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第六章.修行

「・・・っはぁっ!?はぁ・・・っ!!はぁ・・・」

 次に目が覚めた時には、藁の上で仰向けになっていた。

 少女、エマは、身体を起こした。飛び起きたと言うのが正しい表現だろうか。自身が感じた苦しさを抱え、いずれにせよ身体を起こした。

 数分ほど呼吸困難を起こし、嗚咽を繰り返しながら何度も呼吸した。

 しばらくして、落ち着いた頃。顔はそのまま固定して、目だけを動かした。

 それは周囲を見渡すためでもあったし、状況を理解するためでもあった。

 エマの隣には、同じように設置された藁があり、その上にはフローテが眠っていた。

 エマは、過去を追憶した。一体、何が起こったのか。ほうきであの少年少女。赫怒、悲愴、歓楽から逃げようとした。あの場で、一番、最善な行動をとったつもりだった。

 しかし、振り向いた瞬間に。

 その三人の魔力が一瞬にして増幅したのを最後に、視界が途切れた。

 あれはなんだったのか。そして自身はどうなったのか。身体は痛くない。フローテも隣にいる。呼吸も安定している。

 死んではいない・・・と思う。そんな、曖昧な情報しか、得られなかった。

 エマは、再び周囲を見渡した。西洋じみた暖炉に、プロペラのついたシーリングファン。それに一つのロッキングチェアと、西洋のそのまた田舎の、おじいちゃん家のような、そんな雰囲気があった。

 窓からは夕陽が差し込んでおり、部屋の中を赤く、染め上げていた。

 夕日を直に見てしまった為、エマは眩しさに目を窄めた。

 すると、どこかから、足音が響いた木材を踏み締めるその音が、窓を介すようにエマの耳に届いた。と同時に、窓から差す夕日が、黒い影によって、途切れたのを見た。

 エマは、窓の外で、黒い影が窓を通り過ぎていくのを、目で追った。

 そのエマの視線の先には、茶色と橙色で構成された、いかにもモダンな扉があった。

 すると、さもありなん。エマが瞬く間に、モダンの扉は開かれた。

 キィ。といった木の軋む音と共に、外の夕陽が部屋に直射日光という形で入り込む。

「エマ、ですね」

 途端、声がした。透き通った声だがハリがあり、はっきりと聞き取れた。

 その声の正体は、姿をエマの視界に入るよう部屋の中に入るなり、つぶやいた。

「・・・あなたは?」

「リルア。あなたたちの師匠、マリアの旧友です」

「師匠の・・・?」

「えぇ」

 エマの目に映ったそのリルアと名乗る人物の姿見は、そう、"金色の髪の毛を靡かせ整然と魔女服を着こなしている大人の女人"だった。魔女特有のお洒落である巨大なとんがり帽子も被っており、まさに魔女を体現しているような。魔女そのものだった。

 しかし、エマは警戒を緩めなかった。なぜなら、師匠、マリアと数年間を共にしたエマでさえ、友人などという単語すら聞いたことがなかったからだ。

 金髪の女人はそんなエマの様子を見て、「・・・信用できませんよね」と呟くと、部屋の中を一歩一歩と歩いて行き、暖炉から数メートルの場所に置かれているテーブルに手を伸ばした。

「これで、どうでしょうか」

 金髪の女人はそう言うなり、手のひらをエマに見せた。その手の中には、一つの、たった一つの、ロケットペンダントがあった。

「・・・?」

 エマはそれを受け取ると、ロケットペンダントを手のひらに乗せ、金髪の女人を見やった。金髪の女人は頷き、エマは開いた。

「・・・師匠、?」

 ロケットペンダントの中にいたのは二人。現在目の前にいるリルアと名乗る女人と、エマの実の師匠。マリアだった。

 エマは、その写真を見るなり、金髪の女人に向かって、頭を下げた。

「申し訳ありません。師匠の旧友とは露知らず。失礼な態度をとってしまいました」

「気にしないで。そんな改まらなくていいですよ」

「わかりました」

 エマは続けた。

「リルアさん・・・でしたっけ。私たちに一体なにがあったんでしょうか」

「・・・わかるはずよ。いくら子供でも、あのマリアの弟子なら」

「・・・・・・」

 エマは俯いた。それは考える為でもあったし、意地悪だな。という言葉が頭に浮かんだからでもあった。

 まず、再び思い出してみる。あの時、視界が真っ黒になった。原因は二つ考えられる。一つ目、瞬きする間もなく殺され、人生に幕を閉じた。二つ目は───

「転移魔法・・・でしょうか」

「正解よ」

「けど・・・」

「なにかしら?」

「・・・いいえ、なんでもありません」

「そう・・・」

 こんな感じのどこか掴みどころのない気まずい雰囲気を漂わせ、会話は終了した。

 エマは思い出した。視界が暗くなる瞬間。その時になっても、"三人"以外の魔力が感じなかったことを。

 しかしそれは、物事の確信に触れるようで、どこか気味が悪かったので、口を塞いだ。

「その・・・」

 エマが閉じた口を再び開いた。

「助けていただき、ありがとうございました」

「いいのよ。"あれ"はイレギュラーだったから」

「イレギュラー・・・?」

「えぇ」

 リルアはそう言うと、一歩一歩とゆったりと部屋の中を歩き始めた。

「今はまだ言えないけれど、そうね、簡単に言うと被害者・・・かしら」

「被害者・・・」

「そう、被害者。あの場にいた四人の子供たち。あれは長によって作り上げられた、可哀

想な孤児たちよ」

 リルアはそう言うと、少し、どこか悲しそうな顔をした。その表情を見るなり、エマは真剣な面持ちをした。

「ばあああああああ!!」

 途端、モダンな部屋の中に、恐ろしく元気な声が響き渡った。

「死んじゃう!!エマああああああ!!!!」

「うっさい」

 その声の正体は、フローテだった。唐突なフローテの絶叫により、リルアは驚愕した様子でフローテを見ている。

「元気ねぇ・・・」

「すみません・・・」

 エマはそう呟くと、フローテの頭を掴み一緒に頭を下げた。

「ゔぇ!?ここはどこ!!??」

 エマがフローテの頭を前後に大きく振り回したおかげか、フローテは正気を取り戻した。

「ってええええ!!??あなた誰ですか!!?ってええええええ!!??エマが生きてる!!エマああああぁ・・・」

「マジでうっさい」

 エマはフローテのおでこにチョップを一撃。するとフローテは「痛いよぅ・・・」と言い、リルアは微笑んだ。

「そうね、少しお話ししましょうか」


「つまり、私たちを間一髪のところでリルアさんが助けてくれて、気絶した私たちをリルアさんのおうちであるこの場所に運んでくれたと・・・」

「表現かわいいな」

「そうね〜」

「・・・ってことはリルアさんは私たちの命の恩人じゃあないですか!ありがとうございます」

 フローテはそう言うと、頭を下げた。エマとリルアは苦笑いをした。礼儀正しいのやら元気なのやら。どちらにしても、元気で騒がしい子だな。と二人の目には映った。

 リルアは立ち上がると、棚から何かを取り出し始めた。その手には、アンティークで蝶柄の、なんともお洒落なティーカップが握られていた。

 どこかから取り出したティーポットをカップの方に傾け、その中の紅茶らしきものをカップに注ぎ始めた。

「あの・・・」

 リルアの行動を一通り見て、エマは不安混じりに言った。

「私たちはこれからどうすればいいのでしょうか」

 すると、「うーんそうねぇ」と言い、ティーカップを啜った。

「今のあなた達では、あの三人に勝てません。それなりに力をつけなければなりません」

「力・・・」

 フローテは俯きながら言った。

「けど、力なんてどうすれば・・・今の私たちに、出来ることなんて依頼の攻略ぐらいですし」

「簡単よ」

 リルアはニヒルに笑った。

「私に、魔法だけで勝って見せなさい」

「・・・え?」


 三人は、まず食事をとった。リルアが焼いてくれたお手製の柔らかいパンを食べ、二人は腹を満たした。

 食事を済ませると、外に出た。

 エマは辺りを見渡した。周囲にあるのは、木。それだけ。どうやら、この場所は、森林の中にあるらしい。それっぽい道と、広場があるくらいだ。

 エマは聞いた。

「えっと、魔法を、当てるだけでいいんですよね?」

「えぇ」

「どんな魔法でもいいんですか?」

「えぇ。構わないわ」

 エマは、リルアと対面状態になった。お互いに向き合い、杖を向けている。

 エマの隣には、フローテがいた。いつでも魔法が撃てるよう、杖を構えて。

 そして、動いた。

 最初は、エマとリルアが同時に動いた。エマは風魔法で風の刃を放ち、リルアはそれを回避すると共に宙へ浮いた。

 ほうきも杖もなしに。

「えうぇ!?」

 フローテが情けない声を出したと共に、エマがそれを追撃した。

「あ〜ら〜・・・当たらないわねぇ」

 リルアはその追撃を、空中で難なくとアクロバティックな動きで回避する。

 エマは放心してリルアを見上げるフローテに真剣な面持ちで目線を送った。

 フローテはそれに気がつくと、真剣な表情をして杖を再び構えた。

「えぇい!!」

 フローテは空中にいるリルアに"風魔法"を放った。

 理由は二つ。一つは、空中にいる相手にお得意の氷魔法はあまり有効的ではないこと。二つ目は単純に風魔法の魔力消費が少なく、エマに合わせやすいこと。

 フローテはエマの魔法を撃つタイミングに合わせて氷魔法を放った。

「いいわねぇその調子よぉ」

 リルアはそう言ってまたもや魔法を全部回避した。

「当たらない・・・」

 エマはそう言いつつも、氷魔法を放ち続けた。フローテも同様だった。

「けど、」

 リルアが言った。

「あなた達、"全く"なのね」

 刹那。エマは、それを見た。否。見えなかった。リルアを目掛け、魔法を放っていた、その瞬間。リルアが、消えた。

 そして、エマの近傍に、ふわっと、現れた。

 さらに、エマの体が宙に浮かぶ。エマのみぞおちに、強烈な痛みと、衝撃が走った。

「うっ・・・」

 そして、ひんやりとしたその感触に、吹き飛ばされた。

 エマはそれを見た。丸い形をした、氷の球体だった。それを、押し付けられたのだ。

 フローテはリルアが空中にいないこととエマが魔法を撃つのをやめたことに気づいて、エマの方を見た。

「・・・!!エ・・・」

「次はフローテちゃんねぇ」

 棒立ちのフローテの視界の中に、唐突に、リルアが現れた。

「っ!!」

 慌ててフローテは身を退く。

 が、そんな束の間。フローテも、エマ同様、吹き飛ばされた。同じくみぞおちに強烈な痛みが走った。

「うっ・・・!」

 この間。僅か五秒ほど。二人は、なすすべもなく、吹き飛ばされた。


「あら、やりすぎちゃったかしら」

 エマとフローテは、二人並んでみぞおちを押さえていた。

「うぅ・・・痛いよぅ・・・」

「・・・普通に・・・負けた・・・」

 リルアは俯きながらそう呟く二人を見て、「あらあらぁ」と苦笑いを浮かべていた。が、その空気に耐えかねたのか、口を開いた。

「ま、まあ、初日ですものね。これからですよ!これから!!」

 リルアが二人に向かってそう宥めるも、二人は呻きながら俯いたままだった。

 先に口を開いたのはエマだった。

「リルア・・・さん。これは、なんの、特訓なんです・・・か・・・」

「え、えっとねー、一応マリアの旧友である私と魔法だけで戦っていたら、いずれ強くなるかなって〜・・・」

 その場に沈黙が流れる。

 とてつもない気まずさだった。

「でも、正直に言うとね」

 リルアは真剣な面持ちで言った。

「今の二人じゃ、私には勝てない。二人には、私と同じかそれ以上に強くなって欲しいのよ」

 エマとフローテはお互いに顔を見合わせて頷いた。

「けど、私たちじゃリルアさんに何回挑んでも勝てませんよ・・・見ての通りこのざまですし」

 その謙遜混じりの反応を見てか、リルアはふふっと笑って見せた。

「だから、これから毎日。私があなた達を指導します」

「「指導・・・?」」

「えぇ」

 そう言うとリルアは歩き出し、そして二人に背を向けた。

「一ヶ月」リルアは声のトーンを下げて言った。

「一ヶ月で、私を超えてもらいます」


 深い深い森林の中。鳥や虫の囀りや鳴き声が響き、それに呼応するかのように、木々は風に揺られ、雨は降り、果たしては猛獣が草木を揺らし、揺らされた葉はゆらりゆらりと地に堕ちた。

 エマとフローテの魔法は、次第に強くなっていった。扱いが上手くなった、とも言えるだろう。以前までは草木を揺らし雑な魔法に仕上がっていたエマの風魔法が、今では、草木を揺らさず、一点に魔力を絞って放つ離れ業を身につけていた。

 そして、それはフローテも同様である。以前まで氷魔法を地面から生やしたり手から生成したりすることしか出来なかったが、今となっては空気中の水を凍らせて、空中いかなる所でも氷魔法を生成させることが出来るようになっていた。

 二人は、リルアに、約一ヶ月の修行を受けた。より正確に言えば、指導。という形だった。

 魔法を生成する際に乱れが生じた場合、速攻やり直したし、それを乱れなく出来るまで繰り返した。

 魔法の種類についても勉強もしたし、それを実践したりもした。

 しかし、エマとフローテ、二人の問題点は他にあった。

「・・・!!うぉっ」

 情けない驚きの声を漏らしたエマは、その場に尻餅をついた。

 リルアはそれを上から眺めるように見下していた。

「二人とも、ダメですね〜・・・バリエーションが無さすぎます」

 リルアは軽いため息を吐くと、続けた。

「いいですか?二人とも魔法のバリエーションが無いんです。単調、と言ったほうがいいでしょうか、エマだったら風を刃にする。フローテは氷で相手を足止めする。発想はいいんです。けど、それだけではいけません」

 リルアが「見てて下さい」と言い、右手を翳した。

 二人はそれをどこかぼーっとしながら眺めていた。

 リルアが手を翳した瞬間。一瞬にして、エマですら見たこともないような多種多様な魔法が現れた。風の刃、突風、鎌状の疾風、氷の刃、大量の氷の球体、そして地面から生えている巨大な釘状の氷などなど、様々な魔法を一瞬にして生成してみせた。

「えー・・・」

「うわぁ」

 二人はこんな感じの小学生かと思えてしまうような声を出した。あっけに取られたのだ。

「風は風でも沢山の応用が利きます。風の刃に拘っていてはいけません」

 二人して確かになぁと思いつつも、それよりすげぇなぁの方が勝っていなくも無さげだが、二人は結局関心を示した。

 毎日二人はこのようにリルアに魔法を教わった。何度も失敗し、何度も立ち上がった。リルアはそれを、決して無下にしなかった。

 エマとフローテが出来るまで、何度も何度も教え、高度な魔法の技法でさえも、教授した。

 そうして自然と一週間が過ぎ、二週間、三週間と、時間が風の如く過ぎ去っていった。

 

 そして、一ヶ月が、経とうとしていた。

 エマとフローテは、広場にいた。

 二人が横に並び、杖を握っていた。

 目の前にいるのは当然、師匠の旧友。マリアだった。

「フローテ!!」

 エマは叫んだ。エマの声は木々に反響して、まるで狭い箱の中のように、響いた。

「あいよっ!!」

 二人同時に左右に散る。これは、アストラルドームの最終アスレチックや、喜悦との戦いの際に使用した戦法だった。

 二人同時に、走り出し、リルアを挟み撃ちするように距離を詰めていった。

「ふふっ、何度やっても同じことですよ」

 リルアは笑う。しかし、それを見るなりフローテも笑い、杖を突き出した。

 リルアの視線がフローテへと向かい、注意が逸れた。が、

「あらぁ」

 リルアは跳躍し、フローテが空中に生成した氷魔法を回避した。

 リルアが宙に浮き、今度はエマの方を見た。現在、地上でフローテの攻撃を待っている所だろう。リルアは学ばない二人を見て、困ったものですねぇと当惑していた。

「今回も、残念な結果になりそうですねぇ・・・」

「いいえ、そうでもないですよ」

「・・・!!」

 リルアがエマの方を見た。地上で見上げているはずのエマを───

 エマは"見下ろした"。杖を向け、リルアの頭に向かって風魔法を生成する。

 リルアの髪が揺れる。靡く。

 リルアは未だに状況を理解できていないのか、驚愕の表情をしながら振り向く。

 エマは放つ。魔法で生成した風の球を。

───が、その魔法は、空を舞った。

「!?」

 エマは驚愕する。なぜだ。完全に裏をとった。死角だったはずだ。

「危ないわねぇ」

「・・・!」

 エマは、箒を使わずに振り返った。

 そこには、リルアの手があった。

「うっ!!」

 エマの鳩尾に再びダメージが入り、落下する。

 落下しながらも、エマは叫んだ。

「・・・師匠!!」

「・・・!?」

 リルアは落ちていくエマをありえないといった表情で見下ろしていた。

 そして、リルアの後ろで、氷の鳴る音がした。

 リルアは慌てて振り返る。

 そこには、何も、なかった。

「っはぁああああああ!!!!」

 瞬間、フローテがリルアの背後に入り込み、杖を掲げた。

 そして───


「よく、ここまで──────」

 

 エマは、仰向けで地面に横たわっていた。

 上空では、もう既に決着がついていた。

 リルアの喉元に杖を掲げ、ひんやりとした冷気を首に当てている。

「、っ!」

 フローテは、杖を掲げる手を下げ、杖をどこかへ消し去った後、両手で顔を覆い、どこか他人事のようにリルアを見つめていた。

「やったああああああああ!!」

「ふぅ・・・よかったぁあ・・・」

 エマは四肢を広げ、目を瞑った。

 勝った。師匠、マリアの旧友、その本人に。


「よく、ここまで成長しましたね」

 三人は、部屋の中に入った。リルアが紅茶を淹れ、三人分机に置くと、エマとフローテはありがたく頂戴し、一礼してから紅茶を口へと運んだ。

「本当に、よくここまで辿り着きました。しかもたった一週間で」

「いぃえぇ〜?それほどでもぉ〜?」

「調子に乗り過ぎ」

 エマが脳天に軽くチョップをかましたところで、リルアが「ふふっ」と笑い、カップを置いた。

「でも、本当によく頑張りました。これで残すは後一つ」

「「?」」

 エマは頭に疑問符を浮かべ、訊いた。

「あ、あのぉ・・・これで修行は終わりでは・・・」

「えぇ、けれど、もう一つやることがあります」

「もう一つ?」

「えぇ、あなた達は強くなった。私を下せるほどまでに。けれど、まだ、足りない」

「足りない?」

 フローテが訊いた。

「・・・今のあなた達じゃ、まだあいつらには勝てない」

 リルアは少し冷徹に、そして少し優しげに、呟いた。

「エマ、あなた、まだ"本気を出していない"わね?」

 場が凍りつく。フローテがありえないくらい素っ頓狂な顔でエマを見ている。

「え、何言ってるんですか、私は本気ですよ」

「あらそう、やはり自覚していないのね」

「?」

「あなた、本来の魔力は今の二倍ほどよ」

「え」

「えぇええええ!?」

 フローテがエマより大きな声で雄叫びを上げた。

「嘘!!エマそんなに強かったの!?」

「いやいや、そんな自覚ないし、そもそも、それが本当なのかすらもわからな──────」

「本当よ?」

 リルアが食い気味に言った。

「だから、することがもう一つあるの」

「することって、なんですか?」

「杖よ」

「杖?」

「そう、杖。エマ、あなたの杖はあなたのものではないわね」

「え、まあそうですが、なんで知ってるんですか?」

「まあマリアとは旧友だったもの。わかるわよ」

「はあ」

「まあそれは置いておいてあなたの杖を取り戻す必要があります」

「はあ、でもどうやって?師匠は行方不明ですし、私も見当つきませんよ」

「いいえ、わかるわ。グラウス・エルデンよ」

「グラウス・エルデン?」

「えぇ、そこの一貴族に売買されたって訊いたわ。そこを当たってみて」

「わかりました」

「え、リルアさんとはもうお別れなんですか!?」

「えぇ、そうなるわね」

「・・・一ヶ月、ありがとうごばいばびばああ・・・」

「泣かないの」

「だって、色々お世話になったじゃない?エマがおしっこ漏らしたり、三Pしたり・・・」

「してないし脳みそ真っピンク過ぎでしょ・・・」

「うぅだってぇぇ」

 フローテはややあって、泣き止んだが、その後遺症からか、鼻を啜っていた。

「ってことで、リルアさん、ありがとうございました」

 エマが一礼して、ずぴずぴと鼻を啜っていたフローテの頭を掴んで前後に振った。

 リルアは座標が示された地図をエマに渡すと、手を振って見送ってくれた。

「不思議な人だったね」とフローテ。

「フローテも大概だけどね」とエマ。

「けど」

 フローテは空を仰いだ。

「優しい人だったね」

「そうだね」

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