03 ある日、真実を知った。
異世界にやってきてから一週間が経った。
この一週間、私はルーナがこれまでしてきた付き人の仕事を誠心誠意取り組んだ。
今までに経験したことのない仕事だったが、ルーナの記憶の助力もあり何とかこなすことができていた。
おかげさまで、今までのルーナの過ちを帳消しに出来るほどの信頼を勝ち取ることができ、周りからの評価も上々と言ってもいい。
ただ、同時に別人格を疑われ始められたのは言うまでもない話である。
「まあ、別人格なんだけど……」
「ん? 何か言ったか?」
そう言って尋ねてきたのは、隣に並んで歩いているガイル・フォーラスという男だ。
炎を連想させる真紅の髪に黄金色の鋭い眼光。
国王陛下の護衛騎士にして国が誇る最強の精鋭軍団『鳳凰騎士団』の一角である。
なぜ、私が『鳳凰騎士団』のガイルと並んで歩いているのかは遡ること数分前、国王陛下から『鳳凰騎士団』に命が下ったためだ。
アイラスの付き人となる以上、相応の護身術を身に付けてもらわなければアイラスの身を任せることはできないとのことで、指南役として『鳳凰騎士団』のガイルが抜擢されたらしい。
要するに昇格の話だ、やったね!
当然、路中で彷徨うルーナを救ってもらった御恩もある以上、私に拒否権はない。
だから、こうしてガイルと二人並んで歩いているわけだ。
「申し訳ございません、ただの独り言です」
「そうか、でもアイラス様が仰ってたぞ。最近ルーナの一人事が多くて心配だってな。あまりアイラス様に心配をかけさせるなよ?」
「……本当に申し訳ございません。以後気を付けます」
まさか、アイラスに心配をかけさせるほど独り言が多かったなんて知らなかった。
もしかしたら、元の世界では経験することのなかった数多の問題に、無意識に考え込む癖がついてしまったのかもしれない。
今となっては大変ありがたい悩みだが、人に心配させてしまうのは当然よろしくない。
次からは程々に考え込むことにしよう。
「まあ、この話はさておき、護身術についてなんだがルーナの生命霊はどういった系統の力なんだ?」
「……生命霊、ですか?」
聞き慣れない単語に思わず首を傾げてしまう。
ルーナの記憶にも該当する情報は一切見つからないのだから知らなくて当然だ。
そんな様子の私に、ガイルは驚いた表情を浮かべながら言葉を放つ。
「おいおい、生命霊を知らない人間がいるのはさすがにありえねぇよ。……もしかして、お前——————」
歩く足が止まり、私を見るガイルの目つきが一段と鋭くなる。
その形相から察して、何かとんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。
だから私は、必死になって言い訳を考えた。だが、言い訳が何一つにして思い浮かばない。
それもそうだ、生命霊が知らない事実は変わらないのだから浮かぶはずもない。
私はただ、真っ直ぐに無言でガイルの眼光と戦うしかなかった。
「……すまない。今のは俺の失言だった。孤児だったお前が生命霊を知らなくてもおかしくない話なのに変なことを聞いたな、忘れてくれ」
そう言って、ガイルは視線を逸らし、再び歩み始める。
どうやら、ルーナが生命霊を知らなかったのは孤児だったかららしい。
ともあれ、何とか窮地から脱することができたようだ。
先を行くガイルの背を追いかけるように、私は歩調を早める。
「いえ、私こそ無知ですみません……」
「ルーナが謝る必要はねぇよ。それより、訓練場に着いたぜ」
ガイルにそう言われて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「……あの、ここが訓練場、ですか?」
ルーナは決して視力が悪い少女ではない。むしろ良い方だ。
だからこそ、眼前に広がる光景はにわかに信じがたかった。
私たちがいるのは、いつの日にかアイラスと追いかけっこをしたあの庭園だったのだから。
「そう、ここが訓練場だ」
「……失礼ですが、ここは庭園じゃないのですか?」
追いかけっこならまだしも、護身術を学ぶ場所には適していない。
芝生を抉り、庭園を地獄絵図と化せば重罪が下ることは間違いないだろう。
青々と生い茂る芝生が警告をしているかのように、綺麗に風に靡いている。
「庭園って、ここは訓練場だぞ?」
「で、ですが……! ここで護身術の練習したら、芝生が痛んでしまうのではないですか?」
「芝生って……。これ、全部雑草だぞ?」
「……」
何だろう、綺麗に風に靡いていたはずの芝生が嘲笑っているかのように見える。
無言で雑草を見つめる私に、ガイルが心配そうに声をかけてきた。
「おいおい大丈夫か? 最近やたら仕事をこなすようだし、どこか体調でもおかしいんじゃ……」
煽り発言に聞こえるが、本人は至って煽っているわけじゃない。
そう、決して煽っているわけじゃない……。
私は大袈裟に足を踏み込み、靡く雑草を踏み躙りながら笑顔で言葉を放つ。
「それでは、さっそく生命霊について詳しく教えていただけますか?」
「い、いや、お前体調大丈夫なのかよ。無理しなくても……」
「教えていただけますか?」
「……よ、喜んで」
それからガイルが今回の件について触れてくることは一度もなかった。