声が聞こえない、だけなのに。
ここから先、物語は急激に色を変えていきます。
ミカの不在が、ユナにどんな影響を与えるのか。
そして、この「沈黙」の裏にある真実とは――。
風が強い朝だった。
ユナは制服の裾を押さえながら、静かに歩いていた。
イヤホンは、いつもの位置にある。
でも、そこから“あの声”は流れてこなかった。
「……ミカ?」
いつものように話しかけてみても、返事はない。
もしかして寝坊?
回線トラブル?
それとも――
いや、そんなはずはない。
ミカは一度だって、ユナを放っておいたことなんてなかった。
(……まさか)
不安が、心の底から滲み出てきた。
学校でも、ユナはずっと落ち着かなかった。
ノートを開いても、文字が頭に入ってこない。
“ミカがいない”というだけで、世界の色が変わってしまった。
(私、どれだけ……頼ってたんだろ)
ふと、スマホの通知が鳴った。
それは、バグの出現アラートだった。
午後4時17分。
場所は、ユナの家からわずか数駅の廃ビル。
「行かなきゃ……」
誰も呼んでないのに。
誰にも頼まれていないのに。
でも、ユナは身体を動かしていた。
ミカがいないなら、自分がやらなきゃ。
ミカがいないなら、せめてその分まで。
そんな思いだけで、ユナは変身した。
コードネーム《ラピス》。
羽根のような魔力の衣が風をまとい、身体を包み込む。
だけど、今日はなにかが違った。
軽くない。
力強くない。
まるで魔力の流れまで、重たく鈍くなったようだった。
「……やれる、よね。ひとりでも」
自分に言い聞かせるように、ラピスは前を向いた。
* * *
ビルの内部は、黒く染まっていた。
壁面が歪み、床はノイズのようにチリチリと揺れている。
バグはすでに姿を現していた。
それは、人の形をしていた。
女の子のようにも見えた。
でも、顔には何もなかった。
目も、口も、感情も。
ただ“虚無”だけが、そこに立っていた。
「あなた……バグ、なの……?」
返事はない。
そのまま、黒い腕を伸ばしてきた。
《七連・星撃ノ律動》
星のビームが一気に連射される。
衝撃が走り、周囲の空気が光の粒で満ちる。
だが、バグは動じない。
その身体は一度崩れても、すぐに再構築される。
(……再生型)
そう思った次の瞬間、ラピスの背後に何かが飛んできた。
反応が、遅れた。
ミカの声が、なかったから。
「っ……!」
魔力でガードするが、壁に叩きつけられる。
コンクリートにひびが入り、咳が漏れる。
「ミカ……」
本当なら、「危ないよっ!」って言ってくれたはずだった。
後ろを守ってくれたはずだった。
でも、いない。
いないのだ。
「……だめだ、わたし……」
力が入らない。
身体が、重い。
バグは無言のまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その手が、ラピスに届く寸前――
「……ちがう」
立ち上がった。
「こんなところで、終われない」
震える足を踏み出し、もう一度構える。
「ひとりでも、やれる。……だって、ラピスだもん」
《天輪光舞》
展開された光輪から、風を切るように光剣が飛び出す。
きらめきが交差し、バグの身体を刻んでいく。
今度は再生しなかった。
断片が黒い霧となって、風に流れて消えた。
……勝てた。
だけど、何も嬉しくなかった。
「ミカ……どこにいるの……?」
静まり返ったビルに、返事はなかった。
イヤホンの中は、ずっと静かだった。
* * *
夜。
ベッドの上、ユナは一人きりで天井を見ていた。
枕元に置かれたスマホは、通知も着信もなかった。
ぽつり、と独り言のように呟く。
「……ミカ、お願い。声、聞かせてよ……」
その願いは、しばらく届かない。
でもユナはまだ、知らなかった。
ミカが──いなくなったわけじゃないことを。
そして、ミカは、ずっとユナを見ていたことを。
「声がないだけで、こんなにも寂しい」と思ってもらえたら嬉しいです。
人は、誰かの声を聞きながら歩くからこそ、踏み出せる一歩があります。
それを奪われた時、人は何を選ぶのか。
第12話は、いよいよ最終話です。
どうか最後まで、見届けていただければ幸いです。
良ければブックマーク、評価お願いします!