第二章.貴族邂逅
グラウス・エルデン。その国は、上級国民と下級国民で生活区域が分かれており、上級国民はみな一段上の地層に住んでいる。
下級国民の生活区域には、木造の貧相な住宅街が連なっていた。赤い屋根の家、乳白色の家など、その屋根の色は様々だった。
依頼された貴族の家は、その逆。上級国民の生活区域、その街の離れの山奥にあった。
「──────これからお世話になります。エマです」
「フローテです」
二人は、深く頭を下げた。
「おぉ⋯これは魔女様、よくぞお越しくださいました」
この屋敷。その若旦那は、歓迎した。
貴族の、邸宅だった。
若旦那は金髪で、髪の毛をかき上げ七三スタイルで固定していて、髪の毛だけでなく顔も整っており、爽やかさの化身といった容姿だった。左右に専属のメイドを置き、笑顔でエマたちを歓迎している。
「ほら、二人とも、魔女様を部屋にお通しなさい」
「「かしこまりました」」
左右に設置されていたメイドさんは、こちらへ。と言い二人同時にエマたちを手招きした。
言われるがままエマは後を追い、フローテもまたそうした。
貴族の邸宅なんか来たことがなかったので、エマは多少なりとも緊張していたが、穏便に済ませられそうだ。
「こちらになります」
二人は一つの部屋に通された。客室。と言うのが手っ取り早いだろう。そんな感じの部屋だった。すると、メイドさん二人の内左側のメイドさんが口を開いた。
「先ずはメイド服に着替えてもらいます。シャワー室は左手に。クローゼットは右手にあります。」
「「ん?」」フローテが続けた。
「あのぉ⋯私たちは若旦那様の護衛に⋯」
「?はい。ですので、専属メイドとして護衛に当たられるのかと」
「「⋯⋯」」
沈黙が続く。マジか。エマはそう思った。
「あはは⋯そうですよね、頑張ります!」
「では、今日からよろしくお願いいたします。」
「はい、ありがとうございます」
フローテが頭を下げると、メイドは二人して頭を下げ、部屋から退室した。
フローテはエマを見た。
目にハイライトが無かった。
数ある客室の一室で、エマは鏡と対面していた。
「⋯⋯」
光の反射により見える鏡の奥にある姿見は、メイド服を着ていた。
「あら、エマ似合うじゃない」
エマの背後から、声がした。フローテだった。エマは振り向いた。そして、同じくメイド服を着ていたフローテに向かって、
「似合ってない!!!」
大きく叫んだ。
「──────まったく⋯なんで私がこんな服を着なきゃいけないの⋯」
「まあよくよく考えたらそうよね。若旦那の護衛の依頼なんだから」
エマは肩をがくんと落とし、はぁ。とため息をついた。メイド服。メイド服とは言ってもフリルのついたゴスロリのような可愛らしいメイド服。それを、今、身につけていた。
フローテはエマの容姿を見るなり、呟いた。
「いいじゃない。旅人じみたチュニックより到底可愛らしいわよ」
「やめて⋯それ以上言わないで」
エマは再び肩を落とした。するとフローテがそれを見計らうようにして言った。
「先に行ってるよ。若旦那さんを待たせちゃうから」
「わかった」
フローテが客室から立ち去り、キィ⋯。という扉の音が客室に響いた。
と同時に、エマは再び鏡と向き合った。
「うわぁ⋯ほんと似合わない⋯」
エマは三度目の肩を落とした。
客室を出て、食堂へ向かった。食堂へ向かう最中、赤い絨毯が床に敷きつめられていたため、踏んでも良いか多少悩んだが、結局踏むことにした。
食堂の中は真っ白だった。棚から壁まで、全て真っ白だった。
白以外のものを強いて挙げるなら、その周辺に集うメイドさんの集団と、調理器具であるフライパンや鍋等のみだった。
「エマ、遅い」
メイドさんの中から一人、フローテの声がした。エマは多数のメイドさんの中にいるフローテに目線を合わせた。
「みんな集まってるよ」
「⋯みんな?」
疑問に思ったと同時に、メイドさん集団の端にいた一人が、声を出した。
「ようこそお越しくださいました。グレイス様の元で働かせていただいている、専属のメイド、二ーシャと申します。以後お見知り置きを」
「⋯どうも」
どうやら、このニーシャという子がメイド長らしい。先程の二人とはまた別に、専属のメイドさんがいるのか。エマは軽く会釈した。
「では、先ずはあちらにいらっしゃるルーシュ様、メイサ様、そしてグレイス様のご子息、アージ様、ヘンゼル様、ユリア様にお食事を作ってください」
そう言ってニーシャは、ルーシュと言った男に先ず目を向けた。若旦那、グレイスの実の弟である、ルーシュだ。若旦那と同様に、金髪で、カールのかかった髪が特徴的だった。
ルーシュはこちらを見ては優しく微笑み、手を小さく振っている。憎めないやつめ。
そして次に、若旦那、グレイスの子供。その三人と、グレイスの妻、メイサに目線を向け、説明した。
エマはニーシャに視線を戻した。
「食材は冷蔵庫にあるものを自由に使っていただいて構いません」
「は、はぁ」
「では、早速始めてください」
「あの⋯」
エマが挙手した。ニーシャは優しく微笑み、呟いた。
「はい、どうされましたか?」
「えっと⋯」
「?」
「料理出来ないんですけど」
「「「「「「⋯⋯」」」」」」
その場にいたメイドさん全員が固まる。
フローテは無言のまま「(⋯この空気どうしよう)」とあわあわしている。
数秒ほど固まって、メイド長ニーシャが最初に口を開いた。
「⋯で、では客室のお掃除をお願いできますか?」
「⋯はい」
「──────なんで私が掃除なんか⋯」
魔女であり、魔法のプロ。その仕事は、基本的には民間人を守る事。料理や掃除は論外である。
エマは、フローテと出会うまで一人で世界を旅してきた。が、食事はほとんど完成された品か、カップラーメンで凌いできた。
エマはブツブツと呟きながら、客室の窓を開けた。鍵はかかっていなかった。夕方だった。時計を見ると、もう既に午後六時を回っている。
外の涼し気な───というより、寒気すら覚える涼し気な空気を部屋に取り入れた。
支給されたほうきを使って、床の埃を払う。
あまり使い込まれていないのか、埃はごく僅かだった。
むしろ人が使った形跡すらある。机の上には羽根ペンと白紙の髪が置いてある。ベッドの上には、茶色の鞄に、男物でフード付きの、黒色のジャケットが置かれていた。
ベッドの上にあるものに目を向けていると、
どこからか、悲鳴が聞こえてきた。
フローテのものだった。
「⋯!?」
エマはほうきを部屋の角に置き、客室を出た。廊下を経て、食堂へ入った。
「どうした!?なにがあったん⋯」
子供が、三人の子供が、フローテに抱きついていた。若旦那の息子、娘たちなのだろう。フローテは転んだように尻もちをつき、頭を物理的に真っ白にしていた。
頭部を白い粉まみれの状態にしているフローテは、「もぉ〜ダメだよ〜料理中なんだから〜」と呑気に言葉を弾んでいた。
子供たちはそれぞれ、フローテの右足、左足、胴体に抱きついている。
「⋯⋯」
エマは、
「走ってきて損した」。
その晩は、フローテと専属のメイドさんで料理を作った。フローテの料理は完璧そのものだったのだろう。メイドさんや若旦那ご家族からは大好評だった。
次の日。二人は再び業務に当たっていた。
フローテは朝食、昼食、夜食作り。
エマは洗濯物を干したり再び掃除に励んだりしていた。
時々若旦那が様子を見に来ては感謝の言葉を残し、すぐさま立ち去るを繰り返していたが、エマはいつも通り礼儀を守りつつ、冷たい態度を崩さなかった。
そのまた次の日。エマとフローテは昨日、一昨日と同じように掃除や料理、洗濯をしたりして一日を過ごした。たまに他のメイドさんと雑談や世間話をするが、
「メイドさんって大変なんですか?」
「はい」
「へぇー」
このように、あまり会話は弾まなかった。
その日の夜、前夜、前前夜のように、エマとフローテは自分の客室に戻った。フローテは先程パンケーキを作った際、頭に強力粉を被ったので、そのあとすぐ風呂に入ったため、エマのみが即刻風呂に入り、下着を履き私服であるチュニックを着た。
「エマ。どう思う?」
「どうって、なにが?」
「なにって、犯人に決まってるでしょ。この家にいると思う?」
「この家にはいないんじゃない?若旦那も外部の人間が命を狙ってるって思ったから私たちに依頼してきたんでしょ」
「そうかな⋯」
「何、怪しい人でもいるの?」
「うん。内緒にしてよね」
フローテはエマにこっそり耳打ちした。
「マジ⋯?」
エマが驚愕した。と同時に、部屋に。
ゴトっという音が響いた。
エマ、そしてフローテの目の前には、
手榴弾。所謂グレネードがあった。
エマは一瞬にして反応し、フローテに覆いかぶさった。
刹那の出来事だった。
手榴弾は爆発し、エマの背中を焼いた。
「ぐぁっ!?」
エマとフローテは同時に吹き飛ばされ、それぞれ部屋の壁に背中を叩きつけられた。
フローテはエマを見た。倒れて、動かない。
着ていたチュニックが焼かれ、背中に火傷を負っている。フローテは立ち上がり、杖を取り出し、構えた。
誰だ。そう心の中で呟いた。
構えた杖の先には、扉。その前には、一人の、人間がいた。その正体は、拍手をしながら入ってきた。
「素晴らしい。たった数日でよくぞここまで」
若旦那の弟。ルーシュだった。
「ルーシュ様⋯何を⋯」
フローテは杖を握る手を強めた。
「杖を構えても意味無いよ。魔法はもう使えなくしたから」
「⋯!?」
フローテの視界の中にいた、ルーシュは消えた。一瞬の出来事だった。捉えられない速度で接近し、そして、腹を蹴られ吹き飛ばされた。
エマは、その光景を見ていた。
微かに消えゆく視界の中で、フローテは再び壁に叩きつけられ、地に伏せた。
エマは、とある灰色の一室で、目を覚ました。
黒色の視界が瞼を開けるごとに灰色に染っていた。いや、灰色という表現は正確では無い。鼠色。コンクリート色と表現するのが正しいだろう。その鼠色が、視界いっぱいに広がっていた。
「お目覚めになったか」
視界がぼやける。そのぼやけた視界で声のした方向を見た。
その方向にはルーシュがいた。
フード付きの黒塗りのジャケットを身に纏い、フードを被っていた。
「き⋯さまぁ⋯!!!」
杖を取り出そうと腕を動かした瞬間。がちゃん。という鈍い音と同時に手首に痛みが走った。
「⋯!?」
拘束されていた。それも腕だけでなく、足や胴体も。幾重もの鉄の鎖で、がっちり椅子に固定されていた。
「無駄な抵抗はやめた方がいいなぁ魔女様」
ルーシュはそう言うと、"横"を見た。
「⋯クソ野郎」
ルーシュが視線を向けた先には、鎖で拘束され身動きの取れない"女児、子供"が一人いた。この部屋にはその他に、扉が一つ。その左右に大柄の男らしき人物が黒きフードを被って立っている。
ルーシュは歩き、子供の前に立った。
「質問に答えろ」
「やだね」
即答だった。
「本当にいいのか?」ルーシュは続けた。
「この可愛い顔が歪んじまうぞ?」
そう言いながら女児の顔に指先を這わせ、ニヤリと笑った。
「まずはそうだな。"どうして気づいた"?」
「⋯知らない。」
「そう。それなら仕方ないな」
エマは顔を上げた。その瞬間。
ルーシュは女児の首を掴んだ。
「もう一度問う」ルーシュは続ける。
「どうして気づいた?俺は怪しい動きは一切していなかったはずだ。俺を犯人づける確たる証拠はなんだ?」
「⋯⋯本当に知らない⋯フローテが気づいたから」
「そうか」
ルーシュは女児の首から手を離した。
「では別の質問といこう。なぜこの屋敷にやってきた?」
「若旦那の命を狙う輩から若旦那を助けるため」
「⋯ははははは!!そうか!我が兄を救う?笑わせてくれる!!罠にかかったとも知らずに!」
「⋯"罠"?」
「そうだ!!兄が魔王軍対策本部に依頼をしたのは俺の指示だ!天稟の魔女と祭治の魔女を指定したのも俺の指示だ!!お前ら魔女を始末するためにな!!」
「⋯!魔女殺し集団⋯ミクロス⋯!!」
「大・正・解!」
ルーシュはエマの方を振り向き、ニヤリと笑った。
「いやぁ助かるよぉ。予定より早く始末できそうで実に助か──────」
「──────どうして殺さなかった」
「あ?」
「どうして、あの時殺さなかった?お前らはすぐに"そうした"はずだ。」
「⋯」
ルーシュは少し黙ったあと、エマの前にしゃがんだ。
「試したかったんだよ。子供好きな魔女様の目の前でガキを潰したらどうなるのか。どんな反応をしてどのように叫ぶのか。気になったんだよ。でもな、これでも紳士のつもりだぜ?ガキは死んでもあと二人いるしな!!ははははははは!!!」
「⋯はっ⋯良かった。クズは迷わず殺せる」
「⋯!」
エマは体と四肢に巻かれていた鎖を一瞬にして解いた。そして、目の前にいたルーシュの顔を蹴り上げた。見事に鼻先にクリンヒットし、ルーシュは後ろに倒れた。そして。
その隙に杖を一瞬で取り出し、右手で強く握った。その握った杖の先にいたのは、扉の左右にいた、二人の黒服の大男だった。風魔法を一瞬にして放つ。一人一発ずつ。高密度の刃状の風魔法を放った。
すると、「がっ!?」という体から漏れた声と共に黒服の男は胸から血を流し、二人して倒れた。
次。ルーシュ。同じくして高密度の風魔法を放とうと杖の先をルーシュに向ける。それは一瞬の出来事だった。ルーシュにも一瞬の出来事だっただろう。が───魔法が放たれることは無かった。
「⋯!?魔法が⋯」
「く⋯そがぁっ!!」
鼻から血を出し悶えているルーシュは、こちらに向かって、エマに向かって、杖を向けていた。
「死ね!!!!」
その瞬間。エマの首に、犬の首輪のように、青白いリング状の物体が巻かれた。
「⋯がっ!?」
エマの体が宙に浮かぶ。
「⋯ぐぁ⋯がっ⋯」
エマは必死に杖を振りルーシュに向かって魔法を出そうとした。が、その魔法はエマの杖から放たれることは無かった。
「いやぁ驚いた⋯!!流石は天稟の魔女と呼ばれるだけのことはある⋯!でも残念だ。もうお前もこのガキも生かしておく理由が無くなった!!!」
エマの首を絞める力がさらに強まる。
エマの杖を握る手が弱まる。
手のひらから杖が落ちた。
そして、杖は地面に転がった。
ゴン。という音が部屋に響き渡った。が。
それと同時に。ルーシュの背後。つまりエマの正面の扉が開いた。
「⋯待たせたな」
タン!!!という、銃声が。響き渡った。
「⋯あ"?」
ルーシュは驚愕の顔で背後を見た。
「終わりだ。ミクロス」
そこには、体躯の良い黒髪の逞しい男が立っていた。
ルイスだった。
「零落のルイスぅぁあ"あ"⋯!!!!!」
ルーシュはエマに向けていた杖をルイスに向けた。エマは力なく空中から落ち、地面に人形の如く転がる。
「表沙汰にし過ぎたな」
とルイスが一言。そして。
タン!!!タン!!!
二回。鼠色のこの部屋に、銃声が響き渡った。ルーシュは、エマと同様。力なく膝から崩れ落ちた。胸に二発。そして脳天に一発。
その一発一発が。決定打になった。
ルーシュは鮮血とともに、地に伏した。
「エマ!!」
ルイスは素早く駆け寄り、エマの体を起こした。すると、背後から足音がした。
「所長!!」
ルイスの、その部下だった。三名ほどが部屋に入り、ルイスの返答を待つ。
「すぐに医療班を呼べ!!早く!!」
「⋯!!分かりました!」
そして。エマは魔王軍対策本部。その医療班に、運ばれた。
エマはとある病室で目を覚ました。
今度は白色だった。視界いっぱいに、純白が広がっている。病室の天井だった。
仰向けになり、ベッドに横たわっている。
柔らかい布団に少し固めの枕。
それがエマがベッドの上にいるということを、暗示していた。
「私は⋯」
過去の記憶を回想する。何があった。
何が起こった。その記憶を。思い出す。
エマはルーシュに負けた。
魔法を封じられ、首を締め上げられた。
万事休す。そう思われた時。
ルイスが現れ、ルーシュを撃った。
そこまでだった。そこまでの記憶しかない。
屋敷の皆は無事なのか?捉えられていた女児は?フローテは?
分からないことが多すぎる。
でも、体を動かす気に離れなかった。
第一に、背中に火傷を負っていたからである。
背中がヒリヒリと痛む。それに首も同様にヒリヒリと、ジンジンと痛む。でも、それは前よりはマシなものになっていた。
痛みと過去の邂逅を同時に思い浮かべていると、どこからか聞いたことのある声がした。
「ちょ、ちょっとフローテ様!そこは病室で⋯」
「エマあああああああああ!!!」
「んぐっ!?」
フローテがお腹の上にダイブしてきた。
「エマぁ⋯!エマぁあ⋯!良かった⋯無事で⋯」
エマは痛みを耐え、フローテを見た。そして安堵した。無事だった。体に傷一つついていないようだった。良かった。と素直に思った。
「うん。とりあえず、退こうか。」
「──────いやぁ本当にあの時は死ぬかと思ったよー⋯エマが庇ってくれなかったら⋯エマが⋯エマが⋯うぁああああああ」
「ちょっと黙ろうか」
「だって私のせいで大火傷して⋯エマああああああああ」
「ああもううっさい」
エマはフローテのおでこにチョップした。
「そん時はそん時。今は今。生きてるならお互いよしでしょ。」
「う、うん⋯そうだね⋯ぐすん⋯」
「だからもう泣くのやめてうざい」
「酷い!!これでもエマのこと心配してるのに!」
「それはどうも」エマは続けた。
「それよか他の皆は?子供は無事?」
「え?あぁ子供たちも若旦那も皆無事だよ。私が解放された頃には皆保護されてたよ」
「⋯そういえばフローテはあいつらに何されたの?」
「え?特になにも⋯なんか目が覚めて少ししたら魔王軍対策本部の所長さんが殴り込みに来て黒服の人をバッタバッタと素手で薙ぎ倒してたよ」
「こわ⋯」
「でもよかった⋯エマ意識不明の重体だったんだよ?本当に本当に心配したんだから⋯」
「はいはい。ありがとね」
エマは軽く言葉を流した。
「もう!人が本気で心配してるのに!!」
「はいはい」
そんな会話を幾つか重ね、二人の会話は弾んだ。二人は数時間ほど話していたが、二人の間では一瞬の出来事のようだった。
「ところで、なんか痛みがマシになってるんだけど、フローテ、治癒魔法でもかけた?」
「?いや、私はなにもしてないよ。所長さん、ルイスさんが医療班を呼んだとかなんとか言ってたから、多分その医療班の人が治癒したんだと思う」
「なるほど」
魔王軍対策本部に医療班があるのか。
てっきり物理特化型のゴリゴリのゴリラ集団かと思っていた。
フローテの話を聞く限り、あのルーシュという男はルイスによってその場で殺害されたらしい。ルーシュは魔封じの使い手で、そのせいでエマもフローテも魔法が使えず、抵抗する事が出来なかったということだった。
「あ、そういえば」
「?」
エマが一番大切なことを思い出したかのように閃いた顔をし、口を開いた。
「そういえば、どうして気づいたの?」
「?なにが?」
「なにって⋯ルーシュが犯人だって」
「勘だけど」
「⋯は?」
「勘だけど」
「⋯マジ?」
「うん」
「⋯やっぱアホだこいつ」
時刻は、朝四時を指していた。一人部屋の一室から見える窓の景色はまだ暗かった。
「さて、ちょっと寝ようかな。もう朝になるし、フローテも帰った方がいいよ。しばらくは依頼を休もう」
普通、こんな真夜中から面会なんかできないが、フローテは看護師さんに死に物狂いでお願いし、許諾されていた。
他の病室とは離れた場所に設置されているこの病室では、多少声を上げても大丈夫だったという訳だ。
「そう⋯だね。そうするよ。エマ。くれぐれも安静にね。」
「はいよ」
フローテは部屋から退出し、エマは再び布団を頭から被った。
過去の記憶を掘り返しながら、エマは深い深い眠りについた。