転生性女は癒したい!勘違いサキュバスと行く癒し旅
聖女になりたいと願ったら性女に転生したサキュバスと、
現地民インキュバスの慰問の旅。勘違いコメディです。
「あの、つかぬことをお伺いしたいのですが、私って"せいじょ"ですか?」
道端で倒れていた女を介抱してやると、その女は意識を取り戻した途端に意味不明な質問を投げかけてきた。
薄桃色のツインテールが風に揺れ、先っぽがハート型の尻尾までついている。そして肌面積の多い服装に反して体型は妙に寸胴ではあるが……どう見てもサキュバスだろう。
「まぁ、大枠で言えばそうなんじゃないか?」
そう答えると、女は目を輝かせた。その反応があまりにも素直すぎて面食らう。ツンケンしているサキュバスばかり目にしてきたから、こういうタイプは珍しい。
「本当ですか!? やったぁ……! 私、前世で生贄にされちゃったんですけど、不憫に思った神様? が最後に願い事を聞いてくれたんです。だから、みんなを癒せる“せいじょ”になりたいってお願いしたんです!」
前世が生贄とは、それが本当なら相当ヘヴィな話だ。しかもせっかくの願い事を「サキュバスになりたい」に使うなんて、普通に考えたらイカれてる。
もしかしたら頭がヤバい奴かもしれない。同胞だと思って気まぐれで助けてしまったが、あまり深入りしない方が良さそうだ。
「そうか、頑張れよ。じゃあ俺は先を急ぐから――」
「あの! 私、この世界のこと何も分からないんです。これも何かの縁だと思ってお付き合いいただけませんか?」
「いや、俺は急いでいるんだよ。これから慰問に行かなくちゃなんねぇから」
「慰問、ですか? それなら私もお役に立てませんか?」
――確かに。頭は残念そうだがこいつも一応はサキュバスだ。向かう先の仕事を思えば、人手はいくらあっても困らない。
「大いに役に立つと思う。アンタはみんなを癒したいんだよな?」
「はい! 前世では薬師だったんですけど一人前になる前に生贄に選ばれちゃいまして。だから今世では思う存分力を奮いたいんです!」
「そりゃ良かったな。きっと今から向かう先ならアンタは引っ張りだこだぜ」
なにせ目的地は、魔界の荒くれどもが集う修羅の村。
最近、人間どもと小競り合いを繰り広げたばかりの最前線なのだから。
モモと名乗った女は、俺からは何も聞いていないのに道中ずっと喋り続けていた。
「生贄に選ばれてからはずっと閉じ込められてたんです。だから誰かとお喋りするのがとても久しぶりで!」
生贄という単語から想像もつかないほど明るく振る舞う姿に、こいつが本当に転生者なのか、それともただの妄想家なのか判断がつかなくなってくる。
だが、正直どっちでもいいので話半分に聞き流す。慰問さえ問題なくこなせれば、こいつの正体がなんだろうが関係なかった。
「この世界の“せいじょ“って魔族なんですね。ユルさんも人間じゃないですよね? 私の世界には魔族なんていなかったので、新鮮です」
「そうなのか。種族という意味では、俺もアンタと似たようなもんだよ」
「え! じゃあユルさんは“せいじん”なんですね! 先輩って呼ばせてください!」
――インキュバス。まぁ、そうとも言えるのか?
そしていきなり先輩扱いされたが悪い気はしなかった。協会ではずっと底辺で燻っていた身ゆえに、『先輩』なんて呼ばれる機会は皆無だったからだ。
「別にいいけど」と、ついぶっきらぼうに言うと、モモは満面の笑みを浮かべた。
「それにしても、こちらの世界の“せいじょ”は、とっても変わった格好なんですね……! ちょっと恥ずかしいです」
「ん? 魔族がいないならアンタの世界には性女はいないんじゃないのか?」
「そうなんですか? 私も本物は見たことなくて、本で知っただけなんです。荘厳な衣装で“せいなる力”を発揮し、人々の体も心も癒すそうですよ。だから憧れちゃって……!」
世界が違えば、文化も装いも異なるものなのだろう。
「ふぅん」と生返事を返すと、モモは「あ、村が見えてきました!」と楽しげに指を差した。
見えてきたのは寂れた村だ。だが、ただの寂れ方ではない。
少し前に戦場だったことが一目で分かる痕跡が、村のあちこちに残されている。傷んだ防御柵には焦げ跡や血痕がべっとりとこびりついていた。
「これは……随分と酷い有様ですね。私の力が必要な人がたくさんいそうです」
沈痛な顔をしながらもどこか期待に満ちた目をしている。外見からは想像もつかないが、こいつ、もしかして相当な好きモノか?
俺たちが村に一歩足を踏み入れると、見張り台で暇そうにしていたスケルトンがこちらに気がついた。隣から「骨が動いてますね!」と感心したような声が聞こえてきたので、慌ててその口を塞ぐ。
「なんだぁ? ここはガキの遊び場じぇねぇぞ。さっさと帰った帰った!」
「慰問に来たんすよ。ここを治めてる奴に挨拶したいんすけど?」
「慰問だぁ? 半端者のインキュバスとガキんちょサキュバスに務まるのかねぇ?」
スケルトンの軽口に、モモは「インキュバス? サキュバス?」と首を傾げる。
俺がこそっと、「こっちの世界じゃ性女のことをサキュバスって呼ぶんだよ」と教えてやると、「なるほど!」とポンと手を打った。
「大丈夫です、皆さんを癒したい気持ちは人一倍です!」
「そ、そうかい。魔族相手だってのに随分と熱心な奴だな。他の夢魔どもは何かと口実をつけて来やしねぇのに」
そりゃ人間相手なら精気を吸い出すこともできるが、同族相手じゃ得られるのは瘴気だけ。ただの慰みものになりに来る奴なんてそうそういないだろう。
こんな夢魔にとって劣悪と言える環境にやって来るのは、モモみたいな好きモノか、俺みたいに協会の命令に逆らえない半端者くらいだ。
「デズモンド様は今は留守にしてらっしゃる。酒場にいる連中の相手でもして待ってるんだな」
「りょーかいっす」
「戦ばかりで気が立っているからな。せいぜい殺されないよう頑張るこった」
そうカタカタと骨を震わせながら話すスケルトンを無視して、俺たちは最初の慰問先である酒場を目指す。
これからどんな目に遭うことやら。想像するだけで気が重くなる。
夢魔という特性上、ヤること自体には抵抗はないし、嫌いじゃない。
だが、相手が戦の後の瘴気に塗れた魔族となると話は別だ。命の保証はなかった。
酒場の扉を開けると、むわっと酒の匂いが全身を包み込んできた。
中に足を踏み入れると、賑やかな室内の喧騒が一瞬止まり、「ちわー」と挨拶した俺に鋭い視線の嵐が向けられる。
確かに、こりゃ殺気立っている。溜まった瘴気を晴らしてやらないといつ暴走してもおかしくない雰囲気だ。
「夢魔協会から派遣されてきたユルっす。こっちはフリーのモモ。みなさんオツカレサマ」
「はぁ? 協会からの派遣がたった一人だと? しかもお前、半端者じゃねぇか!」
「そっちのガキんちょは何だ? 俺たちはナイスバディの姉ちゃんを一ダース送れつったんだぞ!」
想定通りの反応に、俺は「ハハッ」と乾いた愛想笑いを返すしかない。
そりゃ文句も言いたくなるだろうが、人間との戦が始まってから協会も人手不足なのだ。上の決定には逆らえない俺に言われても困る。
「私ひとりでも皆さんに癒しを与えられるよう頑張ります! さぁ、まずは何をしましょうか。元気になりたい人はいませんか?」
やたら張り切るモモに対し酒場の連中は生暖かい視線を向けるばかりだったが、その沈黙を破ったのは、顔面に大きな傷の入ったミノタウロスだった。
酒を一気に煽り、「俺が相手してやらぁ」と低く唸るように声を上げる。
「まだ初心そうじゃねぇか。他の連中の手垢が付く前に味見させろや」
「お、さすがは新人食いのミノさんだね!」
「あー……そいつあんまり慣れてないと思うんで、お手柔らかにお願いしますわ」
「はん、聞こえねぇなぁ? おら、行くぞ姉ちゃん!」
そう言うと、ミノタウロスはモモの手を掴み、ずるずると二階へ向かっていった。恐らくそのための部屋があるのだろう。これから行われるであろう行為に、俺は心の中で祈りを捧げるだけだ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、モモは振り返って明るく笑う。
「頑張ってきますね!」
その無邪気さに一瞬だけ後ろめたさを覚えた――ような。うん、気のせいだろうな。
「そっちの半端者はどうすんだよ? 人間臭くて敵わねぇぜ」
「あー……ミノさんが満足したなら、あっちの女に相手してもらえばいいんじゃねぇか?」
半端者と罵られるのには慣れている。それに、相手をしなくて済むならラッキーだ。モモには悪いが、あいつも「癒したい」と連呼していたんだから本望だろう。
「酒酌みくらいしやがれ」という罵声を浴びながらヘラヘラと応じていると――突然、二階から野太い雄たけびが響き渡った。
……さっきのミノタウロスだろうか? 酒場の全員が興味津々で二階に目を向けている。
「おいおいおい、どんな凄いテクを持ってやがんだ、あの女……!」
程なくして、扉が開く音が聞こえた。ふらふらと階段を下りてきたのは――瘴気が完全に抜け落ち、すっかり賢者の顔になったミノタウロスだった。
あまりの変貌ぶりに、周囲から生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえてくる。
「ミ、ミノさんどうだったんだ……?」
「――悟りを開いた気分だ」
その言葉に「うぉぉぉ!?」と歓声が湧き上がる。後から下りてきたモモは、服装の乱れもなく整然としたまま、「スッキリされて良かったです~」と満足げに笑っている。
「……おい、こんな短時間でどうやって満足させたんだ?」
思わず小声で問いかけると、モモは何でもないようにエヘッと笑った。
「お部屋でも『聞こえねぇなぁ?』って言ってらっしゃったので、耳かきしたんですよ。すんごいのが取れましたし、最後にせいなる力を込めてフッって息を吹きかけたら、気持ちよかったみたいです」
「…………」
そんなんでいいのか、魔王軍の精鋭サマ方は。
だが、詳細を知らない酒場の連中が「次は俺だ!」と次々に手を上げて猛アピールをし始めた。
その数の多さに少し困惑したモモが、「あ!」と声を上げ両手を打つ。
「いっぺんにお相手するのは難しいので……まずは元気になるお薬を試してみませんか? 私、薬作るの得意なんですよ」
「く、薬だって? 俺ら相手になんちゅーアクドイことを……胆が座ってやがる……」
「特製の黄金水なんですけど、とっても美味しいんですよ? ちょっと準備してきますね」
「お、黄金水だと!? マニアックすぎるだろおい……!」
「見学させてくれよ! 作ってるところをよぉ!」
「駄目ですよぉ。秘伝ですし、恥ずかしいじゃないですか。あ、キッチンで色々お借りしますね」
モモは焦らすような笑みを浮かべながら、両手に荷物をたくさん抱え、再び二階へと姿を消した。
先ほどまで殺気立っていた連中は、ただ静かに彼女の帰りを待つばかり。あまりの変わりように俺も呆れるやら感心するやらだ。
手持ち無沙汰なのでキッチンでツマミを作っていると、階段の方から軽快な足音が聞こえてきた。両手鍋を抱えたモモが満面の笑みで戻ってくる。
「お待たせしました! いっぱい作ったので皆さんにも――わぁっ!?」
突然、鍋を抱えたままバランスを崩したモモが、思いっきり蹴躓く。
鍋は空中を一回転し、その中身が勢いよく飛び散って――下で待ち構えていた連中の顔面に黄金色の液体が降り注いだ。
これはさすがに粗相が過ぎるか? 逃げる準備をしていると、こぼれた液体を受け止めた連中の顔に、次第にどこか恍惚とした表情が浮かび始める。
そして、奴らの身体から瘴気がスーッと抜けていくのがハッキリと見えた。
「甘ぇ! こんなうまいもん、飲んだことねぇぜ……!」
「なんだ、体が軽いぞ……? 今ならいくらでも人間を殺せ――……いや、果たして殺す必要があるのだろうか?」
「確かにそうだ。人間も俺らと同じ命を持つ、いわば同族なのではないか?」
「争い合うなんて、愚かすぎる。今すぐこの地を放棄すべきだ……!」
「そうだそうだ!」と次々に同意の声が上がる。
瘴気どころか、魔族特有の闘争本能まで鎮めてしまうとは……なんたる力なのだろう。
言うだけあるじゃねぇか、とモモに目を向けると、彼女は屈託のない笑顔で「みなさん林檎がお好きで良かったです!」とガッツポーズを決めていた。
「――これは何の騒ぎだ!」
モモの「こんな空気が悪いところにいるから体が悪くなるんですよ!」という鶴の一声で、全員が酒場内の清掃に勤しんでいると、どうやらこの村の親玉である吸血鬼が戻ってきたようだ。
「デズモンド様! 私たちは生まれ変わったんです。これからは緑化運動に励むべきです!」
「農作しましょう、農作! 人間から奪うよりもずっと平和的です!」
あれだけ荒くれていた連中の口から次々とこんな言葉が飛び出してくるものだから、吸血鬼は完全に目を剥いていた。
きっと血に飢えたこの連中を宥めるのに苦労してきたはずだ。今の有様に困惑するのも無理はない。
どうやら一番まともそうに見えたらしい俺に吸血鬼は勢いよく振り向くと、「何があったんだ! というかお前らは誰だ!?」と問い詰めてきた。
「夢魔協会から派遣されてきたものです。そっちのフリーのモモの施術で、皆さんすっかり気持ちよくなったご様子っす」
俺が淡々と事実を述べると、吸血鬼は目をパチパチさせながら、まるで信じられないと言った様子で首を振った。
「せ、施術とは……いったい何をしたんだ。答えろ、娘!」
「せいじょの力の片鱗を皆さんにお見せしただけです。えと、デズモンド様? も随分とお疲れのご様子ですね。私、せいなる力を込めたマッサージも得意ですよ!」
「それは……性感マッサージと言うことか……!?」
「はい!」
吸血鬼の喉が「ごくり」と鳴る音が、妙にはっきりと聞こえた。
彼は促されるまま、モモと一緒に二階へと昇っていく。
その姿を見送りながら、俺はなんとなく心配になって後を追うことにした。
そして、閉ざされた扉の奥から聞こえてきたのは――。
「――ま、まて! 刺激が強すぎる! 落ち着け、頼むからこれ以上は――!」
懇願するような絶叫だ。
同じように後をつけてきた連中と顔を見合わせる。
これはまずいかもしれない――そう思い、慌てて扉を開けると、そこには完全に昇天しかけている吸血鬼と、これでもかと肩を揉み続けるモモの姿があった。
「どうですかぁ? 痛くないですか?」
「いいいいいい、力が、不可思議な力が体に入り込んでくるるる……! こ、このままでは逝ってしまう……!!」
「ここのツボを押すと運気が良くなるそうですよ。えいっ!」
「ひぃぃぃいぃぃぃ!」
情けない嬌声を上げ続ける吸血鬼を見ていると、こちらがいたたまれなくなる。
せめてもの慈悲として扉をぱたんと閉め、俺たちは一階に戻り、熱い茶を啜ることにした。
しばらくして――。
額から流れる汗を手の甲で拭いながら、足取り軽くモモが階段を下りてきた。
その後をキリッとした顔つきで追いかけてくるのは、ここの親玉である吸血鬼。どうしたことだろうか、少し若返ったようにも見える。
「――私が間違っていた。戦などと言う野蛮な行為は即刻止めるべきだ」
吸血鬼のその一言に、「うぉぉぉぉ!」と歓声が酒場中に湧き上がる。
ここで、ようやく思い至る。
モモの"せいなる力"とやらの正体――。
神父とサキュバスの間に生まれた俺だからこそ分かる。
あれ、聖力だ。
なるほど、聖なる力を持つ性女様か。
ようやく合点がいった俺は、そっと席を立ち酒場から抜け出そうと足を踏み出す――が、背後からぎゅうっと抱きつかれた。
「先輩! 私、皆さんのことをいっぱい癒せたみたいです!」
「そうか、夢が叶って良かったな」
「はい! それで、魔王城にはもっとお疲れの人がいるそうなんです。一人じゃ不安なので、先輩も一緒に付き合ってください!」
「絶対嫌だ。断固断る。俺は面倒ごとに巻き込まれたくないんだ」
俺がきっぱりと拒絶すると、酒場中から非難するような野次が飛んできた。
「連れてってやれよ先輩さんよぉ!」
「モモちゃんの頼みだぞてめぇ! 殺されてぇのか!」
「嫌だっつーならお前に俺たちの相手をしてもらうぞ!」
――それだけは嫌だ。こんなに楽な慰問はこれまで無かったのだ。
モモに目線を落とすとキラキラとした瞳でこちらを見つめてくる。
その純粋さに眩暈を覚えながらも、頭の中でメリットとデメリットを必死に天秤にかけていると――不意に、首元にぷつりと何かが触れる感覚がした。
「お前に拒否権があると思うのか……?」
吸血鬼の冷たい声と共に、長い爪が首に軽く食い込む。
「謹んでお受けします」
すっかり篭絡された吸血鬼にまでそう言われては、もはやどうしようもない。命あっての物種である。
こうして、俺たちは魔族共に見送られながら魔王城へ向かうことになった。
「えへへ、私の力で皆さんを助けられて良かったです! ……生贄とか争いとか、そんなのが無い世界にしたいですね!」
「そーだな……」
「頑張りましょうね、先輩!」
「おー……」
モモの無邪気な声を聞き流しつつ、俺は心の中でひっそりと考える。
こいつの聖なる力、まさかと思うが魔王様にも通用するんじゃないだろうな?
もし浄化でもされてしまったら……人間と魔族の争いはどうなってしまうんだ?
――いや、考えるのはやめよう。
ただの半端者の夢魔である俺にとって、この世界の情勢など考えるだけ無駄な話だった。