序章.魔女様
首都ナザリアの離れにて。静寂の中。猿轡を填められた幼子の悲鳴が、小さく、そして大きく。一つの山の中の小屋にて。響いていた。幼子は嘆く。叫び、喘ぎ、嫌悪する。
その由は、明らかだった。
「──────さぁて。どう嬲ってやろうか。」
「⋯い"ぁあ!!!!やえ⋯へ⋯!!」
「なぁに。たっぷり犯したらすぐ殺してやるからよ!!」
「「「ハハハハハ!!!」」」
三名。男は笑う。人を嬲り、殺そうとする。
それが、彼らにとっての幸福だからだ。
幼子は拘束されたまま服を破かれ、下着が露出し、淫らな姿だった。男たちは高笑いしながら自身の服を脱ごうとする。幼子は叫ぶ。
絶叫。悲鳴。何でもいい。とにかく、叫んでいた。
「さっそくいっただっきま──────」
途端。小屋の一つしかない扉が開いた。
三人の視線は扉に釘付けになった。扉が開いた。 ということは、自分たち以外の誰かが、扉を開けたということになる。果たして誰なのか。男たちにとっては、まずはそこからだった。
男たちは開ききった扉を見た瞬間。体を硬変させる。そこにいたのは───少女だった。
たった一人の、それも未成年であることは男たちから見てはっきりと分かるくらい、背丈が幼い、淡紅色の髪を靡かせた少女だった。が、服は極めてボロボロだった。少々破れかかっているマントルに、薄汚れたチュニック。なんとしてもまあ貧相な服装だった。
「な、なんだテメェ⋯!」
男の中の一人は、声を荒らげた。
「なに勝手に入って──────」
遮られた。
「──────さよなら」
少女の美しく大人びた声が、響いた。
少女はマントルで隠していた右手を振り上げ、杖を掲げた。男たちは恐縮する。
「⋯!?魔女──────」
刹那。男は宙に浮いた。いや、浮かされた。
設置されていた家具や寝具も、この小屋にあるもの全てが、宙に舞った。幼子と少女を除いて。
「「「え⋯」」」と男の情けない声が聞こえた瞬間。少女が杖を握る力を強めた途端、男たちが悲鳴をあげるまでもなく、家具諸共一瞬で上向きの風に支配される。
男はさらに宙に舞ったと同時に、体ごと天井にぶつかった。そして。天井を突き抜けた。
少女は手の力を緩めた。そして、砕けた天井の破片と共に、男たちが落ちてきた。
男たちは白目を向いていた。気絶しているのだろう。ぴくぴくと体を痙攣させ、動かない。
少女は歩いた。幼子の元へ。
「ま⋯まじょ、様?」
少女は微笑み、頷いた。微笑んだ顔を緩ませることなく、幼子の拘束を解いた。猿轡を外し、後ろで組まれた手枷も外した。
そして、羽織っていたカーキ色のマントルを幼子に被せる。破れた服を身にまとっていた幼子は「ぁ⋯ありがとうございます⋯」と礼を言い、頭を下げた。
少女は微笑んだまま、頭を撫でた。
優しく綺麗な手。男たちは幼く見えたようだが、幼子から見て、人相は大人のお姉さんだった。撫でられる事に無抵抗のまま、犬のように愛でられていた。
しばらく待っていると、大勢の声がやって来た。
「──────っ⋯だ!こっちだ!!」
低い男の人特有の声で叫び、足音をバタバタと立てている。
「⋯!?サリ!!!!」
一人の男は、雄叫びをあげながら幼子に近づくと、固く、抱きしめた。
「パパ⋯?パパ⋯!パパ!!パパ!!!」
まもなくして、幼子も同じく抱きしめた。
感動の再会。二人には、ハッピーエンドが訪れていた。
たちまち、大量の大人が小屋の中に入り、気絶している男たち───誘拐犯を取り押さえた。
しばらく父親の胸の中で泣き叫んだ幼子は、平静を取り戻した。
「このっ、お姉さんが、助けてくれたのっ」
涙ぐんだ声で語るその言葉は、幼子から見て右の方面に放たれた。が───。
「あれっ?」
その場には、誰もいなかった。