないヒーロー活動”に、世界がそっと触れてしまう回です。
朝のホームルーム。
教室の空気はいつもどおりで、誰かの笑い声と、こそこそとした噂話が耳に入ってくる。
その中で、鏡ヶ原ユナは黙って机に座り、教科書のページを開いていた。
(昨日のバグ……記録上は“解決済み”になってたけど、あれ、ぜったい普通のやつじゃなかった)
光剣の余韻、あの静けさ。
不気味な残響が、心の奥に残っていた。
「え〜っと、連絡事項の前に……これ、見た人いる?」
先生が手にしていたのは、今朝の新聞。
ユナは顔を上げることなく、声だけを聞いていた。
「昨日の夕刊に載った、謎の現象の記事。なんかSNSでも話題になってるみたいで……この“光の天使”って、何者なんだろうなぁ」
(……え?)
ページがめくられる音。ざわっと、教室の空気が変わった。
「なんか、都市伝説? でもこの写真、めっちゃ綺麗じゃない?」
「えっ待って、これ合成じゃないの?羽ついてるよ?」
「なんかアニメのキャラっぽくない? てか、足細っ」
ユナの目の前に、クラスメイトが新聞を広げて見せてきた。
「ユナ、この光の子、なんか見たことない? めっちゃラノベ主人公っぽいんだけど~!」
「……知らない」
答えは一言。それ以上の会話は、いつもどおりそこで終わる。
だけど、心臓の奥が跳ねた。
記事には、こう書かれていた。
「昨日の18時ごろ、駅前の商業ビル付近で突如発生した発光現象。
その中心には、羽を持つ少女のような姿が目撃されたとの証言多数。
騒ぎは短時間で収束し、現場に痕跡はなし。正体不明のまま、SNSでは“天使のような女の子”として拡散されている」
(これ……私だ)
背筋に冷たいものが走る。
ラピスとしての戦いは、誰にも知られず、何も残らないはずだった。
けれど、確かに“見られていた”。
(でも……誰が? どうして……)
* * *
放課後。
ユナはいつものように校舎裏にイヤホンをつけて、ひっそりと「ミカ」を呼んだ。
「……ミカ、ちょっと」
「やっほ〜!お疲れラピスちゃん♪ 今日も1日、現実は陰キャしてた〜?」
「うるさい。あのさ……新聞に載ってた。ラピスが」
「うん、ミカも見た〜♪ 綺麗に写ってたよね、ポージング最高だったよぉ?」
「ふざけないで」
「ふざけてないよ? だってあれ、たまたま偶然、バグを撃破したときにいた通行人が撮っただけの写真だもん。
普通は記録されないんだけど、バグの影響で時空が歪んだせいで、一部“現実”に残っちゃったの」
「……そんなことってあるの?」
「まあ、確率で言えば0.01%未満! つまりぃ……超・激・レ・ア♡」
「嬉しくない」
ユナは、校舎のフェンスに背を預けて空を見上げた。
あの空の下で、自分は“ラピス”として誰かを守った。
なのに、現実ではそれが“都市伝説”になっている。
(これで、誰かにバレたりしたら……)
「心配してる?」
「……ちょっとだけ」
「ふふ、でもね、あの新聞の中の子は、“ユナちゃん”じゃなくて“ラピスちゃん”だから♪
絶対にバレないように、ミカが全部ガードするよ〜! 顔認識とか位置情報とか、ぜ〜んぶ無効化済み!」
「……じゃあ、信じる」
だけど、どこか心の奥でザワザワとした感情がくすぶっていた。
“見られていた”こと。
“記録された”こと。
それは──ラピスが、確かにこの世界に“いた”という証でもあった。
(……そんなの、ちょっとだけ、悪くないかも)
「次のバグ、位置は?」
「うんとね〜、今日は珍しくお休みっぽい〜!バグも定休日あるのかな〜?」
「ふっ……そんなわけないでしょ」
「えー? ユナちゃん笑った? え、え、今の絶対笑ったでしょ〜っ!」
「笑ってない。言ってない。記録しないで」
「してないしてない、録音機能ついてないも〜ん♪ ……でも、ミカ、今のちょっと嬉しかったかも」
風が吹いた。夕暮れが差し込み、世界はやがて、夜になる。
そしてその夜、SNSでは“ラピス”の名前が小さく、でも確実に拡散されていた。
──つづく。
ご覧いただきありがとうございます、作者です!
今回は、「秘密だったはずの活動が、社会の視界に入ってしまう」という、小さな転機の回でした。
新聞記事に載るという描写は、地味ですが“静かに怖い”ですよね。
バレてはいけない。でも、知ってほしい。
そんな矛盾を内に抱えるラピスに、これからもっと世界の影が忍び寄ってきます。
第7話では「バグの影響を受けた人間」が初登場する予定です。
ユナが“誰か”を選ぶ必要に迫られる、少し重たいお話になります。お楽しみに!
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