バグと噂と名も知らないヒーロー
誰にも知られず、誰かを救うなんて――
そんな都合のいいヒーロー、ほんとうにいるんでしょうか。
「ねぇねぇユナちゃん!今日のネット、見た?ラピスちゃん、も〜う、めっちゃ話題になってるよっ!」
昼休み、教室の片隅。
ユナはイヤホン越しに聞こえるミカの声に、そっと顔を伏せながら、静かにため息をついた。
「……また……?」
机に突っ伏したまま答えると、ミカは勢いよく続けた。
「うんうん!ほら、あの“光の剣のヒロイン”、公園の防犯カメラに映ってた動画がめちゃくちゃバズってるの。SNSも記事も、“ラピス”って名前だけ独り歩きしてる感じだよ〜」
(もう……無理かも)
気づかれたくない。
誰にも知られたくなかったのに。
だけど、それでもユナの胸の奥には、ほんのわずかにざわつくものがある。
――誰かに認められるって、こんな感じだったっけ?
その感情をかき消すように、ユナは小さく頭を振った。
「……そんなの、関係ないし」
周囲では数人のクラスメイトが動画を見て盛り上がっていた。
「この人マジ誰?センス良すぎじゃない?」
「“ラピス”ってコードネームなのかな。海外の掲示板にも出てたし」
「てか、マジでCGじゃないの?」
自分の正体を誰も知らないはずなのに、名前だけが独り歩きする。
それは妙な不安と、少しの孤独を連れてくる。
◇ ◇ ◇
放課後。
ユナは人気のない駅裏の駐車場で、立ち止まった。
薄曇りの空。小さな水たまりに映る自分の姿は、まだ制服のまま。
「ミカ、ここ?」
『ぴんぽーん♪ビンゴだよっ。今日はそこに潜んでる“分裂型バグ”ちゃんをやっつけよっか☆』
ユナは微かに眉をしかめた。
「また分裂……やりにくい」
『うん、でも今日はちょっとだけ違う。倒すと“高速化”する個体が混ざってるよーん♪油断ダメだよ〜』
「分裂するのに、速くなるの?」
『そーゆーことっ!おまけに、ひとつひとつの個体が“無差別”だから、変なとこに飛んでかないように気をつけてねっ』
ユナは短く息を吸った。
そして、小さく呟く。
「ラピス、起動」
蒼い光が全身を包む。
制服は水色のドレスへと変わり、背に羽根のような魔力の光が揺れた。
静かに魔法陣が浮かび、ラピスの瞳が、前方の気配を捉える。
「出てきて」
不意に地面がひび割れ、歪んだ“黒い塊”が這い出してきた。
粘つくような質感のバグは、不定形のまま手足を伸ばし、複数の個体に分裂する。
《クリスタル・シュート》
ラピスは片手を掲げ、光の結晶を発射する。
美しく砕けた結晶が敵を撃ち抜き、確かに破壊する……が。
「――速っ……!」
倒された個体から弾けた光が、新たなバグに宿った瞬間、分裂体が疾走を始める。
四方八方へ跳ね回り、壁を駆け、ユナの背後を取る。
「……!」
回避が間に合わず、背に傷が走る。
小さな悲鳴。
けれどユナはすぐに姿勢を立て直し、距離を取る。
「ちょっ、ユナちゃん大丈夫!?いったん下がろ?一回冷静になろ?」
「……大丈夫。読めてきた」
『ホント?でも、相手速いし、周囲に人来たら撤退だよ?』
「わかってる。……だから、今のうちに終わらせる」
ユナは瞳を細めた。
指先に魔力が集中し、足元に再び魔法陣が広がる。
《煌鎖光陣》
バグの動きを読むように、光の鎖を空中に展開。
予測より一瞬早く飛び込んできたバグを、空中で“掴んで”封じる。
「……捕まえた」
その一瞬、ユナはさらに次の詠唱へ移る。
《星撃ノ律動──変奏》
片手を掲げ、連射ではなく一点集中に切り替えた星光のビームが、封じたバグの核を撃ち抜いた。
バグは爆ぜた。
風が吹く。
何もなかったかのような空間に、ただユナの足音だけが残る。
『はぁ〜っ、ほんっと、すごいっ……!すごすぎて、言葉失っちゃうよ〜!』
ミカのテンションが戻ってくる。
けれど、ユナの顔はどこか曇っていた。
「……ラピスって、何なんだろうね」
『え?』
「いつか、消えるんじゃないかって思う。こうやって、誰にも知られずに、誰かの“影”になるだけの存在」
『……それでもさ』
ミカの声が、少しだけ優しくなった。
『ユナちゃんは、助けたじゃん。今日も。誰かの未来を“守った”んだよ』
ユナは黙って空を見上げた。
その言葉が、少しだけ心に残った。
(……でも、それは“ラピス”の話であって。鏡ヶ原ユナの話じゃない)
ラピスの姿が溶ける。
制服へと戻ったその姿は、またただの“陰キャ女子高生”にすぎなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。作者です!
今回は「最強だけど無敵じゃない」ラピスことユナの苦戦回でした。
戦えば勝てる。でも、それは一方的に無傷って意味じゃない。
そして、誰にも褒められない戦いは、意外と心を削っていくものなんですよね。
ちょっとだけユナが揺らぐ回になったと思います。
でもミカの声は、そんな彼女を支えるちいさな光――のはず。
次回は、いよいよ現実と“非現実”の境界が揺らぎ始めるお話。
少しずつ忍び寄る「違和感」に、気づいていくユナの姿をお楽しみに。
それでは、また第5話でお会いしましょう!
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