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dusk  作者: 雪野耳子
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第一話

夜遅い路地裏。

 人通りも少なく明かりは月明かりのみ。

 E地区と呼ばれるその区画は犯罪者の溜まり場と呼ばれている場所である。

 何もしらない旅行者などがその一帯に足を踏み入れれば身包み剥がされた挙句、その自身の身体さえ売られてしまう、そんな場所がE地区だった。

 その闇の中を、まるで日常の買い物帰りのように、何の迷いもなく歩く者がいた。

 月明かりに照らし出されたその姿は女性のようで、長く艶やかな黒髪、月明かりに照らし出されて輝く白い肌、整ったその顔立ちに澄んだ蒼い瞳はよく映える。

 美女とよぶに相応しい姿だった。

 黒一色の衣服は身体にぴたりと沿い、しなやかなラインを浮かび上がらせている。

 抱えた紙袋のせいで胸元こそ見えないが、薄手の生地の下で整った体躯が窺えた。

 年齢は二十代半ばほどだろうか。

 ただ、少し奇妙だった。

 そのくらいの女性にしては珍しく一切着飾ってなかった。

 手に持っているのはありふれた紙袋に食べ物が入っているのが見て取れる。

 買い物帰りといえばそうなのだがこのような夜更けに危険地帯を女性が一人で歩く、これほどおかしなことがあるのだろうか?

 しかも、その女性は怖がる様子もなく、いたって普通に歩いているのである。

 ときどきすれ違う人の態度も少しおかしかった。

 あきらかに彼女を避けているのである。

 彼女を見るやいなや、路地に隠れるもの、目をあわせないようにするものなど様々。

 その中で、仲間と話していた男が彼女に気づき会釈をした。

 「……っす」

 軽く頭を下げる男に、美しき影は微笑みを返した。

 そして、ひらひらと手を振りながら歩き去る。

 その様子を見ていた男の仲間が怪訝そうに呟く。

「今の、誰だ?」

「お前しらないのか?……そういやぁ、ここ来たのつい最近だったなぁ」

「ああ……ところであんな極上をどうしてだれも手をださないんだ?それともだれかのお手つきか?」

「あの人は誰のモノでもないよ」

「それじゃ……」

「やめとけって。それにオマエ勘違いしてるぞ」

「なにが?」

「……あの人は、男だ」

「は?」

 その言葉に目を見張る。

「うそだろ……」

 男は去っていった方を見つめながらつぶやいた。

「ほんとさ……そう、あの人もここの住人だってことさ」



☆                      ☆



 いつものように慣れた家への帰り道を歩いていると違和感を感じた。

 どうってことのないいつもと変わり映えのない風景。

 なのに何か……そう、なにか違う。

 足を止め、耳を澄ませる。

 だが、聞こえるのはいつもの喧騒ばかり。

 気のせいか……?そう思った瞬間、けたたましい足音と怒声が響いた。

「クソッ、どこだ!」

「くそったれ、見失ったか」

 かなり殺気だっているかんじだ。

「どこいった」

「あっちはどうだ」

「くそっ、あのガキどこに隠れやがった」

 荒々しく駆けてきた男たちが近くの階段に座って友人と話している男に声を掛けた。

「この辺で十四、五のガキ見なかったか?」

 聞かれた男はめんどくさそうに答える。

「十四、五のガキだぁ?あんた、目、大丈夫かよ。そんなのこのへんにいっぱいいるだろが」

 確かにあたりには数人の子供たちがいた。

 いわゆるストリートキッズとよばれる子供たちだ。

 面倒そうに答えた男が、次の瞬間、蹴り飛ばされた。

 いきおいよく体が階段から転げ落ちる。

「誰がその辺のガキの話をしてるってんだ?ここらで見かけねぇガキの話しにきまってるだろうがっ」

 蹴られた男の友人が駆け寄り起こす。

「見てねぇのか、見てるのか、さっさと言えっ」

 双方の目に殺気が篭る。

「よくもやりやがったなっ」

 周りにそれぞれの仲間が集まり、小競り合いが起きる。

 これがいつもと違うこと……いや、ここE地区ではよくある風景だった。

 こんな小競り合いは日常茶飯事。

 いたって普通の光景なのだ。

 やはり、気のせいだなと思い、家へと続く道を歩き始めた。

 しばらく歩き、家まであと五分ほどのところで小さな音を聞いた。

 普通なら気に留めるほどのものではない。だが、どうにも引っかかる。

 それが、先ほどの違和感とつながった。

 家へと続く道を外れ、細い路地へと足を踏み入れた。

 確かこちらから……。

 暗がりに目を凝らし、耳を澄ます。

 暗いビルとビルの谷間。

 あるのは、ダンボールの箱、木箱、ゴミ箱……・気になるものはない。

 目を凝らしつつ、耳もすます。

 ──気配は、ない。

 やはり気のせいかと思い、もとの道に戻ろうとしたとき、

「うごくな」

 背中に硬い感触。

 ──銃口。

 気配すら感じさせなかった。背後を取られたのは、久しぶりだ。

「あいつらの仲間か?」

 低く、静かな声が耳に届く。

 あいつら?仲間?

 ふと先ほどの男たちが頭に浮かんだ。

「オレ、家帰る途中なんだけど」

「手をあげろ」

 カチャリ、と金属音。

 抱えていた紙袋を静かに地面に置き、ふと興味が湧いた。

 どんな顔をしているのか──。

 振り返った瞬間、男は素早く距離を取った。

 その反応速度に感心しつつ、目の前の人物を見つめる。

 暗闇に浮かび上がるのは、十四、五の少年。

 だが、幼い顔立ちとは裏腹に、その瞳は凍るように冷たい。

「うごくなと、いったはずだ……」

 息遣いが少し荒かった。

 よく見ると、銃をもっていないだらんとたらした左手から赤い血が地面に滴り落ちていた。

 左肩の辺りが赤く染まっていた。

「お前、その傷……」

「問題ない……答えろ、奴らの仲間か?」

 肩口に巻かれたスカーフは血に染まり、肌は青白く冷たい。

 これほどの傷を負いながらも、彼はまるで意に介さない。

 その強さに青年は興味を抱いた。

「答え、ろ……」

 次の瞬間、少年の身体がふらりと傾ぐ。

 即座に腕を伸ばし、その細い身体を抱き留めた。

 頬に触れる肌は氷のよう。

「……離、せ……」

 銃口が額に押し付けられる。

 だが、次の言葉が続くことはなかった。

 少年は、そのまま意識を手放した。

 息を呑むほどに整った顔。睫毛の長い瞼が閉じ、乱れた髪が頬にかかる。白い喉がわずかに動いた。

 このままでは、死ぬ。

 青年は躊躇うことなく、少年のシャツを裂き、手早く止血すると、その細い身体を抱え上げた。

「……まったく、厄介な夜だ」

 そのまま、闇の中を歩き出した。


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