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カマハーズ1982

作者: 森川めだか

(時は偉大な作家だ。常に完璧な結末を書く)


カマハーズ1982

         森川 めだか


CLUB


消防車が団子になっている。小火のようだ。

「物騒ね」腹が熱くなった。

ショーンとシシーとキャスはチョッパーズに来ていた。

外でハイネケンを飲んでいたが、ここまでも音楽が流れてくる。

「ねえ、踊ろうよ」

ムッソリーニが屠殺体で見つかった20年後、私たちは生まれた。

チョッパーズに入ると「恋のバンシャガラン」がかかっていた。

ショーンは体を揺らして、「バイ、バイ」と叫んだ。

「あれ誰?」

汗をかくと、椅子に座ってショーンを見ていた女が気にかかった。

「パルピノンっていう、ここの女帝」

シシーとキャスはまだ踊るという。

ショーンはパルピノンの隣に滑り込んで、もう出来上がっていたがハイネケンを頼んだ。

「同じ物を」

パルピノンは微笑んだ。

「何で僕、見てたんでしか」

「僕、じゃないでしょ」

近くで見るとパルピノンは異様に整った顔立ちをしていた。

「あの子達、友達?」

ショーンはシシーとキャスを振り返った。

本物の男たちと踊っている。

ショーンと一緒にいるのは同情したからではない、面白くてついて来ただけだ。

ショーンは首を振った。

「私、整形したのよ。分かるでしょ?」

「あの、・・ブツは?」

「取ったわ」

「私だけじゃなかったんだ」ショーンは一気に酔いが覚めた。

「どこで?」

「それは言えないわ」

パルピノンはゆっくりとブルーハワイを傾けた。

「今いくつ?」

「高校生」

「私、散々イジめられたから高校出てないのよ。ふりしてるの?」

「ある程度」

「いい病院」パルピノンはコースターの裏にサナトリウムの地図を描いた。

「病気なの?」

「今はね」

「もう終わり?」

「私は帰るわ」ショーンは灰色のセーターの上にチョアコートを着て外に出た。

小火はもう消し止められていた。

煙草の煙のようにくすぶった臭いがあちこちに流れていた。

スプリングコートが水を吸って白から灰に変わった。


「野球選手になりたいって言ってるんじゃないんだからさ」ショーンは家を出た。

サナトリウムは深い木々に覆われていた。

応対に出た医師はハウエルといって、院長室に案内された。

「性と心が一致してない」

「気がする?」

「してないんです」

ハウエルは鉛筆をかじっていた。

その後ろにはムンクの「叫び」が掛けられている。

「この頃、そういうの流行ってるの?」

ショーンはモジモジした。

「この所、多いんだよね」

ハウエルは後ろの戸棚から何かを取り出して、ショーンの前に広げた。

「まずテストするから」

プリントにはこんな事が書かれてあった。

「ある船乗りが、ある海の見えるレストランで「海亀スープ」を注文しました。

しかし、彼はその「海亀スープ」を一口飲んだところで止め、シェフを呼びました。

「すみません。これは本当に海亀スープですか?」

「はい・・、海亀スープに間違いございません」

男は勘定を済ませ、帰宅した後、自殺をしました。

何故でしょう?」

「YESかNOで答えられる質問してよ」

「ペルー?」

「YES」

「スカンク」

「NO」

「イルカのことを探していたから」

ハウエルは苦笑してカルテに何か書き込んでいた。

「社会性どちらともいえない」

「五十肩でね」ハウエルはショーンのカルテを高い所に入れた。

「高校は?」

「カマハーズ」

「親御さんは知ってるの?」

「知らない、と思う」

「また来ないことを祈ってるよ」

「まだいるんですか、他に、ここに」

ハウエルは首をひねった。「いるといえばいるし、いないといえばいない」

「見るだけでも」ショーンは腰を上げた。

本館に通じるドアを開けられた。

廊下はジメジメして窓から浅い光が差し込む。

見舞い用の覗き窓から覗けば、ベッドに寝てる人もいるし、歩き回っている人もいた。ベッドは空いていた。

全体的に暗い。

明らかに年齢より小さい女の子がドアまで来てドアを開けた。

「新しい人ですか? 僕の隣空いてますよ」

「君も、男なのに女なの?」

「僕は、いや私は」女の子は黙り込んだ。

閉まりかけたドアを挟んで聞いた。

「エイネです」女の子は頭を下げた。

「僕は、いや私は、僕か私か分からないんです」

「私は女なのに・・」ショーンはそれ以上は言えなかった。

戻ると、ハウエルは額の整理をしていた。

「おお、どうだった?」

「いや・・」

「君らのことをメディウムと言う」

「メディウム?」

「発色を良くする絵の具だよ、そのままだと透明なのだが、」ハウエルは何も入ってない額を壁に当てた。

「やっぱりここかな」ハウエルは医者ではなくそっちの方面にいけばよかったのに。

「レンブラントの夜警とベラスケスのラス・メニーナスには共通点がある、醜い人間が描かれてるとこだ」ハウエルは院長席に座った。

「惜しむらくは私が画家ではなかったことだ」

「私、帰ります」

「僕はメディウムだからと言えばエクスキューズだよ」

「私、です」

「ルーベンスの絵には光がある」

「グラッチェ」

ライムライトで一番好きな場面。

バラはどこまでもバラなんだ。

でも私は・・。

ショーンはクッキー&クリームが好き。


KNOT


フロストレークはブリューゲルの「雪中の狩人」と言えばぴったりだろうか。

ショーンはシシーとキャスに匿われていた。

このままだと入院させられちゃうからとフロストレークの近くのボートハウスに、カマハーズの冬休みの間、軟禁されていたのだ。

ボートハウスに持ち主はいない。

堆肥の匂いがする。

キャスはハイネケンを買い出しに行った。冷蔵庫は壊れている。

机に座って通信簿を見せ合いっこした。

「すごいじゃん」

ショーンの通信簿には「学業優秀素行ニ欠ケル」と書いてある。

キャスがダンキンドーナツも買って来た。

シシーとキャスは太っている。ショーンがもし女なら嫉妬でイジめられていただろう。

「そろそろ名前決めちゃいなよ」キャスがもう二個目のドーナツを手に口にまだ入っている。

「名前?」

「いつまでショーンなの?」

「そうだよ」

ショーンは考え込んだ。

「ジェレミーとか可愛い名前」

「名前?」ショーンは渾名を付けられたことがない。

「シャーリーじゃ駄目?」

「シャーリー!」シシーとキャスは口を押さえて笑った。

「血は男でも女でも同じなのに」

「違うって」

「渾名にしてくれる?」

フロストレークは際まで凍る。

カマハーズは私服だから三人はジーンズを脱いだ。

ウェーダーのように濡れたジーンズは立ったまま凍った。

初めてのフローズンパンツだ。

三人は素足のまま湖に飛び込んだ。

キャッスルロックが見える。フロストレークから見える岩盤だ。

地殻変動によって地層が見えるまま取り残された。

「ペテンだよ」シャーリーは通信簿について言ったつもりが何もかもに聞こえた。

「じゃあね、シャーリー」シシーとキャスは凍ったままのジーンズを穿いて出て行った。

あの二人にとってはただの退屈しのぎなのかも知れない。

木を折る音がしたので急いで机から下りて、ジーンズを穿いた。

「誰?」

木々の間から男の子が顔を出した。枝を持っている。

「エサ取りに来たの」

男の子はセバスチャンといって、この近くで牧童をしていると言う。両親が亡くなったから学校にも行けず家畜を育ててるらしい。

「ドナドナドーナドーナドナドナドーナド」

「僕が育ててんのはせん馬だよ」セバスチャンはフロストレークで藁殻を洗っている。

「せん馬って何?」

「去勢された馬」

「去勢・・」

シャーリーはダンキンドーナツの残りを渡して、左右にキスを交わした。

「グラッチェ、・・えーと」

「シャーリーよ」

セバスチャンはちょっと変な顔をしたが、すぐに「シャーリー」と言い直した。

冬の陽射しは春夏秋を鼻白む。

眠くなってきた。

電気なんか点かないから、朽ちかけたボートの音を聞いてるとダルトンのことが頭に浮かんだ。

「Why not?」

なぜ? いいじゃない。初めてキスをしたい相手だ。

ラットにされるだけだ。


GENDER


 シャーリーはショーンのままで冬休み中のカマハーズに行った。

居残り組がいるはずだ。

みんな漁師の息子だから勉強なんかやらない。

屋上で煙草を吸ってても何も言われない。

ここサンマリノの小さな村ではヤリイカが主産業だ。

だから漁師の家柄は特権階級といえる。

教会を改築してできた小さな高校。

十字架が避雷針代わりだ。

ショーンはスプリングコートのままで階段を上った。

ダルトンも漁師の息子だ。

ショーンは男子トイレで髪を少しだけ直した。

教室を覗いても誰もいなかった。机がはじに寄せられていてそこで騒いでいたようだ。

曇り空に雁の群れが飛んで行く。

屋上に上がると吸い殻の空だ。採光の窓から覗くと一行が学食にいるのが見えた。

ショーンは髪をまた直して、学食に入った。

ダルトンたちはミートローフを食べ、いつ漁師になるかを話し合っていた。

居残り組は他の子とは違って、親がもう働けると思ったら高校を中退してでも船に乗せられる。

今でも自分用のウェーダーは持っていて、遠洋に出かけてるはずだ。

話はもうシビックに移っていた。

ショーンもミートローフを皿に乗せ少し離れた席に座った。

誰が一番先にシビックに乗れるかの話の途中で、グレープフルーツジュースが配られた。

「頼んでねえぞ」

「僕のおごり」

「優等生が何の用だ。お勉強でも教えてくれるのか?」

「ううん。何でもない」

ダルトンは一人だけグレープフルーツジュースを飲まなかった。

「苦手だった?」

ダルトンは黙って肯いた。

「あ、そう。ごめん」ショーンはダルトンのグレープフルーツジュースを持って中身をゴミ箱にかけた。

皿を片付けている間ダルトンだけを見ていた。

「お前、女みたいな奴だな」

ショーンは下を向いた。

「チョッパーズに行ったんだって?」

ショーンは黙って肯いた。

フン、と鼻を鳴らしダルトンは離れようとした。

「あの、」

ダルトンを屋上に呼び出した。

ベロアの空が広がっていた。

「あの、」

ダルトンは空を見ていた。

「海に似てる。お前、海見たことあるか? 本物の海だよ。ヤリイカってのは海の色してんだ。どれもこれも穫った時は海の色してんのに、港に上げた時はみんな灰色になっちまうんだ」

「あの、」

「何だよ」ダルトンは「あの、」の途中を待ってくれた。

「女だと思ってくれないかな?」

ダルトンはしばし止まっていた。

ダルトンはショーンの肩を突き飛ばした。

「オカマ野郎」横を通り抜ける時、言われて、ダルトンは下りていった。

ショーンはやはりこうなるだろうと思っていたが突き付けられると惨めだ。

ショーンはシャーリーに戻って泣いた。ショーンは17歳の黒髪で誰よりも空に近かった。


家に戻ると、シーリングスタンプが貼ってある封筒が届いていた。

ロイヤルバレエ団公式の封筒だ。

「私は女の子に憧れる男です、私もプリンシパルになれますか」

プリンシパルのタイワーロードに送ったファンレターの返事だ。

シャーリーはシーリングスタンプのバラの所だけ切り抜いて小物入れにしまった。

開けると二人一組のチケットと、「おめでとうございます。あなたを次回公演の「うたかたの恋」にご招待いたします」というプリントが入っていた。

文面は味気ないものだったが、シャーリーは「グラッチェ、グラッチェ」と繰り返した。

「お母さん、行ってもいいでしょ?」

誰を誘おうか、シシーとキャスでもいいしエイネでもいい。

シシーとキャスはバレエなんかに興味はないだろうし、一緒に行って、バレエはエイネと観よう。

そう決めたら電話してシシーとキャスはお金がないから駄目だと言われた。

一度じっくり話してみたかった。

シャーリーはサナトリウムに足を伸ばして、ハウエルに外出許可書を書いてもらった。

「これ本物?」

「複製でしょ」

エイネは「叫び」を見て言った。

「お下劣な絵ね」

どうでもいいや、もう。勉強なんて。

生きるのが辛いっていうのは死ぬことより辛いんだよ。


TRANCE


 シャーリーとエイネは吊り革につかまっていた。窓に雪が積もる。

「どんな所だろう」

「こんなむさい身なりで行っていいのかなあ」

「あっ、ダンキンドーナツ」

サンマリノを越える。

エイネは蝶ネクタイを付けていた。

ホール前に着いた。

「まだ大分時間あるね」

シャーリーとエイネは街を探索した。

ここでは誰も私たちのことなんか知らないんだ。

シャーリーは思い切って高いビルに入った。

「つけてないみたい」

試着室から出てきたシャーリーはブラジャーを付けていた。

エイネは男の身なりをして、シャーリーは女の身なりをしてバレエに行くことにした。

「ここには春があるね」

エイネはクランベリーを見つけた。

フロストレークにはこんなもの咲いてない。

「性的少数者は社会的にも少数派じゃないといけないの?」

「私たちは同性愛者とは違うよ、何かそんな気がするんだ」

シャーリーはクランベリーを一つ落っことした。

「少数愛者だよ」

「うたかたの恋ってどんな話だろう。僕らの話かな」

シャーリーは首をひねった。

この街にはシビックなんて止まってない。走ってない。

多分、漁師もいない。

「ねえ、ヤリイカ食べに行こうよ」

シャーリーは腕時計を見た。

「きっとこんなに人がいっぱいいるから待たされるよ。行かないと」

シャーリーとエイネはまた引き返してホールで荷物を全て預けた。

匂いが違う。

チョッパーズとは比べ物にならないクラブだ。

「バレエって台詞ないんでしょ? あらすじだけでも知っておいた方がよくない?」

「そうだね」

シャーリーとエイネは受付に行って足を曲げた。

そんな事も知らないんですか、という顔をされたが、身分違いの恋をした女が心中する美しい話です、と話してくれた。

「バレエっていうのは観ている内に分かるものですよ」

「それが僕らには分からないんだな」

「主役はタイワーロードさんですか?」

「ええ、そうよ」

隣の紳士が白いオペラ・グローブを見なかったかと尋ねていた。

「こんな子供まで来るとはバレエの未来も明るいね」

シャーリーとエイネはもう席に着いた。

「緊張するね」

幕が開いた。

「あの人たちもバレエの人かな?」

観終わった後、シャーリーは4Eのトゥを買った。

夢のような時間だった。

花束を贈りに行く少女たちに混じってタイワーロードの話を直に聞くことができた。

タイワーロードはトゥを脱いでいた。

足はガムテープ? で固めてある。

「小説ってのは芸術の渾名に過ぎない。どんな芸術だってそうよ」

うたかたの恋は小説が原作らしい。

「ちょっとあなた」出て行く時タイワーロードに呼び止められた。

「踊ってる人と踊ってない人では筋肉で分かるわ」

「「うたかたの恋」読んでみます」

スパンコールの夜空。

シャーリーとエイネはまた吊り革につかまっていた。

アドリア海が近づくにつれ灰色のセーターにチョアコートを着たが4Eのトゥは履いたままだった。

エイネとクッキー&クリームを食べる約束をして別れた。

生きてるだけのような気がするね。


APOLOGIZE


 ダルトンが何かの罰で走らされると言うので見に行った。

ギャラリーはもう集まっていた。

「火災報知器勝手に鳴らしたんだって」シシーとキャスはもう事情を知っていた。

「あらー」

ダルトンは一人運動服を着ていた。

「校庭何周?」

「先生が許すまでじゃない」

「倒れるまでよ」

ダルトンは不貞腐れた顔をしていたが、走り始めた。

最初はゆっくり、だんだん速く。

ダルトンがシャーリーと同じスプリングコートを履いてるのに、今気付いたのだった。

ふらついても先生は止めようとしなかった。

「歩くな!」

ダルトンは何周走ったか、もう息が切れて胸を押さえて座り込んだ。

先生が近づいていく。

肩を揺さぶったらそのまま倒れた。

「ダルトン!」シャーリーは誰よりも早く駆け付けた。

先生を押し飛ばして、心臓の音を聞く。

「シシー、キャス! あれ!」

「何よ、あれって」ギャラリーも輪を描いて近寄って来た。

「AED」

シャーリーはダルトンのシャツのボタンを引きちぎってまた心臓の音を聞いた。

「火災報知器の横にあった」シシーとキャスは太っているから汗をかいている。

「先生!」

「何も知らないぞ」

「何の役にも立たないんだから」シャーリーはAEDを開いて胸に当てた。

「みんな離れて!」

ダルトンの体がビクンと跳ねた。

「もう一回」

ダルトンは一命を取り留めた。

6時35分シャーリーの腕時計は5分進んでるから、実際は6時40分ダルトンは心停止していた。


堆肥の匂いは馬糞だったのだ。

今ようやく得心がいった。

シャーリーはそのままフロストレークに足を踏み入れた。

手探りで湖底の小石を探した。湧水が冷たい。

仰向けに浮かんだ。

ダルトンに思いを馳せていた。

生きるということは、死ぬということは。

ダルトンは「グラッチェ」と言った。

心臓と心は私のためにあるの?

「ここにいるわ」ダルトンに胸を触らせた。

「変な事してごめんなさい」

ダルトンは苦笑して手を離した。

黄昏が夕日を変えていく。

「ロック!」

黄昏の光を浴びてキャッスルロックの地層がエメラルドからサファイアに。

その時、シャーリーは男から女へ変わっていったのだ。

自分の姿が夕焼けに映る。

枝の先には細くなった月が付いている。

何かの意思が介入したことは確かだ。

宇宙は何かの意思に支えられてる。

造られた物なら間違えることもある。

大きな画家。

ある日突然僕は生まれてきた。

is the only light will see.

「仰げば尊しわが師の恩」

戀も私もまとめて燃やして。

「レディーに失礼よ」


TOILET


 冬休みが明けて、チョッパーズに行ったらパルピノンが来てないという。

シャーリーはサナトリウムにいた。

パルピノンは見る影もなし、鼻が溶けていた。

シャーリーはダンキンドーナツを置いた。

パルピノンはまだ「ショーン」と呼んだ。

「ショーン、私たち間違ってたのかしら」

「分からなくていいの」シャーリーはパルピノンの手を取った。

エイネは退院したらしい。男の子になって。

僕の隣のベッドにパルピノンは寝ていた。

「チョッパーズに行くんでしょ?」

シャーリーは肯いた。

「私は死んだ、って言って」

「本当に?」

パルピノンはチョーカーをしていた。

シャーリーはその間に指を入れて優しくキスをした。

パルピノンは何度か肯いた。

「グラッチェ」

「バラはバラでも白いバラよ」


シャーリーはイタリーの給水タンクに頭を付けて泣いていた。

女子トイレから出て来たところでダルトンと居合わせた。

「閉めてなかったぞ」ダルトンはそれだけ言って校庭を見下ろしていた。

野球少年たちは空を見る。

まるでそれがなかったことのように。

シャーリーは母に聞いたイソップ童話「すっぱい葡萄」を思い出した。

高い所についた葡萄は酸っぱいって狐が悪態をつく話だ。


チョッパーズは回り続ける。

十代の女の子の煙草とそのどちらにもなれないクッキー&クリームを乗せて。

私は踊っている。タイワーロードにはなれなかったけど。

境目が分からない。

男の顔をした女、女の顔をした・・。

ガラスマン。

学業優秀素行ニ欠ケル。

20年後、30年後の私に感謝して。


ASASA


 アカンサスが咲いている。

カモミールの湖。

ジーンズも凍るフロストレークの湖底でシャーリーはカワセミ色の目を開こうとしなかった。

もうすぐ朝が来る。

シーリングワックスの唇を開けて何か囁いた。

もう春が近い。

「コウノナダ」

みなわとなって消えた。


エイネとセバスチャンが手をつないでいる。

二人は沈んでるシャーリーを見て自然を貫く「叫び」を上げた。

ビニールハウスは冬を閉じ込めて。


アルジャーノンに花びらをこの伏流水はきっとはるかな海路に続いてる。

ガラスマンに虹が映ると小人の魔法が解ける。

マクラメの糸。空にあなたが遠すぎて。

息が浅くなった。

気が細くなった。

「グラッチェ」

何かの意思を感じた。

足が着いた。


ビルの外階段。

シャーリーは手すりにかけたまま母親の手を取った。

「どこへ行くの? チャーリイ・ゴードン」

シャーリーはハッと凍り付いた。

「アイーダ、でも私は・・」

「言って」

A rose is a rose is a rose is a rose is・・

「神の意思よ」

アイーダは叢生で齝むようにして歯に付いたグロスを浮かばせる。

アイーダはルーベンスの絵の途上のように赤いセーターを着ている。

「人間が言葉を獲得したのにも意味なんかない」

花のあいさつ。

シャーリーはジップトップを上げた。

「人生はチョコレートの箱と同じだね。全部食べ終わっても、香りだけは残ってる」


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