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【第五話】 深淵への第一歩──異界遠征隊、始動す

昭和五年十月初旬──十勝岳南西斜面の異界構造物に対して、帝国陸軍・海軍・学術関係者による本格的な進入計画が発令された。新設されたばかりの第零特別調査部隊を母体とし、これに帝国大学と東京理科大学の協力を得て“異界遠征隊(コード名:深淵機関)”が発足する。


遠征隊の規模は五十名弱。構成は陸軍工兵部隊からの選抜隊員二十五名、技術本部より派遣された観測士と技術者十名、帝大・理科大の研究者十名、そして陸軍航空隊からの通信将校二名、軍医一名、補給兵と記録要員が若干名であった。


現地指揮官には神崎尚武中尉が正式に任命された。彼の知識と実地経験は、すでに軍内外で高く評価されていたが、実際に“異界”へ足を踏み入れた唯一の士官であるという点が、最大の信頼要素となった。


──十勝岳山中、午前六時。


拠点となる山麓の仮設基地では、青燐鉱石による簡易照明が灯され、装備品と試験機材の最終点検が行われていた。隊員たちは通常の軍服の上に、特殊防護布を縫い込んだ改造型外套を着用し、ヘルメットには青燐鉱石による簡易的な感知装置が装着されていた。


「空間変位が起きた場合、こちらの信号を基準とせよ」 と、帝大の研究員・瀬名博士が隊員たちに指示を飛ばす。


彼女は物理学者であり、今回の遠征の学術的責任者であった。彼女の理論によれば、異界の“空間波動”は周辺の磁場や時間軸にすら影響を与える可能性があるという。


神崎は静かに頷き、腰のホルスターに収めた試作型の“磁界安定弾”を確認する。これは青燐鉱石の共鳴特性を利用して周囲の磁場を一時的に安定させる装置であり、異界内部での探索における生命線ともなるはずだった。


進入開始は午前六時四十五分。


異界の境界点に到達した遠征隊は、隊列を整えて進入を開始する。重厚な沈黙と、空間を満たす鈍い響き。かつて神崎たちが確認した黒曜石の回廊はそのままに、内部はゆっくりと形状を変えていた。


「……構造が変わっている。再構築されたのか?」 松川伍長がつぶやく。


内部では重力が微妙に歪んでいた。ある通路では足元が急激に軽くなり、別の地点では強い圧力がかかる。磁場センサーは常に異常を示し、空気中には細かい浮遊粒子が静かに舞っていた。


やがて隊は“ゼロ領域”と呼ばれる球状空間に突入する。ここは無重力状態となっており、隊員たちは備え付けのグラップルフックとワイヤーで慎重に浮遊移動を行う。内部には未知の装置と見られる構造物が多数浮遊しており、それらは緩やかに回転していた。


「記録装置作動……これが……制御中枢かもしれません」


遠征隊がこの中枢空間にて遭遇したのは、異界生物──通称“外殻体”の活動個体であった。


体高二メートル。鋼鉄のような外殻、発光する眼状器官、そして胸部に埋め込まれた青燐核。その動きは静かで、しかし確実に“敵意”とは異なる意思を感じさせた。


神崎が前進して制止の姿勢を示すと、“それ”も同様の姿勢を取る。まるで模倣するかのように──


「これは……通信? いや、模倣か……」


しばしの静寂の後、外殻体はゆっくりと背を向け、奥の通路へと消えていった。


緊張の中で瀬名博士が言う。


「明確な知性反応です。敵対意識はなく、我々の行動を観察していた可能性が高い」


──その頃、帝都では新たな動きが始まっていた。


帝国議会において、海軍軍令部と陸軍参謀本部の対立が表面化する。異界資源の運用を巡り、両軍の利権調整が必要となったためである。山本五十六少将は、「異界資源を用いた航空戦力の拡張」を主張し、空母機動部隊の設計案に青燐素材を応用するプランを提示。


これに対し、陸軍は“異界空間の地上拠点化”を優先し、十勝岳周辺に軍事要塞を建設する計画を打ち出した。


「空中の覇権は海軍に委ねよう。しかし、我々は地の利を取らねばならぬ」 と、桐原中佐は言い放つ。


井上成美大佐は、両者の間に立ち、慎重な調整を行っていた。


「異界がもたらすものは、兵器だけではありません。人類の在り方そのものです。拙速は、破滅を招く」


この頃より、英国・ソ連・米国といった列強の諜報活動が激化。帝国陸軍は特高課の協力のもと、北海道周辺での外国人観光客、記者、使節団の動向を厳しく監視し始めた。


──昭和日本は、深淵に手を伸ばした。


その果てにあるのは、栄光か、滅亡か──



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