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疑問のダージリン

「先程はなにをお考えになっていたのですか?」

 静かに、どこか優雅に紅茶をカップに注ぎながら素朴な疑問を私に聞いてきたレヒト。

「先程?」

「ええ、目をつむりまるで眠っているかのように私の声に反応がなかったものですから、なにか考えていたのではないかと思いまして」

 レヒトは話をしながら紅茶が入ったカップを私のもとへと置き、テーブルを挟んで対面側に座る。

「もしかしたら勇者の誕生に気づいて、なにか対抗策でも考えていたのでは……なんて考えたのですがどうなんですか?」

「ふむ」

 疑問を言いながらもレヒトは私になにか期待を求めているようだ。そこまで理知的に、そして好戦的に見られているのだろうか。

 生まれてこの方、それほど戦を経験したことのない未熟者の私に多くを期待するなど……いや、過去をしらないレヒトにとってその期待は仕方ないか。

「買いかぶりすぎだよレヒト。このシュバルツ、生まれてそれほど戦を経験したことなどない。まして、さっきもいった通り慌てる必要なんてないのだから、日常から過敏に勇者のことなど考えたりはしないよ」

 一口紅茶に口をつける。うん。相変わらずレヒトの入れるものは私を満足させる。

 レヒトはもともとはただ側にいて欲しいがために造られた天使。人間にしようかと思っていたがなにかミスをしたのだろう、白く輝く鳥のような羽が生え、まるで天使のような容姿になってしまった。

 当時はなにも調べようともせずに、ただ失敗作ができてしまったと悔やんでひどく当たったものだ。今では十分に満足しているのだが。

「一応は世界を恐怖で包み込める力を持つ“魔王”なんですから自分を倒す者のことを考えるべきですよ!」

「しかしだな……」

「しかしも司会もあったものじゃありません! やはりたるみ過ぎていますよ我が王よ……」

 茶菓子をつまみながら私の行いに呆れるレヒト。お前は私の母か。

 造ってから長らく共に過ごしているが、いつのまにこんな世話焼きな性格になったのだろうか……どっちが主でどっちが従者かわからなくなる時がある。

「それで、先程はなにをお考えに?」

「そこで話を戻すか……」

「それで?」

 やたらとしつこく聞いてくる。どうしてそこまで気になるのだろうか不思議てしょうがなかった。

「なぜそこまで聞いてくる? そんなに楽しい話ではないぞ?」

「それは、少しでも王のことを知りたいからです」

「私のことを?」

「はい。生まれてこの方あまり王のことを知ることがなく、日常の生活でしか王のことを知ることは出来ないのです。だから日常とは別の時の王を知りたくて」

 今にも迫るような勢いで次々に言葉を重ねるレヒト。

「いつも見ている王は、惰性でやる気が無く、真面目な表情をしたかと思うとしょうもないことばかり私に頼み、今だってそう。本当なら王と共にこうやって夕陽のもとに紅茶を飲むことは通常ではありえないはずなのにそれを許している。やろうと思えば世界の一つや二つ支配できるだけの力があるのにそれを使おうとしない。だから私は王の考えを一つでも多く聞きたく、知りたく思うのですが間違いでしょうか?」

「お、落ち着けレヒト」

 ついにはテーブルに手をつき身を乗り出して答えを求めようと私に迫ってくる。あまりの勢いに身を引いてしまう。

 中性的な顔立ち。男……として造ったのだが、前の失敗もありもしかしたら体の構造が女になっているかもしれない。確かめようにももしも女だったときを想像したら気まずさのあまりしばらく話ができないと思い確認できないでいる。

 確かに、レヒト自身に聞けばいいのだが、それはそれで作った本人としてのプライドが許されない。いや、「まさか私を造った王が私のことを知らないなんてそんなおかしなことありませんよね?」と迫られるかもしれないという不確定要素に怯えてるだけなのだ。怒ると結構怖いんだよな。

「本当にしょうもないことだぞ? それでも聞くか?」

 本当にどうでもいいこなので一応確認を取る。

「いいですよ。少しでもいいんです。我が王のことを知りたいのです」

 しかしレヒトは迷いも無く頷く。

「仕方ない。そこまで言うなら話てやるよ」

 カップに入っている残り少ない紅茶を香りを楽しむように一口で飲み切る。レヒトが次を入れようと席を立とうとするが片手でそれを止めさせる。

「レヒトはどうやって私を自分の王だと認識した?」

「王を認識? それは見ればわかるじゃないですか。私の瞳に映るのも。それが私の記憶にいる王と一致する。だから王であると認識してますが」

なにを当然のことを。と当たり前のようにレヒトは目の前にいる私のことを王と認識する。

「そうだ。見たものと記憶が一致すれば“それ”はその者にとって“それ”と認識するのだ」

「それが?」

「では、もしも目が見えない、または見ることの出来ない場所にいる私を認識するにはどうする?」

「それは……」

 考えこむように顎に手をやる。

「私自身が王のもとに行く……ではないですね。もしも場所を知らなかったらいけないし。声、そう、声が聞こえたなら可能です。声が耳に入り、王のものと一致すればそれは私にとって王であると認識できる」

「まあ、及第点だな。そう、音や声を聞いて認識することもできる」

 もしもそれがなにかに録音されていたものを再生させていた場合は違うだろう。とは言わないでおこう。またややこしくなる

「つまりは魔法もそうだ。実際に感じる、見る、聞く。そうして初めて認識される。世界に“そうだ”とされるのだ」

「は、はあ」

「認識とは信じるだけではいけない。人から“そうだ”と聞いても実際に経験してみなければ現実にあるとは認識できない。つまりは非現実などこの世界にはありえないのだ」

「あれ、話が繋がらないような……」

「そうか? 現実に起こる、魔法が現実に侵食して変化を起こす。そうすることで認識して変化した世界が現れる。非現実だと自分が認識したことのないこと、信じていなかったことが起ころうとも、起きた時点で現実となるのだ」

「だから非現実はない……と?」

「そういうことだ」

 なにも難しく考えることなどない問題なのだがな。と最後に付け足して置く。

 ポカーンと放心してこちらを見つめるレヒト。なにも問題はない。こうなるとこは想像出来たのだからな。

「それは先程考えていたこと」

「そうだ」

「そんなことを……」

「どうだ、つまらないだろ

 我ながらつまらないことを考えていたものだ。退屈でしょうがない。けれども、今の日常ほど大切な時間はないと思っているからこそついこんなつまらないことを考えてしまう。

「本当につまらないですね」

 呆れてなにも言えなくなると思ったが、レヒトはクスクスと笑いながら感想を言う。

「なにも考えてないと同じさ。私はこのなんでもない退屈な時間が大切なだけ。お前といられるこの時間が、な

「それは愛の告白にも受け取れますよ我が王よ」

「少しくらい頬を染めてもいいと思うのだがな。まあ、いいさ」

 お互いに笑いあう。そう、なんてこともないこの一時が私は好きなのだ。

「さて、そろそろ片付けましょうかね」

 真っ赤に燃え上がる夕陽が山に沈み切りそうな時間。辺りも薄暗くなってきて明かりが欲しくなってきた頃合いだ。

「レヒト」

 片付けを始めたレヒトに声をかける。

「なんですか我が王?」

「……もしも立場などという関係がなくなったのなら」

「……王?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 お前は私とどんな関係を望む?

 それはもしもの話。だから今言うことに意味はなく、終りがくるその時まで答えは聞きたくはなかった。

「私はいつまでもあなたの隣にいますよ」

 迷いの無い言葉が聞こえてきた。

「造られた存在。王と従者の関係。なにも関係ありません。私はただあなたの隣にいたいだけです」

「隣……」

「あなたを守るために。心も体も。この生活が終わるのはわかっています。いつかなんて不確定ですが、それでも私たちはここに存在しお互いを認識している。それが“現実”じゃないですか。確かなものなのです」

 ですからと言葉を繋げる。

「なにも不安になることはありませんよ。私は最後まで側にいます。私の終りまで、あなたの最後まで。それが今から未来へと繋がっていく現実です」

 沈む夕陽に照らされた笑顔が私に向けられる。天使のほほえみ。あまりの美しさに言葉を失った。

「さて、明日は来客があります。たとえ封印されていようとも知り合い達には関係ないようですので覚悟しておいてください」

「覚悟って。そんな大層なもの必要ないだろ」

「いえいえ。重大なことですよ。一瞬でも封印が解けるってことはなにか外部からの侵入者が訪れる可能性だってあるじゃないですか」

「イレギュラーってやつか。ま、かかってこいだ」

 もしもそんなことが起こってしまったのならそれもいいだろ。平穏の中の不意打ち。なにか刺激的なことがなければ本当に退屈なのだからな。

「いつだって世界は予測のちょっと斜め上をいくものですよ我が王」

 なにか悟っているような一言を残しレヒトは片付けたものを棚へと移すために一旦部屋をでようとする。

「ふ、だからこの世界は楽しいのだろう。非現実を望むその瞬間がな」

 天井を見上げ過去を思い出す。あの頃では考えたことのなかった現実が今起こっている。

 それでも私はまだ生きているのだ。まだ、世界は生きろと言っている。

 そんな午後のひととき

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