幼い俺は正しかった。
「ボク、お姉ちゃんと結婚したい!」
「大きくなったらね」
十二年前、俺は近所のお姉さんにそんなことを言ったらしい。
五歳の俺は愚かだったな。
久々にばあちゃんの家に行って、その話を聞かされて、痛すぎると思った。
なんでそんな話になっているかって、それはその姉さんが戻ってきてるからだ。
当時五歳の俺は、十三歳年上のお姉さんに結婚を迫った。今となってはどんな顔だったかも覚えていない。優しかった。それだけは覚えている。
今の俺、十七歳。
となると、十三歳上のお姉さんは、三十歳のおばさんだ。
学校のうるさい英語の先生が三十歳で、メガネをかけていて化粧が濃くて小うるさい。
「お姉さん」も、もしかしたらそうんなタイプかもしれない。
そんで幼い俺の告白を覚えていたら終わりだと戦々恐々としていたが、隣に住んでいるはずなのに会うことはなかった。
だが帰省する日、俺は神様のいたずらで再会することになる。
買い物帰り母親がにやにや笑っていて、嫌な予感がした。
「あっくん。お姉さんが歩いてくるわよ」
俺をわざわざあっくん呼ばわりして、母親が言う。
前から歩いてくる女性がいた。
長い黒髪に白いワンピースの女性だった。
顔はまだよくわからん。
道は一直線、避けるのもおかしいので、覚悟を決めた。
距離がどんどん縮まり、女性の顔が鮮明になる。
「お姉さん!」
思い出したわけではない。
母親でもなく、お姉さんでもなく、俺が最初に声を出した。
一メートルほどに迫った女性。
三十歳にはとても見えないくらい、かわいい人だった。目がぱっちりしていて、唇がぷっくりピンク色。
長い黒髪はさらさらと風に泳いで爽やかだ。
「……あの?」
女性、お姉さんは俺のことが誰かわからないみたい。
そんなことは関係ない。
目の前の女性は、俺の好みを全部併せ持っていた。もうこんな人に巡り会うことはないだろう。
だから、俺は利用することにした。
「俺、厚です。もう17歳になりました。大人ですよね?だから結婚してください!」
「え?あっくん?あのあっくん、なの?」
「そうです」
よし。お姉さんは俺のことを覚えている。ということは約束も覚えているに違いない。正確にいえば約束でもなんでもないけど。
お姉さんの指には結婚指輪も婚約指輪も見当たらない。
「お姉さん!」
「えっと、あの、あっくん。厚くん、まだ十七歳よね?私はもう三十歳のおばさんなのよ。冗談はよくないよ」
「冗談ではないです!」
お姉さんは俺のもろ好みなんです!
だから
「だったら、二十歳になったときに、また話そうか」
「二十歳ですね!わかりました!約束ですよ。それまで絶対に結婚しないでくださいね!」
「厚、なんてこというの!」
それまで黙っていた母親が口を挟んできた。
「だった約束でしょ?お姉さん」
「う〜ん。まあ、結婚なんて考えられないし、いいよ。でも、厚くんはきっとこの三年で色々知るから、おばさんのことなんて興味なくなると思うよ」
「そんなことありません!」
それから、俺は時折、ばあちゃんの家に戻ってはお姉さん、朱美さんに会いに行った。
母を始め、みんなには呆れられたけど関係ない。
俺は朱美さんに会うことで、自分の気持ちも確かめたかったのだ。
そうして三年がたった。
「朱美さん。俺と結婚してください」
「……まずはお付き合いから始めようね」
「はい!」
朱美さんは俺の気持ちを疑っていて、多分付き合えば諦めると思っていたのだろう。
だけど、俺は朱美さんと付き合って、ますます彼女が好きになった。
ともかくかわいい。
「朱美さん、お誕生日おめでとうございます!」
付き合って三度目の彼女の誕生日、俺は彼女に誕生日プレゼント、それから指輪を送った。
どっちもバイトしてお金を貯めた。
「まだ仕事もしていない学生だけど、どうか俺と結婚してください」
朱美さんの返事はなかった。
ただ、俺を見るのみ。
「俺は朱美さんが大好きだ。顔だけじゃなくて、性格とかも。全部。だから、俺の奥さんになってください」
やっと朱美さんがうなずいてくれて、俺たちは結婚することになった。
(おしまい)