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世界とボーイ&ガール

 そう、これは呪いであり生贄であるのだ。わかっていても生きなければいけない。生きたいのだ。




「炎よ!」

「凍てつく氷よ!」

 幼き声が二つ、草原のように広い庭先に響く。

「は!? お、お前たち、ま、待て待て!」

 目の前にいるやんちゃそうな小さな少年の手から拳以上の大きさの火の玉が、勝気な表情の少女の手から鋭く尖ったつららが3本こちらに発射される。

「よけるなよ魔王!」

「つきささっちゃえー!」

「んなことできるかー!」

 先に来る火の玉をギリギリまで引き寄せ紙一重で躱す。

 しかし、予測していたのか避けた先にむかってつららが向かってくる。

「こなくそ!」

 右手に魔力をこめ炎をまとわせ、向かってくるつららをかき消すように手を振る。

 炎をまとった右手に溶かされるつらら。それと同時に視界を遮るよう霧が発生する。

「まだまだ!」

「っち!」

 威勢のいい少年の声が頭上から聞こえてくる。しかし、視界が遮られていて明確な位置が判明できない。

 とりあえず距離をとろうと後ろに飛び去る。が、

「こっちも忘れちゃいけないよ!」

「なにッ!?」

 地面を蹴ろうとした足が突然冷気を感じ凍りつく。そのせいで飛び去ろうとした勢いのまま後ろに倒れこむ。

 それを見計らったかのように霧の中上から黒い影が襲いかかってくる。

「でえええりゃ!!」

 はっきりと見えた時には持っている本人よりも大きは剣が今まさに斬りかかろうとしていた。

「南無!!」

「なに!?」

 剣の刃を止めようと両手で拝むように押さえ込み攻撃を防ぐ。

「まだ!」

「う、うわあああ……!」

 挟んだ手を剣を掴んだままの少年ごと横に振り剣を奪おうとする。

 しかしがっちりと握った手を離すもんかと少年は剣の柄にしがみついたまま宙を舞う。

「離さないというならば!

 それならばと、勢いそのままで挟んでいる手を離す。

「飛んでけ!」

「なーーーーーー……」

 霧の彼方へと空を飛んでいく少年。これでしばらくは構うことはないだろう。

 そう思った矢先、

「忘れないでよね!」

 地面が揺れているのを感じ、急いで凍っている足を魔力で溶かし勢い良く飛び起きその場から離れるように前にジャンプする。

「地属性か!」

「これでもダメ!?」

 揺れた場所から突然鋭い三角柱のような岩が盛り上がる。もしも倒れたままでいたら体に突き刺さりとんでもないことになっていただろう。

「ちょっとくらい手加減しろっての!」

「魔王なんだからこれくらいどうとでもなるでしょ!」

 文句を言いながら地面に着地する。

 辺りを覆っていた霧は徐々に晴れていく。

 凍っていた足は……大丈夫。剣を受け止めた手のひらも全然平気。まだまだ戦えることを確認する。

「なんで仕掛けてこないのよ」

「こっちが仕掛けたら勝負ならないだろ。なんたって世界中が恐れる魔王なんだからな」

「子供ふたりに必死のくせに」

「うっ……」

 ちょっと図星だった。子供だと侮っていたら意外といい線をいく攻撃を仕掛けてくるものだ。

 人間よりも長い尖った耳を動かし様子をみる少女。

 さっきの少年もそうだ。人間とは違う長い耳、金髪碧眼でこの世のものとは言えない美しさときらびやかさを兼ね備えた容姿。

「双子でもないくせに妙に息が合ってるな」

 動きを見せない少女を見ながら体をほぐすように準備運動をする。

「当然。生まれた時から一緒にいるんだから当たり前でしょ?」

「ということは、同じ誕生日ってやつか」

「そういうこと。もともとあまり子どもが生まれないエルフ族に、まさかの同じ日に生まれてくるなんてと驚かせた私たち。運命的じゃなーい?」

 どうやら少年のことが好きなようだ。運命に喜び嬉しそうにくねくねと体をくねらせる。

 運命か……そういう年頃なんだろな。

「がーーーー!」

 と、少年を投げ飛ばしたほうからやけっぱちな声が聞こえてくる

「炎の槍だ!!」

「あ、ならこっちは氷の槍!!」

 槍投げのように赤く激った炎の槍がこちらに向かって投げられる。

「避け……」

 ようとしたが、槍の向かう先には少女がいる。

 あいつ、周りを見ずに投げやがったな!

 このまま避けたら、今まさに魔力を練っている少女に当たること確実。しかし、もしかしたら当たる前に氷の槍が完成して相殺されるかもしれない。

「っち!!」

 なんて希望的なこと考えてる場合か!!

 即座に両手に魔力を溜める。炎の槍の威力を予測。それ以上を溜め盾を発生させ防ぐ!

「うらーーーー!!」

「もうか!?」

 右手の魔力で魔法の壁を発生させ炎の槍を受け止める。

 それと同時に少女の手から氷の槍が投げられる!

「これでどうだ!」

 どうだじゃないっての!自分の立ってる位置考えろ!

 こころの中で叫びつつも左手に溜めた魔力で壁を作り氷の槍を受け止める。

「ぐぐぐ……」

 いくら子供だからって、伊達にエルフ族じゃないな。

 魔法を使うことは段階さえ踏めば普通の人間でも使え、訓練さえすれば魔物たち以上の魔法を使うことだって可能だ。

 しかし、エルフ族は特別だ。生まれながらにして強大な魔力を内に秘め、制御することができるという。

 もともと大きな力を持っているためか、力に溺れないために魔法に依存することなく弓などで動物を狩り生活していると聞く。大きな力は救うことも滅ぼすことも容易いからな。

 しかし、この少年と少女はそんなことはいざ知らず、惜しげもなく自分の魔力を全力でぶつけてくると来たものだ。

「うそだろ……オレの全力を受け止めるなんて……」

「あたしの分まで受け止めるなんて……本当に魔王だ……」

 ふたり分の全力を受け止めていることに驚いたのか、少年と少女は呆気にとられてこちらを見ている。

「うおおおおお」

 両手に受ける二本の槍の魔力を相殺するように内にある魔力を手に集中させる。

「おら!!!!」

 そして一瞬目をつむるようなまぶしい光が庭に瞬く。




「やっぱすげーな魔王は」

「伊達に魔王って名乗ってないんだね。すごいや」

「は、はは。ありがとよ、っと」

 二人の槍を消し去ったあと、その場に座り込む。

 いつの間にか自分の横に少年と少女が近づいていて座っていた。

「なんでそんなに強いんだ?」

「毎日おいしいものでも食べてるからじゃない?」

「おいしいものね~。たまーに真っ黒になった魚を食べてるせいかもしれないな」

「げー。付き人さんって料理ウマそうに見えるけどな~」

「だよね~。完全で綺麗でなんでもそつなくこなして、本当に魔王の側近であるって感じがしてカッコイイんだけどな」

 レヒトのことを言っているのだろう。わいわいとレヒトのことを褒めて話す二人。

「あれでもな最初の頃はなんにも出来ないへっぽこだったんだぜ」

「「うそー!?」」

「嘘じゃないさ。やるべきことを一から教えるのは大変だったな」

 空を見上げ懐かしむように話す。

「俺自身生活能力が無くてな。伊達に魔王名乗ってないからさ、身の回りのことなんてほとんど出来なくて、そんなときにレヒトが来たんだが……」

 掃除の仕方が分からない、料理を一切したことない、洗濯?なにそれ初めて聞きました。って状態だったことを思い出し笑う。

「でもでも、なんだかんだで今は満足なんでしょ?」

「ああ、幸せだな」

「うわ、惚気ですか」

「ちげーよ! パートナーとしていてくれるのが幸せってことだ」

「ほんとかなー」

「絶対違うな。下心ありまくりだよ」

 変態、変態と声を揃えて二人は俺に言ってくる。正直心がきつい……

「そだ。気になったことがあるんだけど」

「……なんだ? これ以上俺をいじめるのか?」

「この程度じゃヘコタレないだろー。気合でどうにかすれよー」

 気合って……どうしようもできないだろ。

「もう、あたしが話してるの! ちょっと黙っててよ!」

「はいはい。それでなにが気になるんだよ」

「それ俺の台詞じゃね……」

 細かいことは気にしたらだめなんだろうな。とりあえず少女の話を聞くことにした。

「なんで魔王はここにいるの?」

「ここにって根城だからだろ?ラスボスは自分の家でどっしり構えて全体に指揮するのが当たり前じゃないか!」

「だーかーら! あんたに聞いてるんじゃないの! 魔王に聞いてるのよ!!」

 バシン!

「いた!?」

 勝手にしゃべる少年を叩く少女。仕方ないな。

「まあまあ。なんでここにいるか、だよな」

「そうそう」

 ふむ、どうこたえてやればいいかな。顎に手をあて考える。

「まず家だって言うのはあってるな。個々以外に家を持ってるわけじゃないし、下手に動きまわっちゃ周りのやつらから心配されるし」

「じゃあさ、どうして封印してるの? 外に見えないように周りの山からこの平原とか家とか森を隠してるでしょ」

「封印か……」

 封じ込めるている。この場から魔王を外に出さないため、封印内を外に知らせないため。強大ななにかを外に出さないため……

 色々な考えが浮かぶが、どれも難しい話になり少女を納得させることは出来ないだろう。

「臆病者なんだよ魔王は」

「臆病者?」

「そう。もしもなにも守られる物が無かったらすぐにやられてしまうからな。だから身を隠すためと身を守るためにこうやって空からしか確認できない四方山に囲まれ、なおかつ空からも侵入されないために封印を施しているのさ」

「ふーん」

「魔王って怖がりで臆病者なんだ」

「あ、ああ」

 自覚があることだが、改めて他の人から臆病だといわれるとなんか泣けてくるな……

「でもなんもしないよな魔王って」

「なんもって?」

「ほら、魔物たちに指令したり、自分から見本のように人間たちに恐怖を振りまいたり、そういう『恐怖の魔王』らしさがないっていうか」

「ああ、わかるわかる。こうしてみると普通の魔力の高いおっさんって感じだもんね」

「そうそう」

 妙に波長があってる二人。つか、俺はおっさんじゃない……

「俺自ら手を下さなくても他のやつらが優秀だからな」

「部下が優秀?」

「もともと俺たち歴代の魔王はここを移動しちゃいけないんだ」

「どうして?」

「確かにここから指令も出せるしなにもしなくても皆が好き勝手にやってくるれるんだが、俺には俺にしかできないことがあるんだよ」

 普段は目を逸らして気にしていない部分を話そうとする俺。自分がやらなければならないことの再確認だな。

「エルフの二人にはわかるだろうが、俺の自身にすごい魔力があること感じるだろ?」

「うん」

「うちの族長なんかと比べものにならないくらいスンゴイ量の魔力があるね」

「普通ならそれに恐怖するんだけどな……」

 誰だって自分より強大な力を持っているものが近くにいれば恐怖し離れるか、ひれ伏すはずなのだが、この二人はまったくそんな感じを見せること無く普通の態度で接してきてくる。

 子供だからか。なにも知らない……いや、純粋に自分に危害をあたえない奴だと感じているからだろうな。そこが羨ましいのだが。

「魔王がやることはこの星をシステムを利用して魔力を世界中の同志――魔物たちに与えているんだ」

「魔力を?」

「そうするとどうなるの?」

「そうだな……ご飯を食べるって考えてくれればいいかな」

「ご飯……みんな腹ペコなの?」

「ああ。自分たちで生きていくために人間を襲ったり、恐怖をエネルギーにして生きるものもいるが、それだけでは足りないんだ。だから俺がみんなに魔力を与えて生きていられるようにしている」

 厳密には違うが、事細かに伝えるものでもないだろうと考え食事をたとえに説明する。

「へー。じゃあお母さんみたいなものなんだ」

「違うだろ。自分の力を与えてるんだから親ってわけじゃないだろ」

「そうかなー」

「そうだって」

 親……そう言われればそうかもしれないな。

「親か。確かに俺自身新しく魔物を誕生させる力を持ってはいる」

「そうなの!?」

「すげー! じゃあ、自分の好きなように魔物を作れるんだ」

「まあな。だけど、スンゴイ魔力を使うのとかなり体力を使うからめったにやらないけどな」

 最後にやったのは……レヒトを造った時か。魔物とは違うけどなあいつは。

「とまあ、俺がいなくなれが自給自足のできない魔物達は全滅してしまうのだ」

「でもでも、自給自足できるやつらだっているんでしょ?」

「魔王がこの世界に来る前にだって魔物はいたってじっちゃんが言ってたぞ」

 そう。必ずしも魔物たちに魔力を与えなければならないわかではない。

「ああ。魔物っていうのはもともと負のエネルギーが固まって生まれてくるんだ」

「知ってるー。人間たちで言う嫉妬とか破壊衝動とか、憎しみとかそういうのでしょ?」

「あとは死んだ時に発生する未練とか、そういうのって動物や植物にだってあるじゃんかよ」

「それらが一箇所に固まって魔物へと変化する。だから昔から、生命が誕生した瞬間から魔物も一緒に誕生したんだ」

 どんなに倒そうとも魔物が減らない理由の一つはそれだ。どんなに殺してもこの星に生きるものがいる限り魔物は減らない。負のエネルギーが増えれば増えるほど魔物たちは活性化して凶暴になる。

 それに、魔王からの魔力供給も合わさって魔物は強くなっていくのだ。

「でもでも、いくら負のエネルギーが固まったからってそれイコール強いってわけじゃないんでしょ?」

「ああ。世界中に漂ってるからな。一箇所に集まろうともたかが知れる。魔王がこの星に来るまでは一部を除いて人間達にとってはそれほど驚異ではなかったんだ」

「じゃあなんで今の人間たちは魔物を恐れるんだ?」

「もう忘れたの? 魔王が星を利用して自分の魔力を魔物たちにあげてるって」

「それは食事だろ?食べたからって強くなるわけじゃないじゃん」

 そうだ。生きるための食事で強くなるんだったら誰だって強くなってる。

「食事って言うのはあくまでも例だ。性格には生命活動の維持と自分の力を与えて強くしているってことになる」

「なら最初からそう言えよ。食事だなんてまだるっこしいこといわないでさ」

「すまん……」

 つい謝ってしまう。まったく魔王の威厳というのはどこにいったことか。

「生きてる限り魔力の供給は続くの?」

「ああ」

「限度ってあるの?」

「調整はできるな。俺が我慢すれば少なくなって、逆にいっぱい上げようとすればその分たくさんあげれる」

「強くするのも弱くするのも魔王次第ってやつか」

「そうだ。偉いからな」

 過去の魔王が作ったシステム。用意された椅子に座っていれば勝手に魔物を使役し凶暴にさせ世界を支配することができる画期的な物。

 だがしかし、それは呪いであり

「生贄だよねそれって……」

 そう生贄でもある。

「どういうことだよ生贄って」

「だってさ、魔王いれば魔力をもらってなにもしなくても生きていける。けど、魔王がいなくなったら魔物たちは魔力をもらえずに死んじゃうってことだよ?」

「そんなの自分たちで補給すればいいじゃん」

「自分を維持するのに精一杯なのに、人間たちに襲いかかったらもっとエネルギーを使って自滅しちゃうじゃん!」

「あ、そっか。腹ぺこぺこなのにその状態で動いたらもっとお腹すいて動けなくなっちゃうのか」

「だから、魔王はこの世界にいる魔物たちを生かすために生きていなくちゃいけない。生きて魔力を与え続けなきゃいけない。だから生贄」

「その通りだ」

 たとえ世界を恐怖で支配しようともそれで生きて行けるのはそんなにいない。常に魔王からの魔力を補充しなければ弱いもの達は生きていけないのだ。

「こうして二人と話すだけでも世界中の魔物に魔力を行き渡っているんだ」

「けど、魔物が強くなったら人間たちは……」

「いっぱい死んじゃうね……」

「悲しいことだがそうだ」

 魔物がいれば人間たちは死んでいく。当然のことだ。

「魔王は人間を襲わないの?」

「俺か?俺は……」

「魔王って言ってるんだから人間をよく思ってないだろ!」

「そうかな……なんかそんな気が全然しないんだよね」

「どうなんだよ魔王?」

 俺は……

「憎しみってのはな、奪えば奪ったものが抱く感情なんだ」

 突然なにを話しだしたのかわからずに首を傾げる二人。

「命を奪うというのは誰かから恨みを買い、復讐で心を染めてしまうんだ」

「それがどうしたの?」

「俺は……一度大切なもの奪われていてな。そいつらを恨み復讐しようと強く憎んだんだ」

「闇に心を染める……みたいな?」

「ああ。たとえこの身が滅びようとも人間たち全てを根絶やししてしまおうと思ったさ」

 奪われた。大切だった。いつまでも一緒にいられると思った。愛していた。

 けれど、人間だ地は俺の目の前からそれを奪っていったのだ。それを憎まずしてなにを憎むのだ。

「けどな、同時に大事なものを教えてくれたんだよ」

「大事なもの?」

「どこかで止めるものがいないとそれは無限に続く。恨み、憎しみだけでは誰も側にいてくれない。みんなに嫌われ一人ぼっちになってしまうってな」

 一刻の感情ですべてを終わらせてはダメ……あなたのその優しさを忘れないで……

「俺自身争いは好まない。平穏な世界を望んでいるんだ」

「でもそれだと、ほかの魔物たちが……」

「示しがつないよな。魔力を与えるってことは間接的にも憎しみを生むことに加担しているわけだし、こうして生きているだけでも勝手に魔力は世界中をめぐり魔物たちに力を与えている」

「なにもしなくても憎しみは生んじゃうのか……」

「悲しいよな。いっそ自分という存在がなくなってしまえばいいんじゃないかってさえ思った」

 俺がいなくなれば魔物たちが消え憎しみの連鎖は消せる。たとえ元からいた魔物たちや強いものが残ったとしても人間たちの進化には耐えることは出来ずに討伐されてしまうだろ。それで終りだ。

「でも出来なかった。俺には同族を殺すことなんて出来ない……この手で誰かを失わせることなんてできなかった」

「………………」

「……魔王」

「だから俺が今出来ることは生きるってことだ。生きて同志を生かすこと。たとえ間接的に憎しみを生むとしても、犠牲を出すとしても、それでも耐えて生きていかなきゃいけないんだ……」

 人間たちに恨みはない。とは言えないが、無駄な殺生は好まないんだ。あいつを奪った人間たちだが誰だって平穏な世界を望んでいるはずだ。

 なにをすれば正解なのかは知らない。どんなに長く生きようとも答えは見つからない。

「現実から目を背けてるよ魔王」

「自分は関係ないって世界を見ようとしてない……」

 悲しい表情で俺に現実を言ってくる二人。

 こんな小さな子にだって俺が間違っているとわかっているんだ。犠牲のない世界なんてない。世界はいつだって二択、どちらかしか選べないんだってことを。

「魔王はなにを望むの?」

「自分の存在すら否定できないのに、自分がしてることすら目を背けてどうするの?」

「俺は……」

 先代のように世界を恐怖に陥れるだけの感情があればよかった。同族すらも犠牲にしてこの星に生けるもののため消滅できればよかった。

 どれだけ俺は臆病なんだ……

「……お前たち」

 迷う俺に二人は両端から抱きしめてくる。

「ごめんね……」

「ごめん……」

 今にも泣きそうな顔でギュッと抱きしめてくる。

 なにをしているんだ俺は。こんな小さな子を泣かせてしまうなんて。

「おまえたちはなにも悪くないさ。俺が臆病なだけ。はっきりしないだけだから」

「でも」

「だけど!」

 気にするなと言うように抱きついている二人を離し頭をなでる。

「悪い魔王っていうのはな、いつか現れる勇者によって倒されるんだ」

「勇者?」

「この世界を悲しませるものを許さない勇気ある者。平和を望み戦うものさ」

 先日来たリブレスが言っていた。あと二つ拠点が潰されると封印がとかれると。

 そうなったのならあいつが動き出す。そういう役割を任されているあいつが勇者たちをここへと先導してくる。そうなったらこの時間は終りだ。もう闘うしかないのだから。

「悪い魔王……」

「じゃあ、良い魔王は?」

「良い魔王?」

「そうだよ! 良い魔王だったらどうなんだよ!」

「お前みたいな魔王も勇者に倒されるのか?

 俺みたいな……俺は良い魔王なのか?

「だって自分から世界を恐怖させようとしないじゃん」

「自分から人間を襲おうとしないじゃな」

「「なら良い魔王だよね!」」

 二人は口を揃えて言う。

「何もしない俺が良い魔王なのか……」

「なにもしないわけじゃないじゃん!」

「優しすぎるからなにもしてないだけでしょ?」

 違う俺は……

「まあ、ヘタレだからしかたないか」

「そうだねヘタレだもんね」

 なにを納得したのか二人は俺に向けてヘタレと言い続ける。

「あ、もうこんな時間!」

「やっべ帰らなきゃ!」

 いつの間にか太陽が山に沈み、赤く綺麗な夕陽が辺りを照らしていた。

 それを見て二人は立ち上がり帰ろうとする。

「また遊びに来るからな魔王!」

「それまでせいぜい立ち直ってろよ魔王!」

 気落ちしてる俺を励ますように二人思い思い勝手なことを言う。

「お前たち……」

「「またねー!!」」

 二人の再会の約束は世界に響くような大きな声だった。

 そして二人は山の方へと駆けて行く。

「また……か」

 あいつらの気まぐれさに救われたのだろうか。少し心が軽くなった気がした。

「またね……ですか」

「レヒト」

 隣から突然声が聞こえた。

「いつの間に来たんだ?」

「ちょうど今ですよ」

 いつもの見知った顔。当然のように隣にいる大切な存在。

 風でなびく髪を片手で押さえつつ優しい目で俺を見てくる。

「なにかありましたか?」

「どうしてそれを聞く?」

「いえ、どこか嬉しそうにも、けれど苦しそうに見えたので」

 その瞳は俺の心情を察しているかのようだった。 どこまでお見通しなのだろうなこいつは。

「誰だって悩みはあるさ。ただ、あいつらと話してちょっとは前を見なきゃいけないんだってことに気づかされただけだ」

「前……ですか」

 そうさ、いつまでも現実から目を背けていられない。苦しいかも知れないけどちょっとは勇気を出さなければ。

「前には……私はいますか?」

 しかし、不安そうな声でレヒトは問いかけてくる。

「レヒト?」

「………………」

 どうしてだろう。今日のレヒトはいつもと違う気がする。 儚く、いつの間にか消えてしまいそうな……存在が薄い気がする。

 少し考えぼそっと答える。

「前……にはいないな」

「………………」

「だが」

 自然と手が動いていた。

「あ……」

 ギュッとレヒトの左手を握る。そこに確かに存在していると認識するように。ここにいてもいいのだと安心させるために。

「前にいては手を繋ぐことはできないだろ? 隣にいてくれなければこうして存在を確かめることは出来ない」

 暖かな手は確かにそこに存在しているのだと証明していた。

 どんなに不安になったとしても、こうして自然と側にいれくれるレヒトがいてくれれば前を見れる気がする。

「だからお前はいつまでも俺の隣に居てくれ。後ろでも前でもない。こうして俺を俺だと認識させるためにも、俺の正しさのためにも……お前の優しさを、温もりを感じさせてくれ……」

「我が王……」

 握った手のひらをギュッと握り返してくるレヒト。恐れなくてもいい。ここにいてもいいのだと安心できる小さな手。

「ふふ……」

 突然笑いだすレヒト。

「なにがおかしい?」

「いえ、一人称が俺に変わっていますよ我が王」

「あ……」

 そういえばそうだった。いつもなら“私”のはずが、いつの間にか“俺”になっている。

「いえ、いいのですよ我が王。むしろ私はその方が好きです。無理をしていない感じがして」

「無理……?」

 そうなのか? 俺は無理をしていたのか?

「ええ。魔王であるため威厳のために“私”と言っていたのではないでしょうか」

「………………」

「ですから私は今のほうがいいと思いますよ。本来のあなた、“シュバルツ”自身であると感じられます」

「俺自身……か」

「ええ。我が王」

 俺自身……らしさ、か。

 ずっと俺を見てくれたそんなレヒトの言葉で、なにか大切なものを取り戻した気がした。

「なら、我が王ってのもダメだな」

「え?」

 俺が“俺”ならば、

「こうして二人っきりのときはシュバルツ、と呼んでくれよレヒト」

「そ、それは!」

「俺が俺であるなら、レヒトの呼び方だって変えてくれたっていいだろ? 我が王なんて周りのヤツらだけで十分だ。隣に居てくれる奴までそう呼ぶのは違和感を感じるな」

 これはわがままなのかもしれない。でも、今なら少し変われる気がした。

「それに俺はお前の創造主でもあるんだぜ? それくらいいいだろ」

「命令……ですか?」

「いや、これはお願いだ。一緒にいてくれるからこそのお願いだ」

「………………」

 うつむいて考えるレヒト。しかしすぐに顔を上げ

「わかりました。シュバルツ……様」

 恥ずかしそうに頬を赤く染めながら俺の名前を呼ぶ。

「あ、ああ」

 その表情があまりにも可愛い過ぎてつい顔をそむける。

 お、男だよな? 俺は男として造ったんだよな? い、いや、羽の件もある。イレギュラーで女になっているかも知れない! だ、だがそれを聞くのは創造主として気がひける。なぜ把握してないのかと疑われる。

「シュバルツ様?」

「あ、ああ。うん。日も暮れてきたことだし屋敷に戻るか」

 ごまかすように繋いだ手を引っ張り屋敷へと歩き出す。

「ちょ、ちょっと、どうしたんですか?」

「気にするな。ああ、気にするな。気にせずまずは飯にしよう」

 自分で造った者に恋愛感情を抱こうとするなんて間違ってる。ああ、間違ってる。

 ……本当にそうなのだろうか? 無意識にでもそういう目で見ているのでは?

 俺は……なにをしたいんだろうな。





 世界も……レヒトも……自分も……どうしたいのかわからないなんて……。

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