さよならの手前で
ここから先、物語は急激に色を変えていきます。
ミカの不在が、ユナにどんな影響を与えるのか。
そして、この「沈黙」の裏にある真実とは――。
──もう、声は届かない。
ユナには、それがわかっていた。
あれから、ミカの声は一度も戻ってこなかった。
イヤホンの中は、ずっと空白のまま。
サポートも、警告も、軽口も。
私を呼ぶ明るい声も。
あの笑顔も。
全部、届かない。
「ミカ……」
名前を呼んでも、返事はない。
* * *
街の広場。
そこに、かつてないほど巨大なバグが出現した。
それは空を覆い、地面を這い、周囲の空間そのものを侵食していく。
まるで、この世界そのものが**「エラーです」と訴えている**かのように。
ユナは、変身した。
コードネーム《ラピス》。
白と水色のドレスに、小さな羽根。
けれどその顔は、今までよりずっと暗く、無表情だった。
「……バグなんて、全部……消えちゃえばいいのに」
その言葉と同時に、魔力が暴走を始める。
光輪が歪み、放たれる魔法は本来の制御を逸脱していく。
《天輪光舞》──が、本来の演出とは比べものにならないほどの密度で炸裂し、周囲一帯の建物ごと、敵を飲み込んだ。
「っ……ラピスちゃん、やめてっ!!」
──その声は、確かに聞こえた。
「……ミカ……?」
顔を上げたユナの瞳に映ったのは、
ボロボロになったイヤホンから漏れる小さな音声と、
宙に投影された、淡い hologram の少女。
「ミカ……ミカなの?」
「うん……ずっと見てたよ……声、届かなくなっちゃって……」
そこにいたのは、あの日見た天使みたいな笑顔じゃなかった。
泣きそうで、でも笑ってるような、そんな顔。
「ミカ……どうして……?」
ミカは、静かに笑った。
「ミカはね……未来から来たんだよ」
「……え?」
「未来のユナちゃんは、このバグと戦い続けて、ひとりぼっちで、
誰にも気づかれずに消えちゃったの。
だから、ミカは変えたかった。
ユナちゃんが、少しでも笑って終われる未来に」
ユナは、崩れたように膝をついた。
「そんなの……そんなの、ズルいよ……」
魔力が暴走しはじめる。
ラピスの身体が、バグそのものと化していく。
空が割れ、地面が崩れ、世界のコードがユナ自身に飲まれていく。
「止めてよ……誰か……お願いだから……」
「ユナちゃん」
──その声は、あたたかかった。
「ラピスじゃない。……ユナちゃん、だよ」
崩れそうだったユナの意識が、そこでふっと落ち着いた。
「……ミカ……」
「一緒に、帰ろ」
その瞬間、世界が白く染まった。
* * *
──ユナという存在は、世界から“なかったこと”になった。
クラスに彼女の机はない。
教師の出席にも、その名前は載っていない。
誰も彼女を知らない。
でも、なぜか胸の奥がぽっかり空いたような、
何かを置き忘れたような、そんな感覚だけが残った。
***
空の向こう。
ユナは、ミカの手を握っていた。
「ミカ、ありがとう」
ミカは、にっこり笑った。
「言えたね」
ふたりは、どこまでも静かな空へと、ゆっくり昇っていく。
──そして、この物語は、もう誰の記憶にも残らない。
ただ、世界のどこかで、
「どこかで最強になりたい」と願った少女が、
その願いの果てに、ひとつの命を灯していた。
──完。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
この物語は、「最強になりたかった少女」が、最強になったことで「ひとり」になっていく物語です。
けれどそれは、ただの絶望では終わらせたくなかった。
最後の最後で、たった一人でも、想ってくれる誰かがいた。
その希望を込めて、幕を引きました。
いつかまた、ラピスとミカに会える日があれば嬉しいです。
どうか、お元気で。
また、どこかの物語で。
──かきくけ子