この世界のどこかで、最強だったら
誰かと一緒に笑うこと。
教室の輪にいること。
休み時間に話しかけられること。
そんな「普通」が、自分の手の中からこぼれ落ちていったのは、ほんの些細なきっかけだった。
誰かの言葉にうまく返せなかった日。
何もしてないのに嫌われてしまった日。
笑い合っていたはずのグループから、名前を呼ばれなくなった日。
そうして、ひとりになった。
もう誰とも関わらないと決めた。
それで、平気だと思ってた。
――だけど、願ってしまった。
「せめて、どこかで、最強だったら」
それが、すべての始まりだった。
教室の隅。昼休みの喧噪が遠くに響いている。
鏡ヶ原ユナはスマホをいじるふりをして、窓の外をぼんやりと見つめていた。
通知の数はゼロ。誰からも何も届かない。
グラウンドでは男子が騒ぎ、女子たちの輪から笑い声が溢れていた。
その中心に、かつての自分がいたとは、今となっては思えない。
――中学時代。ユナは3人グループにいた。
他愛のない会話、笑い合う日常、誰かと繋がっている実感。
だけど、たった一言のすれ違いで崩れた。
「そういう言い方やめてよ」
言われた瞬間、何かが静かにひび割れた。
次の日からLINEは無言になり、話しかけても無視されるようになった。
「ユナが悪い」と決めつけられた空気の中、弁解する気力も消えていった。
高校に上がっても、何度か新しいグループに入ろうとした。
けれど少し仲良くなるたびに、また何かを壊してしまった。
最後には、もう誰にも話しかけることをやめた。
「人と関わらなければ、壊さずに済む」
そんな結論に、いつの間にかたどり着いていた。
ユナの存在は、クラスの中で空気と同じだった。
目立たない。話しかけられない。誰の記憶にも残らない。
だけど。
「せめて、どこかで最強だったらな」
放課後。ひとり、公園のベンチで、何の気なしに呟いた。
その瞬間、世界の空気が変わった。
《願い、確認。対象:鏡ヶ原ユナ
願望:「どこかで最強になりたい」
魔力適正:Aランク
修正者コードネーム:ラピス
魔法適応開始》
光が弾けた。重力が消え、身体が宙に浮かぶ。
制服が淡い魔力に包まれてほどけていく。代わりに、水色のフリルと小さな羽根が背中に生まれた。
足元には輝く魔法陣。
その先に、何かが歪んで見えた。
――黒く濁る空間。“世界のバグ”。
現実の空間に亀裂が入り、そこから蠢く異形が現れる。
無数の手足。形の定まらない黒い塊。ノイズのように視界がざらつく。
「……なにこれ……」
恐怖が喉を詰まらせる。だけど、体は自然に構えを取っていた。
手のひらに集まる光。意識せずとも、動ける。
《クリスタル・シュート》
淡い宝石のような光弾が次々に発射される。
敵の身体に命中するたびに、星屑のように爆ぜて消えていく。
「おっけ〜!ナイス初撃っ!その調子だよ、ラピスちゃん!」
突然、イヤホン越しに女の子の声が飛び込んできた。明るくて、テンション高め。でも、うるさくはない。
「……誰?」
「ミカだよっ。ネット越しで君をサポートする専属ハッカーって感じ!
まあ簡単に言えば、ラピスちゃんの相棒っ!」
「相棒……?」
「うん!君は今、“魔法少女”として現実世界の“バグ”を修正する役目を持ったの。
魔法少女っていっても、誰にもバレちゃダメなんだけどね!」
説明が現実離れしていて、でも今のユナには信じるしかなかった。
「さあさあ、もう一体来るよ!集中して!」
次の瞬間、異形のバグがユナに飛びかかってくる。
咄嗟に両腕を開く。背後に六つの光輪が展開された。
《天輪光舞》
六枚の光輪から光剣が次々と射出され、バグを取り囲むようにして舞い始める。
風を巻き、刃が螺旋を描きながら敵を斬り裂く。
斬撃とともに風が駆け、異形が切り刻まれていく。
「すごいよラピスちゃん!その技、無詠唱で出せるとかチート級〜!」
バグの身体が一度崩れた、と思った次の瞬間、黒い霧が蠢きながら自己再生を始めた。
「再生型!?あっちゃ〜、それ面倒なやつだよ!」
「……なら、壊れる前に止める」
《七連・星撃ノ律動》
ユナの指先から、星のような光をまとった七本の光線が時間差で放たれる。
一発ずつ、確実に異形の核を貫いていく。
ズン、と足元に響く衝撃。最後の一撃がバグの中心を砕き、ようやくそれは崩れ落ちた。
辺りは静寂に包まれた。
見慣れた公園の風景。だけど今、自分はそこで“何か”を確かに壊し、守ったのだ。
「……これが、最強……?」
耳元で、ミカの声が小さく笑った。
「ねぇ、ラピスちゃん。どうして君が魔法少女になったか、ちゃんと聞きたい?」
「……うん。教えて」
「オッケ〜!じゃあ解説タイムっ☆」
(※イヤホンなので、声は耳元でだけ聞こえている)
「君がさ、あのとき――“どこかで最強になりたい”って言ったでしょ?」
「……うん。言った。でも、ただの……独り言、みたいな」
「それがね、一番重いの」
ミカの声が少し落ち着いた。
「ふとした一言。それって、本当の気持ちが出ちゃう瞬間だったりするんだよね」
「この世界には、“願い”が引き金になる“力”が存在してる。
でもね、叶った願いには“代償”がある。
君は――現実じゃ最強になれなかった。でも、ここでならなれた」
「……代償?」
「うん。力を持つってことは、“普通じゃなくなる”ってこと」
ユナは黙って、手のひらを見つめた。
確かに、あの瞬間願ってしまった。
どこでもいい、せめて“ここだけでも”。自分が無力じゃない場所がほしいと。
「でもね、ラピスちゃん」
ミカの声がまた少し明るくなる。
「この力は、君だけのものだよ。
誰にも奪えないし、誰にも決めさせない。
君が“ここ”で最強でいたいって思ったなら、私はずっと味方だから!」
その言葉に、胸が少しだけあたたかくなった。
「……次の任務、ある?」
「あるよっ♪バグ、いっぱいあるし。倒したら地味〜に世界が助かってるんだよ?」
ユナは小さく笑って、歩き出した。
教室では空気のような存在だった自分。
でも、ここでは――《ラピス》は、確かにこの世界を変えている。
それでいい。
それで、少しずつ変わっていけたら。
そんな風に思った、魔法少女としての最初の夜だった。
(つづく)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
陰キャで人との関わりを諦めていたユナが、
ひとりで戦う力を手に入れ、それでもなお迷いながら前に進む――
そんな物語の始まりを描きました。
ずっと書いてみたかったテーマでもあり、
少しずつ、彼女の心の変化や世界の広がりを見せていけたらと思っています。
至らない点もありますが、どうぞよろしくお願い致します。
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