第三章.アストラルドーム
魔女殺し集団ミクロス襲撃事件から数週間。エマの傷は癒えていた。
グラウス・エルデン。その街を離れ、再び、首都ナザリアに戻ってきていた。
毎日のようにフローテがお見舞いに来て、おかげで即刻退院することが出来た。
エマは、普段通りの生活に戻った。が、即依頼を受けるということはせず、ただ街を散策するのみだった。
所謂、休暇。
世界を跨ぐ旅は一時中断している。
エマは前と同じく、ドーナツを頬張っていた。
「ねぇ、なんで太らないの?」
率直な疑問をぶつけたのは、隣に座っている赤髪の少女。フローテだ。
「体質?ってやつ?」
「うっわムカつく」
「勝手に聞いて勝手にムカつかないの」
「だってムカつくんだもん」
「あっそう」
エマはいつも通り軽くあしらう。
フローテはその反応に慣れているのか、何故か呑気に鼻歌を歌っている。
平和だなぁと思いつつ、この平和が続けば良いのになとも思っていた。
エマはフローテと、街を観光した。ここ最近はずっと依頼と治療でまともに観光することも出来なかったので、ようやく。といった感じだ。
秋がかっていた木の葉も、もう既に枯れきっており、枝の上には雪が積もっていた。
この街は完全に、雪景色と化していた。
冷ややかな白が降り注ぎ、その白は地面に落ちては溶け去った。また、その降り注いだ白は、人の肌へと落ち、エマやフローテの体温に溶かされ、反対に体温を奪った。
それは冬の訪れを表しており、同時に、秋の終わりであることも表していた。
エマとフローテはとある公園に来ていた。
雪が積もり緑が隠れ、その上から人の足跡がついている。
公園では、子供が雪合戦をしていた。
雪合戦。文字通り冬に舞い落ちる雪を使った遊び。雪を丸めて手のひらサイズにし、それを投げて相手に当てるゲームだ。
エマとフローテは、公園の東屋にいた。木製の柱と屋根のみで構成された雨しのぎの場である。体を休める場でもあり、そこには対面で六人程が座れる広さの椅子が設置されていた。
二人は、その椅子に腰掛けていた。
「子供の頃、家族で雪合戦とかしたわよねー」
「そうだね、私の場合は師匠との思い出しかないけど」
「お師匠様と雪合戦したの?」
「したよ」
「どんな感じだった?」
「んー⋯こう、魔法で有り得ないくらい雪玉を生成して同時にぶっぱなしてきた」
「⋯師匠ならやりそうね」
「うん」
対面で何気ない話をした。自分たちの師匠と交わした言葉の数々。教わった魔法の話。
それが、二人の普段の会話内容だった。
「でね、お師匠様ったらスライムを捕まえてゼリーを作ろうと──────」
普段通りの会話を重ねていたが、フローテの言葉は遮られた。「うぐっ!?」という声とともにフローテが仰け反った。
「あー!お姉ちゃん真っ白おばけー!」
フローテの顔面には、白く混じり気のない雪があった。子供が雪玉をフローテ目掛けて投げたようだ。
「おうおうガキどもー何してんのー」
エマは棒読み気味に言った。が、
子供の「えいっ!」という声とともに、雪が飛んできた。エマはフローテ同様雪を顔面に被った。ぼふっという効果音さえ聞こえた気がした。
「あはははは!お姉ちゃん2人とも真っ白おばけー!」
「おばけおばけー!」
「あははは!顔真っ白ー!!」
一瞬。エマとフローテの意見が一致した気がした。
よし。こいつら潰そう。と。
雪を払いながらフローテは言った。
「ねぇねぇ君たちー、私たちも混ぜてくれる?」
「あははは!真っ白おばけがなんか言ってらー!」
「「⋯⋯」」
エマの頭からブチッという効果音が聞こえた気がした。エマはとても絶妙な苦笑いを決めていた。
エマは立ち上がり、手のひらを上に向けた。すると、フローテが魔法で雪玉を一つ作った。
優しく優しく、丁寧に綺麗に。そして、整った円形の形をした雪玉が出来上がった。
冷たいそれを素手で握って、エマは子供に向き直った。
先程の苦笑いは満面の笑みに変わっていた。
「ふぅ⋯」エマは確かに言った。
「⋯せいっ!」
そして、子供のうち一人のおでこに直撃した。
「うわああああ!真っ白おばけが襲ってくるぞー!!」
「待てークソガキどもー」
フローテは座ったまま雪玉をエマの手のひらの上に生成している。エマは笑いながらそれを投げ子供たちは逃げる。
「逃がさんぞー」
子供たちを追いかけるエマの声は、とてつもなく、棒読みだった。
「──────はぁ、疲れた⋯」
「エマ、すごい勢いで子供たち追いかけてたもんね」
「やっぱ子供は苦手だな⋯」
「それは同感よ」
二人は、子供たちに惨敗したあと、公園をあとにした。子供たちは皆エマから逃れるため散開して逃げた。エマは一人一人着実に雪玉を当てていったが、雪玉を当て倒した子が他の子を狙っている間に復活しエマが根負けした。公園に積もっていた雪は子供たちやエマの足跡で踏み潰され、地面には煉瓦の一部が露出していた。
公園の後に訪れた場所。それは、街の中心街にある、一つのドームだった。
ドームの広さは、約四万六千七百五十五平方メートル。容積は百二十四万立方メートル。
学校やプールに設置されている二十五メートルプールが約百二十個入る計算だ。
それ程までに、このドームは広かった。
ドームの名は、アストラルドーム。この街唯一のアスレチック専用ドームだ。
アストラルドームを利用する人相は様々だ。
遊びの為にやってくる子供から体を動かしたいご老人まで、様々だった。
アストラルドームは、全年齢対象だった。子供向けコース、大人向けコース、上級者向けコースの三つに分かれている。
エマとフローテは、上級者向けコースに足を踏み入れていた。
何故なら彼女らは魔女。魔法のプロである。
クリアする事など造作もないことだ。
そう、入場した時の彼女らは思っていた。
「あ、お客様、魔女様ですか?」
上級者向けコースの受付の男が言った。
「はい」エマが答えた。
「ご承知だとは思いますが当ドームでは該当箇所以外の魔法は禁止となっておりますので、お気をつけ下さい」
「「え」」
エマとフローテは、戦慄した。
この街たった一つのアスレチックスポット。
上級者向けコースはその中でも飛びっきり難しいと評判で、常人にはクリアする事は不可能だと言われている。その上級者向けコースを、エマとフローテは、"魔法無し"で、クリアしなければならなかった。
「あ、それと、上級者向けコースは一度入ったらゴールに行くまで出てこられませんので、お気をつけ下さい」
「「え」」
アストラルドームの最高責任者。
アダンソンは、かつて行われたアスレチック番組、Beyondにて、こう謳った。
「"地獄へようこそ"」と。
アスレチックの形式は、様々だった。
落ちたら水の底に沈む細い丸太を渡って向こう岸に渡るものもあれば、壁にロッククライミングのホールドのようなものが設置されていて、それを横這いに移動するものもある。
どちらにせよ、ここが本当にアスレチックドームである事を示していた。
外は大雪で凍えるような寒さの中、このドームの中の温度は常に一定。心地の良い温度で固定されていた。
エマたちは、アストラルドームの支給品である、専用の水着に着替えた。エマは上下で水着が分かれており、ビキニの上下に白いフリルがついた形になっている。曲部は非常にくっきり浮き出ていた。フローテは白いフリルの着いたスクール水着のような形をした藍色の水着。幼い容姿通り、曲部は極端に飛び出てはいなかったが、その水着はどちらかと言うと、可愛らしさを物語っていた。
エマとフローテは、上級者向けコースの入口に立っていた。
"立っていた"という表現を用いる理由は二つある。
一つは、そこが上級者向けコースのアスレチックをプレイする為の"入口"であること。
二つ目。それは、エマもフローテも動かず硬直し、その場に立ち尽くしていたこと。
そう、この二つから求められることは一つ。
エマもフローテも、目の前の光景に戦慄していた。
先ず、床を見た。目の前の床には大きな穴が空いており、その下には水が敷き詰められている。
次に上。バー状の何かがぶら下がっており、バーを支えている紐はレールに繋がっている。
そのレールは向こう岸。こちらとは反対側の床まで続いていた。
一般的にはスライダーと呼ばれている。
それが、上級者向けコースの一番手にあった。
「⋯なにこれ」エマが言った。
「⋯わかんない」フローテが答える。
二人して入口で立ち止まっていた。
「⋯え、私たち今からこれやるの?」
「⋯うん」
「⋯マジか」
エマが終わったみたいな顔をしていたが、フローテもまた同じような顔をしていた為、お互いその表情には気が付かなかった。
「⋯先いいよ」
「嫌よ、先行って」
「⋯⋯」
エマは、足を踏み出した。丁度目の前にバーの部分があった。
「⋯じゃあ逝ってくる」
「字が違うよ!?」
エマは数歩下がり助走をつけた。
そして、勢いよくジャンプした。
それと同時に、バーを掴み全体重が腕に乗った。
結論から言うと、その場ではエマは落ちなかった。何とか腕の力だけで耐え、順調にスライダーを滑っている。
「⋯よしっこのまま行けば──────」
スライダーは、その続きを喋らせてはくれなかった。何故なら、
"前方から水のようなものが飛んできていた"からだった。
「⋯!?」
エマは咄嗟に交わした。首を傾げるように斜め四十五度程右に曲げ、飛んできていた水を避けた。
「なにそれなにそれなにそれ」
一つの水を避けたと思った束の間、二つ、三つ程水が再び飛んできていた。
エマは体を大きく捻り揺らした。
首の横を一つ通り抜け、股の間を一つ通り抜け。そして、再び頭に飛んできていた水を避けた。
そして、がちゃん!といった音とともに腕に衝撃が加わった。
スライダーを滑り終えたという証拠だった。
エマはちょうどよいタイミングで手を離し、
そして、綺麗に着地した。
「おおー!エマすごい!」
「はぁ⋯はぁ⋯なにこれ⋯」
エマは膝を着き、呆れていた。
こんなの無茶苦茶だ。と、純粋に思った。
「(普通アスレチック中に水を飛ばすか?)」
心の中でそう呟いたが、すぐ現実に戻された。先ずはフローテにこの事実を伝えなければ。
「じゃあ私も行くよー」
「ちょ、ちょっと待ってー」
「ん?なーにー?」
二人とも対岸にいた為、叫ぶ形になっていた。
「正面から水が飛んでくる!気をつけて」
「わかった!」
スライダーのバーは自動的にスタート位置に戻っていた。どういうカラクリだろう。
とエマは思ったが、それよりも現実を見た。
フローテはエマを真似て助走をつけた。
そして、飛んだ。
フローテも案外、運動神経は悪くないのか、バーを掴み全体重を腕で支える事に成功した。が。
「⋯!来るよ!」
「わかってる!」
エマは目の前の小さな穴から水が放たれるのを見た。フローテは一発目、二発目。そして三発目を避けようとした。その時。
「ぶわっ!」
"横"から、水が飛んできた。
フローテの体重を支える二本の腕の力が抜け、バーを手放した。そして、
水に背中から落下した。
「──────ちょっと!!なんで横にもあるって教えてくれなかったのよ!」
「ごめんごめん。私の時は前からだけだったから平気かなって」
「もう!!」
フローテは水に落下した後、プール状になっているその穴を泳いで対岸に渡った。
フローテの体は、水でびしょびしょになっていた。フリルは水により薄くなり、水着に張り付いていた。
今にもぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな程に頬をふくらませていたフローテだったが、
「ところで⋯」エマが言った。
「私たち⋯このレベルをゴールまでやるの?」
「⋯うん⋯」
「⋯そっか⋯」
エマは再び「終わった⋯」と思った。
続いて、二人は正面に向き直った。次のステージに進む為だった。前を向き、お互いに同じ地点に目線が合っていたと思う。
「⋯部屋?」
「⋯みたいだね」
二人の視線の先には、扉があった。
それはそれは「中に入れ」と誘いにかかっているように、扉が佇んでいた。
「入ってみようか」エマが言った。
「うん⋯」フローテが陰陰滅滅とした空気を漂わせながら答えた。
部屋の中は、何も無かった。
そう、家具から埃まで、何も無かった。
入ってきたドアの反対側───正面には、同じように扉が設置されていた。
「なにも無いね」
「なぁんだ⋯深読みして損した」
フローテは安堵のため息を吐き、対向にあるドアに向かって足を歩ませた。
エマも、そうした。先程までのアスレチックの難易度からして、次のアスレチックは相当難しいものだろう。と、エマは考察していた。
そんな束の間、部屋の中にがちゃん。と言う音が響き渡り、対向にある扉の上が、光った。
そこで、エマとフローテはモニターがあることに気がついた。場所は対向にある扉の上。
そこには、【05:30】という数字が表示されていた。その数字は、一秒、一秒と時間が経つにつれ、【05:29】、【05:28】と減っていった。
「タイマー?」フローテが言い、エマが悩んだように顎に手を当てた。
「一体なにが──────」
「伏せて!!」
その瞬間。フローテの体が宙に舞った。
アスレチックの仕掛けのせいで───ではなく、エマの体術によってだった。フローテの右足をエマの右足で大きく刈って、体勢を崩す。柔道で言う大外刈と言うやつだ。
そしてフローテの体は扇状に、百八十度回転し、頭を地面に打つ───事はなく、エマの手のひらの上に落ちた。
そして、落ちる最中、フローテは見た。目の前に、"水のような何か"が飛んできていた。
「うっ!?」
フローテの頭はエマの手のひらの上に落下したが、勢いまでは殺しきれなかったのか、背中を軽く地面に打つ形となった。
「いてて⋯」
「あ、ごめん」
「うん許さない」
エマはフローテの手を握り、立ち上がらせた。
「でも、今ので分かったね」
「うん」
「多分、この"箱"の中であらゆる方向から水が飛んでくる」
「もうそれアスレチックじゃないじゃん」
「思った」
そして、数字が表示されているモニターを正面とした時、左手側に、赤く小さく光る何かが見えた。
「⋯!エマ、来るよ!」
「知ってる」
エマは、勢いよく伏せ、"それ"を回避した。
"それ"はエマの頭上を通り過ぎると、壁に当たっては弾けた。水である証拠だった。
さらに、休むことなく。右から、左から。更には上からも、赤い光から水が放たれた。
十秒、二十秒と時間が経過するにつれ、水の数は増えていった。最後の方になると、最早恐ろしい数の水が飛んできていた。回避ができるのか、そう疑える程の難易度だった。
しかしながら、エマは全て回避した。時にはしゃがみ、時にはフローテを助け、全てを避けきった。
次なるはフローテ。光ったと思ったら「光った!!」と叫び全力で前方に飛んだり、エマに抱きついたり、エマに投げられたりして、
無事一発も当たることなく回避に成功した。
約五分半。タイマーが刻み終えるまで、二人は集中し、全力で回避した。
強いて受けたダメージと言えば、水が飛んできていた為、勿論のこと二人とも濡れていたことぐらいで、第一ステージのように、背中を水に打ったりして受ける痛みも無かった。
エマの白いフリルもフローテ同様水着に吸着していた。フローテでは無かったが、エマの元々見えていた肉体美がさらにくっきりと浮き出ていた。
「はぁ⋯はぁ⋯」
五分半経ち、タイマーが【00:00】になったタイミングで、ブリープ音が流れてきていて、それが終わりの合図だと二人は受け取った。
エマは軽い吐息を吐いてはいたが、特に疲れた様子もなかった。反対に、フローテは息切れを起こしていた。はぁはぁという声とともに、ぜぇぜぇとも言っていた。
「少し休もうか」エマが言った。
「はぁ⋯ぜぇ⋯そうね⋯」
フローテは顔色を悪くしながら言った。
その鼓動は百六十程であり、走ったあとのような、ランニングをしたあとのような心拍数だった。
エマとフローテはモニターのある方───対向にある扉にもたれかかった。そこでしばらく体を休めた。五分ほど動き回っていた為か、フローテの足はパンパンだった。筋肉が悲鳴を上げ、休むべき状態だった。
暫く雑談を挟みながら休み、数分して、二人は立ち上がった。フローテは若干ふらついていたが、直ぐに体勢を取り戻した。
「──────じゃ、そろそろ行こうか」そして、数字が書かれていたモニターの下にある目的の扉を開いた。
「──────え?」
目の前に広がっていた世界は、そう、まるで、サバゲーの世界だった。
扉を開けると、一つの台がそこにはあった。
その台の上には、拳銃───のような水鉄砲があった。
「⋯これは、水鉄砲?」
「うん。本物の拳銃と遜色ない出来だ」
「⋯なんでそんな詳しいの?」
「⋯⋯」
エマは水鉄砲を取った。右手でグリップを握り、左手で舐めるように撫でた。
形はハンドガンの形をしている。真っ黒く染め上げられていて、まるで本物のように見えてしまうような、それ程までに見た目上本物と遜色がなかった。
水鉄砲を持ち上げると、一枚の紙がそこにあった。機会文字で何かが書かれており、エマはそれを読み上げた。
「ルール1、プレイヤー1人1人に支給された水鉄砲を使い、敵を倒しながら10分以内にゴールへ向かうこと。
ルール2、1人につき最低でも2人以上敵を倒すこと。
ルール3、水鉄砲の水に当たった時点で負けとする。
ルール4、敵に倒された場合はスタート地点に自動で戻る。
ルール5、時間内に1人につき2人以上倒せなかった場合はその者に"罰"が下る。
ルール6、1人につき2人以上敵を倒していなければ、例えゴールに辿り着いたとしても、ゴールは開かない。
ルール7、水鉄砲を持って入口に1人入った瞬間をもってゲームはスタートする。」
「なんか一つ物騒なの無かった?」
「まあ、この感じ、迷路だけど、敵が現れるからそれを倒してけってことでしょ」
目の前には、まるで迷路の入口かのように四角く穴が空いており、そこを通るとゲームスタートの様だった。
「じゃ、行こうか」
エマが再びそう言うと、フローテは慣れてしまったのか、強がりの様子なのか、「うん」と真剣な面持ちで呟いた。
入口を通ると、携帯のバイブ音のような、低い音が鳴った。ゲームスタートの合図だった。
ゲーム会場の中は至ってシンプルだった。
迷路。
それが分かりやすい表現だろう。
入口からは左右に道が分かれており、その道からもさらに正面と左に分かれており───と、迷路らしい構造になっていた。
エマとフローテは二手に分かれた。同時に行動したとて、敵に囲まれ同時にやられる可能性もあるし、どちらが敵を倒したかも曖昧になる可能性があるからだ。それに、左右どちらかの道が不正解だった場合、二分の一の確率でどちらかがゴールできる。───その正解の道にもさらに道が分かれている可能性がある為、必ず正解を引けるかも分からないが、少なくとも二分の一の確率でゴールのある道に進めると踏んだのだ。
エマは、低姿勢で迷路を移動していた。下手に足音を出さないよう、忍び足で───と言っても遅くもないスピードで───移動した。
迷路は、複雑だった。分かれ道が大量に仕込まれている。この場合、左手の法則───左手で壁伝いに歩いていけば必ず着くという法則───に則れば、必ず着くのだが、エマはそうせず、まず考えた。まず、どれだけ時間がかかるか分からないし、敵を倒さなければならない───であれば、する事は一つ。
"壁伝いに歩きながら敵を見つけ倒す"。
フローテは、迷子になっていた。
「ここどこ!!!」
十字路のど真ん中で、佇んでいた。
「もお⋯エマと一緒に行くんだった⋯」
どちらがゴールが分からないこの状況で、フローテは来た道とは反対の方向───フローテからみて正面の道に進んだ。
早足で、早くゴールに着きたいかのように水鉄砲を荒ぶらせながら歩いた。
すると、角に突き当たった。柊の木のような、低木が迷路を作っていたのだが、どこも同じ景色でフローテは参っていた。
「⋯!!」
途端、自分とは違う足音が聞こえた。
フローテは角を曲がらなかった。恐らく敵が来ていると踏んだのだろう、角で敵が来るのを待った。
そして、自分たちとは違う服装───基、水鉄砲を持った全身黒染めの何かが現れた。
その何かは、フローテに気づくと、水鉄砲を構えようとした。が、そんな暇もなく、フローテは敵の懐に潜り込んだ。小柄な体を活かしての行動だった。
そして、一発。勢いよくフローテの水鉄砲から発射された水は、相手の胸部。胸に当たった。心臓の位置だった。その何かは水鉄砲を捨てると、両手を上げ、降参の合図をした。
こうして、フローテは一人。"討伐"した。
エマは、壁伝いに移動した。その最中、行き止まりもあったが、道が続いている場合もあった。
心地の良い温度で保たれたこの迷路、基、ステージは、その殆どの景色が緑だった。柊の木のような低木が迷路状に並んでおり、同じ景色が続いていた。
エマはとある十字路に辿り着いた。が、十字路に出ることは無かった。何故か。それは、全身黒染めの敵と思われる何かが十字路のど真ん中で佇んでいたからだ。
エマはそれを見るなり、足音を立てた。
左足で勢いよく地面を踏みしめ、右足で音を鳴らした。タン───という音が響き渡り、
敵は音を聞くなり、走り出した。こちらへやって来る。
エマは敵が角を曲がる直前にジャンプし、"敵の真上"に飛んだ。そして、
両足で敵の肩を押しながら頭目掛けて一発。
敵は地面に伏せ、水鉄砲を離した。
エマは肩を蹴った後、後方にジャンプし一回転して着地した。
こうして、エマは一人。"討伐"した。
フローテは一人倒した後、角を曲がった。
そして、Uターンした。
行き止まりだった。
行き止まりに、敵は待機していたのだ。
「待ち伏せ⋯するのね⋯」
その通りだった。敵は待ち伏せしてフローテを倒そうとしていた。
なんなら気づいたかのようにフローテに銃を向けた。
「"敵には私たちの位置がバレてる"?」
フローテは敵を倒した所に戻った。が、
敵はもうそこにはいなかった。
役目を果たして、どこかへ消えたのだろう。
フローテは何故か感じる安堵を胸に、
迷子を続けていた。
「ここどこだっけ」
そして、再び競歩で歩き出す。
「本当にエマと一緒に行けば良かった⋯」
本当にそうだった。デメリットはあれど、身体能力の高いエマと一緒にいた方が、安全で安心なのだ。
フローテは立ち止まり、深く考えた。
敵に位置がバレている。つまり、
敵はこちらにやって来るということ。
じゃあ、こちらが"待ち伏せれば良い"。
フローテは再び角に立った。
エマは一人倒した後、十字路を左手側に進み、角に突き当たった後、壁伝いに右に曲がった。
が、その間、敵と対峙することは無かった。
「そろそろか」
エマは大きく右足を振り上げ、そして、
床を再び蹴った。
こうすれば、近くにいるであろう"的"は、こちらに走ってきてくれるからだ。が、
「⋯え?」
右に曲がったところで、足音がした。
それも複数の。
エマは姿勢を再び低くした。
そして、再び飛び上がった。
最低でも二人以上倒さなければいけないこのゲーム。であれば、
"二人以上倒してもよい"ということになる。
「そいっ」
エマの声とともに、敵の呻き声、基、断末魔が聞こえる。
敵は脇腹を撃たれたり、脳天を撃たれたり、
心臓のある位置。胸を撃たれたり。
この最中。計五名。エマは倒した。
三名の敵が地に伏せ、二名の敵が手を挙げている。
その光景は、異様だった。全身黒染めの敵が倒れたり手を挙げたりしてるのだ。
とてもシュールだった。
「シュールだなぁ⋯」
エマは一言。その光景に囁いた。
フローテは待ち伏せして、二人目を倒すことに成功した。が、絶賛迷子だった為、
"もう一度、待ち伏せした"。
そして、目の前に敵が現れる。
が、フローテは無抵抗だった。
水鉄砲を構えるどころか、かかってこいやーと、両手を広げている。
挙句の果てには、一発。フローテは撃たれた。フローテに当たった水は弾け飛び、喉元や胸元にかかった。
そして、フローテは白く眩い光に包まれ、瞬間移動した。
フローテは、スタート地点に戻った。
迷ってしまったのなら、スタート地点に
戻ればいい。それから、エマと合流して、時間内にゴールすればいい。
二人倒したのだ。ゴールは開いているだろう。フローテは、水鉄砲を片手に、走り出した。エマの進んだ道へ───。
エマはゴール地点にいた。ゴールはアーチ状だった。薔薇がアーチ状に設置されていて、そのアーチの上には、タイマーが設置されており、ゴールは既に開いていた。
「フローテ、二人倒したんだね」
エマは一言安心したように呟く。
ゴール地点には、二つのルートで行けるようで、エマが通った道とは違った道が存在していた。そのエマとは違う道の前で、エマは佇んでいた。
「迷子になってないかなぁ」
エマは知っていた。フローテが方向音痴なことを。
「やっぱ一緒に行けばよかったか」
フローテと同じ苦悩を思い浮かべた。
が、その心配も無下に終わった。
「エマぁぁあああああ!!」
フローテが走ってきていた。
"エマの通ったルート"で。
「おー、来た来た。ってか、何でこっちから?」
「ふぅ⋯やっとついたよ」
「よく迷わなかったね。こっちのルート複雑だったのに」
「いや、迷ったよ」
「え」
「迷ったけど誰かの断末魔が聞こえたからなんとかね⋯」
「あ、なるほど」
どうやら、フローテはエマの倒した敵の断末魔を聞きつけて合流したようだった。
「ってかなんでこっちのルート?フローテ向こう行ったじゃん」
「迷子になったから敵に撃たれてリスポーンした」
「なるほどね⋯」
「うん」
「脳筋だな⋯」
「賢いって言って」
「けど」エマは続けた。
「これで突破だね。」
エマは再びアーチに視線を戻した。
「そうだね」
そして二人は、アーチを潜った。
上級者向けコースの最終アスレチック。挑んだ者は数しれず。悉く敗者を産んだ地獄のゲーム。それはまるで、何事もないかのように存在していた。
仁王立ちしている男が一人。
その、最終アスレチックの部屋の中央に、佇んでいた。ガタイが良く軍人服のようなものを着ていて、綺麗な黒髪を短めに靡かせている。背丈は百八十から百九十はあるだろう。エマが百五十七でフローテが百四十五センチなのだから、二人からしたら相当大きく見えただろう。その佇んでいる様を見れば誰もがあとずさる。
黒髪の大男が、口を開いた。
「ようこそ。"我がパークへ"!!」
「⋯⋯アダンソンさん⋯?」
「え、エマ、あの人と知り合い?」
「違う。このドームの最高責任者だよ。この前テレビで見た」
「え⋯?」
黒髪の大男は口を歪に歪ませた。
「正っ解っだっ!!!」続けて言った。
「ルールは二つだ!!お客様は俺を倒したら勝ち!俺はお客様に降参と言わせれば勝ち!!この場では蹴りを入れようが拳を入れようが"なにしようが"自由!!以上だ!!」
「⋯⋯まずいな」
エマは不安を頭に浮かべながら言った。
「──────勝てる気がしない」
アダンソンは両手を広げニヤリと笑っている。
「さあ!!始めようか!!!」
アストラルドームの最高責任者。
アダンソンは、かつて行われたアスレチック番組、Beyondにて、こう謳った。
「"地獄へようこそ"」と。
アスレチックの形式は、様々だった。
落ちたら水の底に沈む細い丸太を渡って向こう岸に渡るものもあれば、壁にロッククライミングのホールドのようなものが設置されていて、それを横這いに移動するものもある。
どちらにせよ、ここが本当にアスレチックドームである事を示していた。───のだが、
「もうこれアスレチックじゃないじゃん!!」
「あははははは!!待ってくれよお客様!!」
「いやああああああ!!!」
フローテは逃げ回っていた。
「いらっしゃいま──────せいっ!!!」
瞬間。フローテの背中に衝撃が走った。
アダンソンの肩が、フローテの背中に当たった。つまり───タックルされたのだ。
しかしながら、フローテは壁にもたれかかるのみで済んだ。手加減したのだろう。
フローテは壁にもたれかかり、アダンソンを見上げた。───と同時に、アダンソンの鍛え抜かれた前腕が見えた。そして。フローテは頬を掴まれた。
「さぁお客様!!降参の合図を──────」
「せいっ!!!」
フローテは見た。右手で自身の頬を掴まれているが、アダンソンのそのスカスカな脇腹に、エマが回し蹴りをしていた。
───が、アダンソンは怯むことも、嘆くことも無かった。
不動。それが結果だった。
「っは!!!その程度か!!!」
「ちっ⋯これもダメか」
先程から、ずっとこの調子だった。フローテが囮になり、不意打ちをエマがしていた。
しかしながら、アダンソンは倒れることも、降参することも、痛がる様子もない。
何者なんだこいつ。とエマは思ったが、
その思考も一瞬で払われた。
アダンソンはフローテの頬を掴んでいた右手で、そのまま、フローテをエマに投げつけた。
それも少し優しめに。
「紳士か!!!」エマがツッコミを入れた。
「あぁ紳士だ!!」アダンソンが答えた。
エマは飛んできたフローテを抱くと、二歩、三歩と後退した。
「⋯まずいな」エマが言った。
「本当に勝てる気がしない⋯」
「ね⋯」フローテが続けた。
「魔法さえ使えれば⋯うぅ⋯」
「ん?」エマが反応した。
「ごめん、もっかい言って」
「?いや、魔法使えたらな⋯って⋯あっ」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
二人の意見が合致した。
確かにアダンソンは言った。
「"この場では蹴りを入れようが拳を入れようがなにをしようが自由"」と。
受付の言葉を思い出す。「当ドームでは該当箇所以外の魔法は禁止となっておりますので、お気をつけ下さい」と言っていた。
この状況がその"該当箇所なのではないか"?
であれば。
二人は、同時に右手を上げた。そして。
杖を取り出しアダンソンに向けた。
アダンソンは驚愕の表情でこちらを見ている。
「はっは!!気づきましたかお客様!!!だが並程度の魔法じゃ俺は倒せな──────」
二人は同時に魔法を放った。
そして、アダンソンの体が宙に浮いた。アダンソンの周囲に風が吹き荒れる。その風は集結し、塊となり。アダンソンを取り囲んだ。
そして。風圧がアダンソンを運び、壁へと突撃した。背中を壁に強打し、「うっ」という鈍い声をあげ、そして───この地獄のドーム。その最終アスレチック。そしてまたこのドームの最高責任者。アダンソンは、地に伏せた。
倒れたその姿は、男らしかった。握り拳を作り、地面に置いている。
───が、その拳もすぐに解かれた。
アダンソンを目を瞑っていた。
その理由は明らかだった。
気絶していた。
エマとフローテ、二人は一呼吸おいて。お互いに顔を見合わせた。
「やったね」
「うん!!」
二人は、アストラルドームの上級者向けの受付の前に立っていた。
「おめでとうございます!」
受付の男は感極まった表情で呟いた。
「お客様は当ドーム初の上級者向けコースのノーミスクリアを達成致しました!その為、魔女エマ様とそのお付き添いの魔女フローテ様に、なんと!!」
両手を広げ笑顔を作った。
二人は息を飲んだ。一体どんな待遇が待っているのだろうか。期待に胸を膨らませる。
「当ドームの超級にご招待致します!!」
「「ん?」」
「 これが参加券です!!どうぞ、お楽しみください!!」
「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」
二人は呟いた。
「「もうやらん」」
そのようにして、アストラルドーム、その上級者向けアスレチックを、二人はクリアしたのだった。