第0話 違和感と義務感
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
「誰か、救急車!」
イベント会場で1人の少女が突然倒れたらしく騒然とする中、その周囲の人間にも過呼吸の症状が出始め、さらには自分も頭痛がして来た。
こんな状況でこんな行動を取るのは不謹慎かもしれない。しかし、妙に感じるこの違和感。記録に残すべきだと思いケータイで撮影を始める。
「誰かこっちの人診れませんか?」
「救急車まだ!?」
次の瞬間、地面が数回輝くのに一瞬遅れて大きな雷鳴が轟いた。重く生ぬるい空気に肌を触られて寒気を感じると、さっきまでただ薄灰色に曇っていた空は黒い雲に覆われて土砂降りの雨が降り始めた。
イベントの運営スタッフも状況を把握しきれていない、さらにはスタッフの中にも症状が出ている人がいるようだ。
「助けてくれ」「頭が痛い」「悪寒がひどい」「めまいが酷い」「息が苦しい」
地面が雷で点滅する。すると、1人の大人が地面に倒れ込む。これがまた別の引き金を引いたのか、倒れた大人を中心に同心円状に広がるように倒れていく。
逃げたい、その見えない卒倒の波紋から。動かない、脚が竦んでいるから…
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救急車やパトカーのサイレンを聞いて、目を覚ました。いつの間にか手首には4色のタグがつけられ、身体には毛布をかけられていた。雨の中倒れたので低体温症になっていてもおかしくなかったが、さっきの雨が幻だったかのように空はいつの間にか雲1つ無い快晴で、頭痛も霧散したように無くなっていた。
撮影された動画は気を失っている間に途中で強制的に終了させられていたようだった。
「目を覚ましましたね。どこか痛いところはありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。何かあったらすぐに呼んで下さい」
救急隊員と話をし、倒れたときに無意識に受け身をとれていたことに気が付いた。
ああそうだ、それともう1つ思い出した。倒れた瞬間、あのとき感じたのは、
――倒れなきゃいけないという謎の義務感だった。