過去とテイル
思い出は美化される。苦しみと悲しみは強く印象に残る。だから幸せな時間よりも不幸の時間のほうが記憶に残るのだ。
もともと俺はこの世界の住人ではなかった。
いや、この世界で『魔王』と呼ばれる者達の全てはこの世界で生まれ育ち、そして世界を恐怖や自分の野望、欲望のために悲しみを広げようとしたわけじゃない。つまりは、皆別の世界の住人であった。
もちろん俺――シュバルツもそうだ。元居た世界からこの世界に来た魔王の一人であった。
――魔界
黒と灰色、赤など、人間にしたら負のイメージがある色で染められた世界。
人間たちのいる世界とは正反対の希望など存在しない、負のエネルギーに満ちた黒い世界。そこがシュバルツ達魔王の故郷であった。
魔物たちももとはといえば魔界から来たものだと言い伝えられている。負のエネルギーを糧に生きる者。妬み、嫉妬、悲しみ、怒り……。太古から存在する魔界は、もともと人間たちのいる世界ができてから生産されていった負のエネルギーが元に出来たものだとも言われている。
生命があるかぎり怨みや妬み、未練などの負のエネルギーが生産されていくのも。人間に限らず動物や、植物にだってある。
正のエネルギー。希望、願い、幸福……。それらがどこにもない魔界。光輝くそれを苦手としているため気に食わず消したいためか、またはそれになにかを期待してか歴代の魔王は自ら魔界から人間体の世界へと赴き滋味からの欲望を満たそうとしていた。
しかしどの世界にも例外はあり、シュバルツはその例外に当てはまることで魔界から人間たちの世界へと行くことになる。自ら望むこと無く、ただ流されるがままに――
「だらぁ!!」
両手に握りし剣を目の前にいる己の敵に向けて斬りるける。
これで倒せるとは思わない。しかし、何度も自分の力をぶつければいつかは倒せる。そう強く思いつつ攻撃を続ける。
「がーはっは!! その程度か小僧!」
豪快な声は軽々しく俺の攻撃を片手で持つ剣で捌き、次に来る攻撃を魔力をまとわせた素手で弾き、体を貫くであろう突きを巨漢とは思わぬ軽い動きで避ける。
さっきからそうだ。何度攻撃を繰り出そうとも眼前の巨漢の男は俺の攻撃を朝飯前のように簡単に防ぐ。
「くそ! 当たらねえ!!」
「まーだまだだな。そんなもんか?」
ナメやがって! 疲れで下を向いた顔を睨みつけるように上げる。
剣でダメなら……
「小手先も交えてやるよ!」
片手で剣を持ち、空いた手に魔力を集中させる。
身体能力の強化のために使っていた魔力。少しでも目の前の男との体格の差を縮めるために筋力の強化、少しでも早く動き攻撃を避け翻弄させるために脚力の強化。それに加えてさらに攻撃のために魔力を溜める。
「お? ちょっとは考えるようになったか?」
体を支えるように剣を地面に突き刺し感心するようにこちらを見てくる。ナメやがって。目にもの見せてやる。
「今日こそ怪我させてやるよ!」
溜まった魔力を確認するように手を強く握る。よし、やってやるさ!
手のひらに魔力を集中させて男に向ける。
「ほう、やってみな。その無い脳みそ使って繰り出すしょっぽい戦いをな!」
なにをするのか楽しむように男は刺した剣を抜き構える。
奴を吹き飛ばすイメージをする。傷をつけるためではない。ただ、体勢を崩すため、一発で決めるのではなくただ一瞬の勝機を作り出すため。
「ぶっ飛べ!!」
叫ぶと同時に手に溜めた魔力を男に向けて放つ。 強風を一直線に吹かせる感じに、ただ真っ直ぐ奴に向けて!
直線の攻撃なら速さは負けない。瞬きする間に奴は後ろに吹き飛ばされ体制が崩れるはず。
そう考えていたが、
「あめぇな!」
なにを思ったのか男は両手に剣を持ち肩より上に構え振りかぶる。
そしてやってくる魔力を振りかぶったまるでボールを跳ね返すように剣で跳ね返す。
「な!?」
非常識すぎる! ただの剣で魔力を跳ね返すなんて聞いたことが無い 事実目の前でそれが起きているのだ。信じずにいられなかった。
「よそ見してんじゃねーぞ!!」
驚きのあまり跳ね返ってきた魔力をなんとか紙一重で避ける。 しかし、男の体勢を崩すつもりが逆に俺の体勢が崩れ次に来る攻撃を避けることは出来なかった。
「ガッハッハ!! オレ様の勝ちだな」
いつの間にか目の前にいた勝利した男のデカイ声が聞こえてくる。
顔すれすれに剣の刃が突き出される。もしも少しでもずれていたならケガをしていただろう。いや、やろうと思えばこの剣に顔が突き抜かれ俺は死んでいただろう。
「よかったな訓練で。実戦だったら余裕で一死だったろうな」
「………………」
跳ね返したからの奴の動きはまったく見えなかった。魔力で視力も強化してたはずなのに、それで奴の動きを捉えることは出来ず簡単に接近され攻撃されたのだ。
確かに考えもつかないことをされ、さらに体勢を崩されていたがそれでも奴自身を見ていた。どこまで想像以上の動きをするんだ奴は……。
負けたことよりも男の実力のほうが気になり落ち込むことはなかった。
「どした? オレ様の華麗な動きに惚れ惚れしちまったか?」
なにもしゃべらない俺を気にしてか首をかしげ見てくる。
「……卑怯くせー」
「あ?」
「卑怯くせーよ!!」
ようやく言えた言葉は卑怯だと奴を認められない一言だった。
「おかしすぎるだろ! 俺よりも一回りもふた回りもデカイ図体してるくせに素早く動けるわ、簡単に俺の攻撃についていけるわ、チートだろ!」
実力不足なのは自覚してる。しかし、それ以上に見た目に反した奴の動きを認めるわけにはいかなかった。普通ありえないだろ。
「あめーな。あまあま過ぎるだろシュバルツ。見た目通りに戦ってちゃ簡単に負けるくらい今時ガキンチョだって知ってるぜ? それを責めるのはもっと強くなってからにしなくちゃなー」
デカイ手のひらで俺の頭をグリグリ撫で、世界が回るようになすがままにされる。
「ちょ!? おま、痛い痛い!!」
「ガッハッハ! 細かいことは気にするな。まだまだお前は強くなれる。今は俺には勝てないけどな」
男は笑いながら俺の頭をつかみ引きずりながら歩き出す。
「歩ける! 歩けるから手を離せ!!」
「ガーハッハッハ」
「人の話を聞けーーーーーーーー」
男はアビスと名乗った。
シュバルツの前の先代の魔王。
ただ豪快で巨大で全てを包み込むような心の広さを持った大きな男。そう『そいつはどんなやつか』と問われればただ『大きいやつ』と知っているもの皆言うであろう。
体が巨大であるのもさりながら、細かいことを気にしない性格、誰もが尊敬するような度量の広さ。腕力勝負で右に出るものがいなく、魔力に関してもそんじょそこらの上級魔術師など勝負にならないくらいの多さと知識の豊富さ。
俺はそんな奴に拾われた。
「まったく、オレ様も妙な奴を拾っちまったもんだぜ」
先程の訓練から屋敷に戻り部屋で大きなジョッキにビールを注ぎ疲れを癒すかのようにぐびぐびと飲むアビス。
かたや俺――シュバルツはというと、
「二八九、二九○……」
体中に汗をにじませながら半裸で腕立て伏せをしているのであった。
「足りないところを魔力で補うのは正解だ。もともとおまえさんは魔力が膨大で操作もうまい。さっきは腕力の他に脚力と視力、おまけに剣にも付加させて切れ味と若干のリーチを伸ばしていたな」
「それが……どうした」
「最初から身体能力のあるオレ様には到底使わない方法なんでな。なるほど。剣に魔力をめぐらせることでリーチまで補うか。参考になるな」
自分でやったことのない事をシュバルツが実際にやり学習しているようだ。そんなことをしなくても十分に強いアビスには不要だと疑問に思いつつシュバルツ腕立て伏せを続ける。
そもそもなぜ腕立て伏せなどやらなければならないかというと、
「魔力に頼りっきりだからなお前。その細ッちょろい腕でいくら補おうとも限界があるし、その程度じゃオレ様やそんじょそこらの力自慢に簡単に負けちまうよ」
「三六三……三六四……」
「ま、ここにいれば戦とは関係ないんだけどな。勝手にオレ様の魔力が世界を周り同志である魔物たちに供給され好き勝手やってくれる。ちょいと調子に乗ってる奴にはオレ様自らそいつの魔力吸収して弱らせて痛い目に合わせてるし、なんともまあ、めんどうのような便利なシステムを作ったな歴代の魔王様よ」
空になったジョッキを掲げ使い魔に次のビールを注がせるよう命令する。一体何杯飲もうとしているんだ……一人酒を飲み涼んでいるアビスを恨めしいように睨みつける。
「なんだ? 飲みたいのか」
「三七八……べ、別に……三七九……」
「ほれ、あと一二一回。五○○回いったら休ませてやるよ」
「くそ……三八二……なんか……話せよ……」
「ん? ああ、そんなに涼んでる俺が羨ましいからちょっとでも暇つぶしに話を聞きたいってやつか」
ふむ、とアビスはテーブルにジョッキを置き顎に手をあてなにを話すか考える。
なんだかんだでこいつの話を聞くのは好きだ。こいつと言ってはいるが拾いこの屋敷で育ててもらった恩を忘れたわけじゃない。それにこいつの強さと生き様にはあこがれを抱いている。ある意味人生の目標でもあった。
「なにを話したものか……」
「四○一……昔……ばなし……でも……四○二……聞かせてくれよ……四○三……」
「昔話か」
「はあはあ……一度も聞いた事ないからな……四○五……この世界に来た理由と……か、前の魔王の……話……とか……四○六……」
同じ体勢で話すために少し休みながら聞きたいことをリクエストする。
アビス自身のことを俺はあまり聞いたことが無い。そもそもどうして俺を拾ったのかすら話てくれはしなかった。
グイっと残ったビールを飲み干し、ドン! とジョッキを勢い良くテーブルに置く
「よし。たまには昔話でもするか」
「四一二……四一三……や、やめていい?」
「駄目だ。残りを終えたら話てやるよ」
「ち、ちくしょう……」
世の中はそう甘くはなかった。
「ハアハア……」
五〇〇回の腕立て伏せを終えその場に倒れ伏せるシュバルツ。明日は筋肉痛だな……などと思っている時、終わったことを見てアビスは話を始めた
「もともとオレ様がこの世界に来たのはな、魔界を狭く感じたからなんだよ」
「ハアハア……せ、狭い? 十分広かったじゃないかあの世界だって」
たとえ巨漢だからといって世界がそこまで狭いわけじゃなかった。むしろアビス以上の生き物などそこら中にいたし、そんなのが何千も何万もいる魔界を狭いと感じるのはなぜだろうか。
「面積とか体積とか、そういうんじゃない。ただ、心が狭く感じたのさ」
「心? なんでまた」
「弱肉強食。強くなければ生きていけない。しかし、弱き者を守る奴だっている。そういうのを見るのは別によかったけどな、上の奴らが気にわなくてな」
今でも気にくわないのか表情に怒りを表すアビス、
上の奴。たしか、俺をこの世界に送ったやつらだろうと予想する。
「魔界では力のあるものが世界を支配する。何千年も何万年も変わらない世界の理だ。だから誰も上の奴の判断には逆らえないし、ルールを押し付けられても文句も言えない」
「確かに……まあ、滅多なことで無理難題を言ってくるわけじゃなかっただろう。隣接する世界を襲撃してこいとか、今すぐ死ねとかそんなことはたまにあったが」
「それが気に食わなかったんだよ。強いからって押しつけてきやがって」
「社会への反抗……ってやつか?」
「かもな。けど、そこまでバカじゃない」
アビスがどれだけ強いからと言ってもそれ以上の者だってたくさんいる。魔界を支配する者たちに勝とうなどといくらアビスと言えどもそんな気にはならなかったようだ。
「だからあの狭い世界を抜け出して別の世界でオレ様だけの、オレ様の支配する世界を作ろうと思ったのさ」
どこまでもでかいことを言う……まるでそれは侵略じゃないか。
うつ伏せの体を仰向けに直し、ジト目でアビスを見つめる。
「まあ、結果的には今のような隠居生活になったんだけどな」
「色々省くな。今の生活になるまで教えろよ」
「そう急ぐな。おい、もう一杯くれ。それと小僧に水でもやってくれ」
再びジョッキにビールが注ぎ込まれる。軽く一〇杯以上は飲んでいるだろう。
ついでか一緒に水を俺に持ってくる。
「ああ、すまない」
上半身だけ起き上がり、コップに入った水を一気に飲み干す。ひどく汗をかいた体に冷たい水は潤すように浸透いく。
「んで、魔界からこの世界に来たとき最初に目にした光景で俺は持っていた野望を綺麗さっぱりなくしちまったんだよ」
「は?」
「あれは……言葉にできるものじゃねえ。ただ、ただ美しかったんだ」
目に焼き付けた光景を思い出すように天を仰ぐアビス。
「俺はなにを考えていた? この世界をなにしようとした? 俺のものにするだと。支配するだと? バカか。この景色は誰のものでもない。独り占めするようなものではない。そう感じたのさ」
一体どんな景色を見たのだろうか。アビスの心を変えるほどの絶景。世界を知らない俺にとって想像などできなかった。
「そんでな、もしかしたらもっとこんな素晴らしい景色があるかも知れないって思って俺は世界をめぐったのさ」
「どうだったんだ?」
「ああ、たくさんあったな。北も南も東も西も。魔界ではまずお目にかかれない素晴らしき景色があった。そして生き物全てに輝く何かがあった。一つ一つに俺は感動してな、涙が止まらなかったさ」
両手を広げ感激するものがたくさんあったことを表現する。
それはそれは素晴らしきもの。
漆黒の夜に瞬く星々、極寒の大地で見た帯びたエメラルドに輝くカーテンのような空、どこまでも続く草原、高い山に落ちていく燃えるように赤い太陽、始まりを象徴するように昇る黄昏の太陽、生きるために必死に獲物を狩る動物、泣き叫ぶ子供に見ず知らずの人間が手を差し伸べす所……
今まさに起こっているかのように話しつづけるアビス。なんとなくでも想像するシュバルツ。
「ある時この場所を見つけてな、俺と同じように魔界から来たやつを見つけたんだ」
「それが先代の魔王」
アビスの前の代の魔王。話に聞いたことがある。知的で様々なことを見通す目を持った知将。
「ああ、そいつに俺が見た景色と感じたことを話したんだ。そしたらなんて言ったと思う? そいつも俺と同じように感じたって言ったんだ」
「先代も?」
「そう。さらに話を聞くとな、この世界に来た魔界からの者はみんな声揃えて感動したって言うときたもんだ。なんでかって? そりゃ簡単だ。心が乾いていたからさ。あんな真っ暗で狭い空間に住んでいたからこの世界の美しいものを知ったら勝手に感動する。乾いた大地に水をたらしたら湿ると同じように当たり前のことなんだよ」
「当たり前……」
俺はそんなことを感じたんだろうか。自分の心に疑問がわく。
この世界に来た最初の記憶は『なぜ』と言う疑問だけだった。なにも不満などなかった、悪いこともしていなかった俺がなぜこんな見ず知らずの世界に来てしまったのだと。
「でもな、先代は俺に注意したんだ。お前は私の次に魔王になる者。そんな奴が簡単に世界中をうろつきまわるなってな」
そりゃそうだ。普通の人間にしてみればただの大男かもしれないが、力のあるものが見れば十分に脅威である。
「まあ、しばらくしたら先代は勇者と道連れに死んじまってな。それからかな、この屋敷でのんびりし始めたのは」
立ち上がり部屋にある本棚に歩み寄る。
部屋意外にもたくさんの本を保存している部屋がある。ここに置いてある以上の無数の本。すべてアビス以前の魔王が集めたり書き記したものだった。
「先代以前がなにを読んでいたか、学んでいたか、なにを残していたのか知りたくてな本にかじりついてたのさ。まあ、今でも全部読んだわけじゃないがな」
「さすがに……あの数は……」
「だよな……それだけ何人もの魔界からこっちにきた魔王達がいたってわけだ。どんな理由で来たかは千差万別だけどな」
本棚から一冊とりペラペラとめくる。
「こいつは10代前の魔王の手記だな。勇者の法則、世界のルール、ははは、ガーデニングについてなんかも書いてあらあ
「ガーデニングって……確かにここで暮らしていくには街に出て買い物をするか自給自足をしなければならないけど」
「花か。あの山の花は今も咲いているだろうかな……」
懐かしむように本を読み続けるアビス。俺もこの世界から出て世界を回ってみてみたいと少しばかり気になった。
「それで、どうして俺と出会ったんだよ」
「ん? ああ、昔話の途中だったな」
なにをしていたか思い出したのか本をもとに戻し再び椅子に座る。読みふけって忘れてたなこいつ……
「先代がやられてオレ様が魔王ってやつになっちまってな、簡単に外に出向けなくなったわけだが、一度だけ世界を見納めしておこうとここから出ていったんだ」
「はあ? 自覚足りなすぎじゃないか……」
「わーってるさ。俺が出歩けば世界が恐怖する。ただでさえも魔力を世界に回しているっているのに移動することによって行った地域の奴らが活性化して人間たちの生活を脅かす。そんなの承知で行ったんだよ」
「なにしてんだか……」
呆れてモノを言えない……まあ、それだけ惹かれるものが世界にあったってわけだな。と勝手に納得しておく。
「その時にお前に会ったのさ」
「完全に偶然だな」
「ああ、魔力を察知したとかそんなうまい話はない。ただ偶然通りかかった場所に一人ぽつんと立っている奴がいてな。気になって近づいたらお前だったわけで」
そうか、そんな経緯があったのか。
そこからは覚えている。あの時はこちらの世界に来てなにをすべきかわからず立ち尽くしていたところにアビスが近寄ってきたのだ。
簡単に俺のことを説明して、どうすればいいのかわからず困っていたところに「じゃあ、今からお前はオレ様の息子だ」なんて言ってきてこの屋敷に連れてこられたのだ。
「なーにがオレ様の息子だ。家族とか血のつながった関係なんて魔界にはないっていうのによ」
「この世界に来て学んだことだ。放っておけなくて力になりたい、さらに言えば一緒の場所で過すやつが欲しかった。だから息子、家族になればいいじゃないかって思いついたんだよ」
なんとも勢いで決めつけたものだ。こちらの意思など無視して連れ去ったっていうのに。
それから俺はこの屋敷で過すことになった。
持っていたい魔力がどれほどなのかをアビスは察し、それを制御するために毎日訓練をしたり、たまに料理をして失敗して笑い合ったり、はたまだ近くの森に住んでるエルフ族に話しにいったり……
一〇〇年程度そういった戦いとも魔界とも関係のない、あたかも普通の人間の生活をアビスと共に俺はしてきたのだ。
「今更ながら不満はあるか?」
すこし不安な声で俺に聞いてくる。
「何をいまさら。無理やり連れてこられてあんたっていう奴がどんな奴か知ってからはもう諦めたよ不満や後悔をすることをな」
「そ、そうか」
あると思っていたのか、俺の答えに少し驚きながらもホッとしているようだ。
それにむしろ……
「むしろ俺はあんたに感謝をしているんだ」
「感謝だ?」
「見ず知らずの俺を育て鍛えてくれて、こうやって話を聞かせてくれることに感謝をしてる。あの時一人ぼっちだった俺はあんたが来なかったらきっと不安に押しつぶされて破壊行動に身を任せて人間を襲っていたさ」
赤子が泣き叫ぶように感情の任せた行動をしただろう。当り散らしてどれだけの被害を与えていたか……
「だからさ、そんな心配するなって。あんたはあんたらしく豪華いいでっかい態度とってどっしりいつか来る勇者を待ってればいいんだよ」
「……はっ! ガキのくせに生意気な事言ってくれるじゃないか」
床に座ってる俺の元にアビスは来て問答無用に頭をそのでかい手でぐるぐり撫でてきた。
「だーーー! イテーっていってるだろバカ親父!!」
「おうおう、やっと親父って言ってくれたかバカ息子。うれしいねー」
「うれしいのわかったからやめろーーーー」
明らかに殺しにかかっている勢いで撫でるではなく頭をつかんで回してくる。本当にかんべんして欲しい……
それがアビスと俺の関係。
後で聞いたが、もしかしたら俺の魔力があまりにも強大過ぎて、それに恐れてこの世界に飛ばしたのかも知れないとアビスは魔界の上の奴らの考えを予想して伝えてきた。
未知数の力に恐れて、完全に制御されるまえにこの場からいなくならせてしまおうと考えたのか。聞いたときは信じられずにいたが、今にしてみればそうだったかもしれないと実感している。
けど、そんなことは関係ない。俺にとってはアビスと過す日々に満足していたし、むしろこうして出会えたことに感謝すら覚える。
それが俺の最初。
そしてこれからが俺たちの始まりにして今に続く話に繋がるんだ。