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【第四話】 列強の影──“未知”を巡る静かなる戦争

昭和五年十月。北海道・十勝岳の異界構造物──通称“迷宮”──は、帝国陸海軍および帝国大学調査団による初期探索を経て、すでに第四層までの階層構造が確認されていた。


探索進度と同時に、技術分析も急ピッチで進行していた。青燐鉱石の発光原理や、空間の歪曲を引き起こす“力場反転現象”は、既存の電磁理論や重力理論では説明できないものだった。


帝国大学理学部と陸軍技術本部が共同設置した“魔導物理研究室”では、異界で回収された浮遊構造物の一部を分析中であり、その表面には数万単位の極微細なルーン文字状の刻印が確認された。これを解読すべく、古代文字学の大家である九条博士と、その弟子である若き言語学者・北条愁一が帝都より召喚された。


「文字ではない。これは“構文体”です。言語と演算を兼ねた、何らかの命令構造体と見られます」


北条の見解により、単なる記号ではなく“機能性を持つ言語”としての再検証が始まり、これがのちの“術式言語論”の基礎となる。


一方、異界内ではさらに異常な現象が観測されていた。


第三階層で発見された“光の走廊”と呼ばれる空間では、探索隊の照明が届かぬ先から、反応するように淡い発光が走り抜けた。しかもその光は、隊員の動きに対して“観測”のように追従する。


「この空間……生きている」 と神崎尚武中尉は記録に残している。


迷宮構造が単なる建造物ではなく、“知性”あるいは“意図”を持つ空間である可能性が浮上した。


──その頃、帝都・市ヶ谷。


陸軍省・参謀本部では、桐原賢蔵中佐によって策定された『魔導兵装転用計画』が承認段階に入りつつあった。青燐鉱石による動力伝導や、異界構造由来の“質量軽減現象”を活用した新兵器開発が議論されていた。


「これは兵器化すべき技術だ。手をこまねいていれば、いずれ列強に先を越される」


桐原の主張は一部の技術将校に支持され、やがて極秘裏に“対異界専用師団”の編成案が浮上する。


これに対し、海軍軍令部では慎重論が強く、山本五十六少将は帝国海軍航空技術研究所にて“応用技術先行導入”を優先させるよう働きかけていた。


「異界構造において我々が見ているのは、もはや既存兵科では対応できない未知の理だ。航空母艦はもとより、艦隊運用そのものが変質を迫られる」


井上成美大佐もまた、その見解に同意していた。


「既存の戦略を更新せずして、異界との接触を進めれば、いずれ手痛いしっぺ返しを食らうことになります」


こうした帝国内部の動きに呼応するかのように、列強もまた水面下で反応を見せ始めた。


英仏独は大使館経由で公式には沈黙を貫いていたが、外交電信の傍受により、すでに欧州の情報機関が“異界”の存在を認知していることが判明した。特にロンドンとパリでは、“日本が何らかの超科学兵器を開発中”という推測が軍部内で広がっていた。


また、アメリカ合衆国も例外ではなかった。東京在住の駐日大使グレイシーは、本国国務省に向けて極秘電報を打つ。


《日本北部にて未知の地質・構造物の発見情報あり。軍部による情報遮断は極めて厳格。観測された現象は重力制御に類似》


さらに翌月、北海道沿岸に米潜水艦が接近するという事案が発生。海軍省は厳重抗議を行ったが、これは米国が“異界の力”を国家安全保障上の脅威と認識し始めた兆しであった。


こうして、迷宮を巡る情報戦・技術戦は、未宣言のまま“列強間の静かなる戦争”として幕を開けていた。


──昭和五年、日本帝国はすでに“理”を巡る競争の先頭に立ちつつあった。


だが、その歩みは未だ地に足をつけたものではなく、 踏み外せば即座に奈落へと堕ちる、薄氷の上の覇道に他ならなかった。

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