始まりのティタイム
この世界に非現実なことは起きない。
たとえ今までの人生全てで経験したことの無い事象がこの瞬間に起きたとしても、その瞬間『認識』してしまえばそこで『現実』となる。
魔法、魔術の類がそうだ。
理屈、感情、気、星、時間、力。言葉では表せられないことを現実に具現化させ変化を及ぼす。現実を侵食し様々なものに影響を及ぼす。
ただそれを認めることが出来なく、認めたくなく人々は『非現実』なる言葉に表す。
自分とは違う生物を見た時もそうだ。
たとえ自分と共通する部分が無くとも、そこで呼吸している、動いている、触っている、変化を起こしている。ただそれだけで非現実は現実へと変わる。
認識。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、その他。いわゆる五感と呼ばれるものとそれに属さない第六感がこの世界を作っている。
一人一人の意思、一つ一つの意思。世界は誰かに見られ、なにかを見て存在するのだ
「……う。……おう。我が王」
誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。そう、求めることもまた世界を形成するうえで必要なことでもある。自分と違うからそこに興味を持ち求める。無いものを求めるのは一つに欲望と呼ばれるものでもあり――
「我が王よ!また考え事でありますか」
突然耳に大きな声が聞こえてくる。あの声は私を求めていたのか。
「なんだ騒がしい」
「騒がしいではありません。急用なのであります」
声のなる方へ目を向ける。そこにはよく見知った者が怒りと呆れを混ぜたような表情でこちらを見ていた。
彼……と呼ぶのが正しいだろうか。男とも女とも取れる中性的な顔立ちに、サイドの髪を肩まで伸ばし後ろ髪は馬の尻尾のような形に細いリボンでまとめている。一見したら女に見えるだろう。実は結構好みである。
「急用?私を使うほど急ぐものなどあるのか?」
「いえ、王の手をわずらわせるほどのことではないのですが」
「ならば騒ぐな。お前にできないことなどないはず。そういう風に作ったのだからな」
もう話は終りだと思い、私は座っている椅子に深く身を沈め睡眠に入ろうとする。
しかし、彼はそうはさせないと言葉を続ける。
「頼みますから話を最後まで聞いてください!本当に急を要する事なんです」
怒りから本当に困ったような表情になる。コロコロと表情を変えるさまを見るのが実は楽しみなのだ。まあ、本人には言えないが。
「わかったわかった。何事だ?」
仕方ないと話を聞くことにする。
コホンっと一つ咳をし
「各地域にいる同胞からの報告です。勇者が現れたとのこと」
「ほう、勇者か……」
勇敢なる者。人々を生活を脅かす者を討伐し平和を与える希望。
悪あるところに正義あり。光さすところ闇あり。
「ついに来てしまったのですね……」
「ふん。当然だろう。私たちがいかに行動しなかろうが、世界中にいる自分勝手な奴らが行動する。そして必然的に世界は闇に沈みそれを振り払うために勇者は現れる。いつの世も決まっていたものだ」
「そうですが……」
当然のことを当然のように私は言う。そうすることで彼の抱いてる不安や恐怖を振りほどけるならばどんな言葉だって紡ぐだろう。
「なんだ怖いのか?」
「それは……はい」
「素直だな。悪者とは思えないほど意気地がなく素直で真っ直ぐ過ぎる」
自分とは違うものを望んだ。だからできるだけ勇者のような光のある者に近い存在に私は彼を作った。
白い衣装を纏い、背中には天使のような白銀の二対の翼が輝く。少々まぶしく作りすぎたのかも知れない。
しかし、だからこそ私はここにいるのだと実感できるのだ。彼のおかげで私は悪だと認識できる、悪でいられるのだ。
「よし。そんなお前に命令だ」
「はい! なんなりと!」
彼は沈んでいた心を振り払うように背筋をピンと伸ばし指示を待つ。さながら犬のようであった。
「我シュバルツが命ずる。汝リヒトよ、直ちに午後の紅茶の用意をしろ!」
「は!」
私の言葉を受け、彼――リヒトは即座に部屋を出ていこうとする。
「……え? 紅茶の用意?」
扉に手をかけた時、自分のすべきことに疑問が浮かんだらしい。当然だろうな。
「そうだ。今私は眠い。考えすぎて脳が糖分を欲している」
「は、はあ」
「それに窓を見よ。見事な夕日であろう」
部屋にある窓を指差し外に注意を向けさせる。
空が燃えているようにも見える赤。遠くに見える山に沈もうとする太陽が最後の命を燃やそうとしているようにも見える。
「もしかしたら勇者の登場を祝っているのかも知れないな」
「うれしいの……ですか?」
「ほう、そう聞こえるか?」
「は、はい」
嬉しい。そんな感情がまだ残っていたのか。いや、そう聞こえてしまうほどに私の声は浮かれているのだろうか。
「ならばなおさら。早急に紅茶と茶菓子の用意をせい。午後のお茶会としようではないか」
「そ、そんな呑気でいいんですかね」
「なにを言っている。私が慌てて動いたところで同胞たち焦ってしまうではないか。そうなっては奴らの思うツボ。だからのんびり構えていなければな」
焦りはすべての行動の邪魔をする。皆を信じ待つこともまた戦いなのだ。
「わかりました。我が王がそういうのならば私は信じて今できることをするしかありませんね」
「頼んだぞ」
返事をしリヒトは部屋を出て行く。これでこの部屋にいるのは私だけになる。
たった一人いなくなっただけで部屋が広く感じるのは彼に依存しているせいだろうか。それともそれほどまでに心が弱っているということだろうか。
彼をこの世界に誕生させ認識して数十年。不満と感じたことは一度と無い。それほどまでに私を私でいさせてくれる。感謝しつくせないだろう。
椅子から立ち上がり、窓へと近づく。
まだ聞いただけだ。実際に見るまではこの世界に勇者が降臨したとは言い難い。なにも焦る必要はない。
「何百年ぶりだろうな」
若気の至りと歴代の王の仕業で今こうして誰にも知られずに生きていられる。
世界を欲しいと願ったことはなかった。
世界を滅ぼそうとも望まなかっった。
全てを0にしようとも考えなかった。
ただ望んだのは平穏。変化のない世界。変わらないこと。
しかし、生まれながらに持つ力はそれを否定した。
それが始まり。
それが終り。
「さて、なにを望むのだ世界よ」